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向日葵―命の花―  作者: 藍川 透
検査入院まで、あと5日
11/47

1滴の雫。

 久々の癖に長いです。

 ちゃんと、確認しないと。

 呆れませんでしたか? って。

 迷惑じゃないですか? って。

 

 それから―――僕のこと、嫌いになってませんか? って。


 子供みたいだってわかってる。何でも確認しないと次に進めないなんてね。

 だけど、そうじゃないとダメなんだ。

 不安に押し潰されてしまいそうで。不安で仕方無くて。

 会わないと僕が持たない。

 そんな酷く自分勝手な理由で病院ここに来た。


 ――――例え、その結果として残酷な答えを聞かされることになったとしても……それでも僕は、ここに来るのだろう。

 ただ、お姉さん(僕にとっての答え)

を求めて。


◆◇◆◇


 僕が病院に着いたのは、結局三時半を回ってからだった。

 決意が揺らぐ前に早く受付を済ませて、お姉さんに会おうと僕は受付へと向かう。足早にカウンターに近づくと、少し苛ついた声が耳に入ってきた。

「だから――有阪だって言ってるじゃないですか。ここに入院してる筈で……」

 会話に飛び出した、自分と同じ名字に声の方を見ると、金髪に近い茶髪が特徴的な男の人。年齢は僕と大して変わらなさそうだ。――――って……。

「あれ……?」

 ……かなり見覚えがある。というか、僕は彼のことを知っている。

 足を二つ隣の窓口に向かわせ、その男の人の肩を叩いて声を掛けた。

「叶、だよね………?」

「何、」

 勢いよく振り向いた彼の目は一瞬きつく僕を睨み付けたけれど、すぐに驚きから丸く見開かれた。

「有阪?」

「やっぱり叶だ」

 かのう 琥珀こはく。僕のクラスメイトで、あまり多くはない友人と呼べる人物のうちの一人。

 金髪に近い茶髪、茶色の瞳。極めて整った顔立ち。彼の外見を紹介するのに必要な言葉は、この三つだけだ。髪の色はフランス人だったお祖父(じい)さん譲りだと言っていた。

 今はそうでもないけれど、中学生の頃はかなり荒れていたらしい。これは本人に聞いたのではなく、噂だから真偽のほどはわからないけれど。

「あー……。ここに入院してるんじゃなかったのか?」

「五日後からね。ごめん、日にち言ってなかったっけ?」

 少し気まずそうに訊ねてきた叶に言ってから質問をすると、

「そういえばちゃんと日にち聞いてなかったな。なんとなくもう入院始まってんのかと思って……」

と、返された。

わりい。勘違いだ」

 続けて謝られた。

「良いよ、別に。っていうか僕が悪かったんだし」

 僕が否定すると、叶は受付の看護師さんに向き直る。

「すみません、俺の勘違いだったみたいです。なんかそちらの間違いみたいな言い方しちゃって……ほんと申し訳ないです」

 叶は愛想の良い笑顔で謝罪の言葉をすらすらと並べ、頭を下げた。

「いえ、良いんですよ。お気になさらないで下さいね? あら、悠樹くん? 手続きしておくから、入って大丈夫よ」 

 看護師さんも微笑んで言う。ついでに僕も許可を貰えたようだ。

「失礼します」

 叶はもう一度軽く頭を下げると、受付カウンターに背を向けた。その時にはもう、叶の顔に笑顔なんて欠片も残っていなかった。見事なまでの作り笑いだ。普段は本気で笑うことなんて滅多に無いのに、こういうときだけは完璧な笑顔を使って、後腐れなく物事を解決させる。

「胡散臭いよ」

 待合室に向かいながら僕がぼそっと言い放つと、叶は少し眉根を寄せた。

「仕方ねぇだろ。そういう風に躾られて来てんだよ。もう癖だ」

 苦々しげに吐き捨てた叶の顔には、言葉のわりに嫌そうな表情は浮かんでいない。彼のことは、未だに掴めない。

「ふぅん? まぁ良いや。それで、叶は見舞いに来てくれたんだよね?」

 僕は話題を打ちきり、新しく話題を提供した。必要以上に人のことを聞いてもね。

 ――人に関わりすぎない。それが、先の短い僕が人付き合いの中で自分に設けたルールだった。失くすものは少ない方が、僕に取っても相手に取ってもきっと楽だから。

「え? あぁ。さっきの話はもういいのか?」

 叶は突然の話題転換に少し戸惑ったように確認してきた。

「うん。癖なら仕方無いんじゃないの」

「ん……まぁ、そうだけどな」

 曖昧に首を傾げる叶は、少し訝しげな視線を僕に向けている。

「何? そんな目で見ないでよ」

「いや……そんな目っつーか、お前変わってんなって思って。普通もっと引きずるだろ」

「はぁ?」

 叶は妙なことを言い始める。僕の口からは間の抜けた声が漏れる。

「じゃぁ引きずって欲しかったの? 叶が胡散臭いって話で盛り上がれば良かったの?」

「そういうわけじゃねぇけど……。……あー、もういいわ。めんどくせぇ」

 叶は何か言い掛け、緩く首を横に振り、溜息をついた。

「えー? 何、何なの?」

「いいって。そうそう、お前の見舞いっつーか遊びに来たんだけどさ。話し相手くらいにはなれるんじゃねぇかと思って」

 軽く流して、元の話題に戻す。不自然さを感じさせない話術は、僕には無いものだ。

 ……ふと気付く。話しながら待合室の前まで来ていた。

「そっか、無駄足踏ませちゃったね。悪かったよ。ジュースでも奢るから中で話そう」

 そう誘うと、

「ん? おぉ」

 言いながら叶は待合室前にあった自販機に五百円玉を入れ、お茶を二本買い、一本を僕に放り投げてきた。

「おっ、と」

 僕はそれを咄嗟に受け止め……って、あれ? ちょっと待って? おかしいおかしい。

 叶の動作が自然ナチュラル過ぎて流されそうになったけど……。

「……なんで僕のほうが奢ってもらってるの!?」

 思わず叫び、廊下にいた看護師さんやお見舞いの人達が、一斉にこちらを振り返る。

「五百円玉の両替」

 意味の分からない返事が返ってきた。

「何言ってんの? 悪いけど、意味わかんないよ」


 音量を下げて言い返すと、声小さすぎてなんて言ってんのか聞こえねぇよ、と言われた。叶は続ける。


「いいだろ別に。気にすんなよ。うわ、すげー冷えてんな……」

 叶はお茶を一口含み、嚥下えんかしてから感想を述べた。

 ……聞こえねぇとか言ってなかったっけ? どさくさに紛れて、しっかり返事があった気がするんだけど。

「んー……。あ、ちょっと!」

 僕がどこからツッコむべきか考えている間に、叶は待合室の中に入って行こうとしていた。

「あ? 中で話すんだろ?」

「そうだけど……」

「とにかく入ろうぜ? ここ寒い」

 半袖の腕を擦りながら叶が言う。……会話がかみ合わない。

「……」

 仕方なく叶に続いて待合室に入ると、中はにわかに混んでいた。

 端に空いている席を見付けて座る。その時になって気付いた。


「叶、なんで制服なの?」

「学校行って来た。クラス委員の集まりがあってな。つーか今更かよ」

 そういえば、叶はクラス委員だった。ただ、自分からなったのでは無かった気がする。

「ったく……あいつら厄介事全部俺に押し付けやがって」

 叶は何かを思い出したかのように舌打ちをし、顔を僅かにしかめる。

「でも、いいじゃない。頼られてるって事でしょ?」

 叶はクラスの過半数の票数を獲得し、堂々の一位で当選していた筈。

「嫌がらせに決まってんだろ。山崎(やまざき)達が手ぇ回してんだよ。実行委員もそうだし、面倒そうなことは全部俺に回ってきやがる」

 山崎。その名前を吐き捨てるように言うと、叶はぐしゃりと前髪を掴んだ。叶と山崎は何かと上手く行かないようで、よくぶつかっている。裏から手を回す分、山崎のほうが陰湿と言えるかもしれない。

「……そんなに気にしなくても良いんじゃない? みんな、叶がまとめようとしたらちゃんと聞いてくれてるし」

 叶はクラスを上手くまとめている。僕には出来ないことだから、憧れるぐらいだけど。

「まぁな。言うことちゃんと聞くだけましか」

 叶は呟くように言って、浅く頷いた。

「……悪ぃ。なんか愚痴に付き合わせるみたいになっちまったな」

 そう言った彼の表情は、明るい声のわりに浮かない。

「お前も入院してるわけでもねぇのに病院ここにいるってことは、誰かの見舞いだろ? 引き留めて悪かったな。俺もそろそろ帰るわ」

「え? まだ居れば良いのに」

「いや。あれだろ? 『お姉さん』の見舞いだろ? 邪魔するつもりなんてないし」

 叶にはお姉さんのことを何度か話したことがあった。一応姉弟ではないことは知っている。ただ本名は言っていないし、そう呼ぶしかなかったのかな? 

 それにしても、叶は何かを勘違いしているのではないだろうか。『邪魔』って……。

「まぁ、そうなんだけどさ」

「なんだよ? けど、って」

 歯切れの悪い僕に、待合室を出ようとしていた叶は僕の隣に戻ってきて、訊ねた。

「うん、それなんだけどね――――」

 僕が迷っている理由を説明すると、叶は言った。

「それって、全部お前の想像だろ? 訊いてみないとわかんねーだろ」

「そうだけど……」

 叶は突然姿勢を落とし、僕の耳元に囁いた。

「何? お前その『お姉さん』のこと、好きなんじゃねえの?」

「はぁ? 何言ってんの!?」

 見ると叶の口元は緩く曲線を描いている。叶は笑っていた。先ほどの作り笑いとは違い、何かを企むような、面白がるような笑みがそこにはあった。

「んん? 違げーのか? つまんねぇ奴だな……ったく」

 僕が聞き返すと、叶はそれを否定と取ったらしく勝手に自己完結させた。……いちいち行動の速い奴だ。

「じゃ、俺帰るわ。からかうことも出来なさそうだし……。つまんねぇの嫌いだから」

 引き留める暇もなく、叶は入れ違いに入ってきた看護師さんに愛想よく会釈をすると、待合室から出て行った。

 っていうか、つまらないのが嫌いだから帰るって……どれだけ我が儘なの。

 僕は一つ溜息をつくと、今度こそお姉さんの元に向かうべく、叶の後を追うように待合室を後にした。


◆◇◆◇


 少年は、『お姉さん』の元へと向かう少年の後姿を柱に隠れる位置にある壁に凭れて見送っていた。

「なぁんて、な……」

 窓から差し込む光を受けてきらめく茶色い髪を(もてあそ)びながら、少年は口の中で呟く。

「さぁて……。一丁派手に引っ掻き回してやるとすっか」

 つまらないことが嫌いな少年は、伏せていた瞳を息を吐くと同時に上げる。

「どうなっちまうのか、楽しみだぜ? 有阪 悠樹……それから」

 口角を吊り上げ、薄い笑みを浮かべる。

「……前園 陽依菜、さん」

 容姿端麗なその少年に作り笑いとはまた違った、先ほど見送った少年をからかった時の笑みとも違う、妖艶(ようえん)とも呼べるその笑みは――――彼にとてもよく似合っていた。

 叶 琥珀。

 こいつ、藍川の他の作品の登場人物です。(どこにも投稿していない、全くの趣味で書いているものです)丁度いい役柄なので、出張してもらいました。

 藍川にとって、凄く扱いやすいキャラなので、これからもちょくちょく出てくるかも知れません。


 いつも通り感想や、誤字・脱字・言葉の誤用などのご指摘も受け付けておりますので、是非。

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