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安上がりな女

作者: 吉原 和

「ブランド物は?」

「興味ありません」


「高級レストランと定食屋だったら?」

「定食屋です」


「休日デートに出かけるなら?」

「休みの日は休みたい派なので、家でゴロゴロしてたいですね」


「旅行に行くなら海外?国内?」

「乗り物嫌いなので、旅行に行きたくありません」


「プレゼントで貰うなら指輪とネックレスどっちがいい?」

「アクセサリー好きじゃないのでどっちも却下」


「じゃあ、プレゼント何が欲しい?って聞かれたら何をお願いする?」

「うーん…。あっ、最近買おうかどうしようか悩んで、結局いつも買わずにいる物があるんですけど…」

「へえ。どんなもの?」

「最近本屋さんで、シリコン製の容器と料理本がセットになってるやつよく売ってるんですけど、その中でパンが作れるやつがあるんですよ。それ?」

「…それいくらくらいなの?」

「えーっと、1500円くらいですかね?」


「…なんていうかさー。君」

「はい?」

「……安上がりな女だよね…」

「よく言われます」

 嬉しそうに笑った女に、男は苦笑いした。

 


 ここは駅前にある居酒屋というには小洒落ているが、バーというにはそこまで雰囲気があるわけではない飲み屋。メニューの内容とその気軽に入りやすい雰囲気から、20代から30代の客が多い。店内には6人掛けのテーブル席が1つ、4人掛けが2つ、2人掛けが2つ、あとはカウンター席が6席とあまり広くはない。その2人掛けのテーブル席の1つに、男と女は座っていた。



「だから私は一般的じゃないから参考になりませんよって言ったじゃないですか…」

 そう言って女はグラスを持つと、アイスティーを一口飲んだ。

「そんなことないよ。非常に参考になりました」

 今度は苦笑いじゃない笑顔を浮かべた男は、グラスに残っていたハイボールを飲み干す。

「課長、飲み物どうしますか?」

 男がグラスをテーブルに置くのを待って、女はドリンクメニューを差し出した。

「んー、そうだな…。モスコミュールで。君は?」

 今度は逆に差し出されたメニューを受け取った女は、「どうしようかな?」と言いながらもメニューを見ずに元の位置に戻す。そして、

「すみませーん。モスコミュール1つと、オレンジジュース1つお願いします」

 カウンター内に居る店員に声をかけるとそのまま注文をする。

「かしこまりました。モスコとオレンジ1つずつですね。モスコは甘口と辛口ありますがいかがいたしますか?」

「課長、どっちにします?」

「じゃあ、辛口で」

「辛口ですね。かしこまりました」

 店員は笑顔で答えると、棚からグラスを取り出した。

「君も遠慮せずに飲んでいいんだぞ?今日は奢るから飲みに行こうと誘ったのは俺なんだから」

 1杯目がウーロン茶、2杯目がアイスティー、そして3杯目にはオレンジジュースを注文した女が、1回もドリンクメニューを見ていないことに気づいた男は、メニューを見てしまうと飲みたくなってしまうから、あえて見ないようにしているのかと気になった。

「あれ?課長知りませんでしたっけ?」

 だが、そんな男の思いを余所に女はキョトンとした顔を向けた。

「何がだ?」

「私、お酒飲めないんですよ」

「……え!?そうなのか!?」

「…………なんですか、その酒豪に見えるのにって顔は」

 女は男をジト目で見ると、奪うように最後のフライドポテトを口に放り込んだ。そしてそのまま空いたお皿とグラスをまとめるとテーブルの端に寄せる。

「…いや、飲み会でいつも飲んでないのは知ってたが、いろいろ気を配るために我慢して飲んでないのかと思っていたんだ…」

 空いたお皿を端に寄せたために出来たスペースを、おしぼりで拭いて綺麗にしてくれる女を見ながら男は呆然とつぶやいた。



 いつも部の飲み会で注文から会計まで取り仕切ってくれる女は、誰かの飲み物が無くなりそうになると、「飲み物追加する人―」と、声をかけてくれたり、注文した料理が来た時にはすぐにテーブルに置けるように、いつの間にかテーブルの上を片づけてくれていたりと、絶妙のタイミングで場を取り持ってくれていた。普通は一番下っ端がそういうところを気にかけたりするべきなのだろうが、女は上司と一緒でも若手の社員が楽しめるようにだろう、逆にそういうことをさせなかった。だから今日はそういう気配りは抜きでお酒を楽しんで貰いたいという気持ちがあったのだが、気づけば結局、注文も取り皿によそるのもお皿の片付けもすべてやらせてしまっていて、男は自分の不甲斐無さに少々落ち込んだ。



「……悪かった。飲み屋じゃなくて、飯屋にすればよかったな」

「いえいえ。お酒は飲めないですけど、こういうところのご飯は好きなので気にしないでください。寧ろ2人で飲みに来てるのにおつきあいできなくてすみません」

 女はそう言うと、丁度店員が持ってきた飲み物を受け取り、モスコミュールを男に手渡してから、オレンジジュースのグラスを軽く掲げた。その仕草に苦笑すると、男も軽くグラスを掲げ、カチンとグラスを触れ合わせた。



 その後も女性側の参考意見としてという名のリサーチを繰り返すうち、男は女のイメージとのギャップをいくつか発見する。それは悪いギャップではなくて、寧ろ男にとっては良いギャップで。会社では知ることのできなかった女の一面が増えるたびに、男の心の中に芽生えていた気持ちが膨らんでいった。



 閉店間際の店を後にし、お互い会社から徒歩圏内のアパートまでの帰り道。男は本当は今日告げるつもりのなかった言葉を女に告げた。



「付き合ってくれないか?」

「え?どこにですか?」



 仕事では男の言葉を120%理解してくれる女が寄こした、漫画のようなとぼけた返事に、男は思わず女を引き寄せ抱き締めた。



「ちょっ、課長!セクハラっ。ってかなんで声殺して笑ってるんですか!?」


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