表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お弁当温めすぎですか?

作者: おこげ
掲載日:2026/06/18

コンビニには色んな人が来る。

朝から酒を買っていくおじさん。

揚げ物を買い占める高校生。

おでんの大根だけを三つ頼むおばあちゃん。

夜勤明けなのか、眠そうな顔でコーヒーを買っていくサラリーマン。

そしてたまに、どうしてそんなことで怒るんだと思うような客もいる。

人間観察が好きなわけじゃない。

ただ、三年もレジに立っていれば嫌でも覚えてしまう。


そんな俺、佐倉直人さくらなおと、二十一歳。

夢なし、彼女なし、取り柄なし。

大学の友達からは「Fランの星」と馬鹿にされ、店長からは「温めだけは一流」とよくわからない評価を受けている。


「佐倉くん」


「はい?」


「また弁当温め過ぎ」


「え?」


「規定時間四十秒なのに五十秒」


「あっ……」

しまった。またやった。


「何回言ったら分かるの。お客さん火傷するよ?」


「すみません……」

別に悪気があるわけじゃない。

なんというか。冷たいより、温かい方がいい。

どうせ食べるなら、少しでも美味しく食べて欲しい。

そんなことを考えてしまう。

もちろん、店長には全く理解されない。


「優しさでクレーム来たら意味ないからね?」


「はい……」


「次やったら始末書」


「はい……」


その時だった。自動ドアが開く。

チリン。


「こんばんはー!」

元気な声。制服姿の女子高生。

胸元のリボンを揺らしながら、いつものように真っ直ぐ弁当コーナーへ向かう。

そして迷うことなく手に取る。

チーズハンバーグ弁当。

毎日同じもの。飽きないのかと思う。

いや、絶対飽きるだろ。

俺なんて三日で無理だ。


「こんばんは」


「こんばんはー!」

彼女は笑顔で弁当をレジに置いた。

「これお願い」


「温めますか?」


「うん。いつも通り!」

いつも通り。

その言葉に少しだけ胸が温かくなる。

俺は弁当をレンジに入れた。

……そして。


「あっ」

やってしまった。十秒。また長い。

「ごめん。温め過ぎた」


すると彼女は、くすっと笑った。

「いいよ」

そして、少し熱い弁当を両手で持ちながら。

「今日もあちあちだね♪」


そう笑う彼女の名前を。

俺はまだ知らない。

彼女が店を出ていくと、コンビニの中にまたいつもの静けさが戻る。

レンジの余熱だけが、ぼんやりと空気に残っていた。

名前も知らない女子高生。

この近所の、たぶん東雲女子校しののめじょしこうの生徒だろう。

制服のリボンの色からして、上級生。それくらいしか分からない。

ただ一つだけ分かっていることがある。

彼女は、ほぼ毎日この時間にやってくる。

夕方十八時四十分。

まるでタイマーでもセットされているみたいに、ぴったりと。


「……また来るんだろうな」

誰に言うでもなく、俺はそう呟いた。

別に珍しいことじゃない。

このコンビニには常連客が多い。でも、彼女だけは少し違う。

買うものは毎日同じ。迷う素振りもない。

ただ、まっすぐ弁当コーナーに向かい、同じ弁当を手に取る。

そして俺のレジに並ぶ。

それだけだ。なのに。

なぜか頭に残る。


「……なんでだろ」

レジの画面を見ながら、俺はぼんやりと考える。ただの客だ。

それ以上でも、それ以下でもない。

なのに、次の十八時四十分が、少しだけ気になっている自分がいる。

そのときだった。再び自動ドアが開く。

チリン。

反射的に顔を上げる。


「こんばんはー!」

また、同じ声。

また、同じ時間。

また、同じように彼女が来る。いつもの時間。

いつもの彼女。

彼女は迷わず弁当を手に取る。


「これお願い」


「はい」

バーコードを通す。

ピッ。

「温めますか?」


「うん、いつも通りで」

レンジに入れる。

ゴウン……。

その音を聞きながら、彼女がふとこちらを見る。


「ねぇ」


「はい?」


「ちょっと聞いていい?」


珍しい。いつもはすぐスマホをいじるのに。


「何でいつも、あちあちに温めるの?」


「……あーすみません」

やっぱりそこか。

俺は少しだけ言葉に詰まる。


「謝らなくていいよ」

彼女は笑う。


「ただ気になっただけ」

レンジの音だけが間を埋める。

「どうして?」

もう一度聞かれる。


少しだけ考えて、俺は答えた。

「……お弁当が熱いと、嬉しいから」


「嬉しい?」


「冷たいより、あったかい方が幸せ」


彼女は少し目を丸くする。

「それだけ?」


「それだけ」

即答だった。


しばらくの沈黙。


ゴウン……という音だけが続く。

そして――


「ふーん」

彼女は小さく笑った。

「そっか」


ちょうどそのとき、レンジが止まる。


ピーッ。


「どうぞ」


「ありがと」

弁当を受け取って、彼女はいつも通り言う。


「今日もあちあちだね」

それだけ残して、店を出ていく。


チリン。ドアが閉まる。

残ったのは、少しだけあたたかい空気と、

さっきの会話だけだった


「……また、十秒長くしてしまったな」

誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


レンジの余熱は、まだ指先に残っていた。

※この作品は短編として完結していますが、

ご好評いただけるようであれば、

コンビニを舞台にした二人の日常や少しずつ明かされる彼女の秘密などを含めて、連載化も検討しています。

もしよろしければ、いいねやコメントして頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ