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神功皇后 ― 海を越える巫女王 ―  作者: 筑前由紀
第一章 神に選ばれし姫

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第4話|英雄の名の代償

蒲見別王かまみわけのみこが白鳥を奪っていった。

その知らせを聞いた足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみことは、しばし言葉を失いました。

胸に込み上げてきたのは、怒りよりも、まず悲しみでした。


白鳥は、父 日本武尊やまとたけるのみことの魂を慰めるためのものです。

それを嘲り、踏みにじられたという事実が、天皇の胸を深くえぐりました。


だが、さらに恐ろしかったのは、世間の反応です。


「ヤマトタケルを愚弄するとは何事か!」

「英雄を貶めるなど許されぬ!」


都は騒然とし、人々はヤマトタケルを神のように崇め、その名を辱める者を決して許そうとしませんでした。

怒りの声は、日に日に大きくなっていきます。


天皇は静かな宮の奥で、ひとり考え込みます。


(……私は、ヤマトタケルの嫡子だからこそ、推されたにすぎぬ)


血筋がなければ、玉座に座ることなど出来なかった。

人々は、「足仲彦天皇」ではなく、「英雄の後継者」として自分を見ている。


父を敬う姿勢を見せねば、民は離れ、王権は揺らぐ。


――そう理解していました。


そして、決断は下されます。


「蒲見別を捕らえよ」


異母弟であろうと、情は許されませんでした。

彼はヤマトタケルの名を踏みにじり、天皇の威信を損ねた。

それだけで、死罪に値しました。


やがて蒲見別王は捕らえられ、処刑されます。

白鳥は再び集められ、静かな儀のもと、父の魂へと捧げられました。


人々はそれを見て、ようやく安堵したのです。


――けれど、天皇の胸には、消えぬ影が残りました。


父の名にすがって即位した自分。

その名を守るために、血を流さねばならなかった自分。


蒲見別王の首が落とされた後、天皇は灯火の前に座し、長く動けずにいました。


(……これで、よかったのか)


ヤマトタケルはすでに天に在る。

白鳥となって昇った英雄は、もうこの世には戻らない。


だが蒲見別王は、確かに生きていた。


愚かな言葉を吐いたとはいえ、同じ父を持つ弟であり、

まだ悔い改める道もあったはずだ。


(兄よりも、弟の命を尊ぶべきだったのではないか……)


そう思うたび、胸の奥に冷たい痛みが走ります。

父の名を守るために、人の命を切った――

その事実が、天皇自身の心を少しずつ削っていきました。


(このままでは……私は、父の信仰に押し潰される)


違う旗を、違う光を打ち出さねばならない。

武でもなく、血筋でもない、別の力。


そんな折――


「聡き姫がおります」


側近のひとりが、慎重に言葉を選びながら告げました。


息長帯姫おきながたらしひめと申すお方。若くして神意を受け、託宣を授かると……噂になっております」


天皇は、ふと顔を上げました。


神の言葉を聞く女。

人と天を結ぶ力を持つ者。


――それは、今の自分に欠けているものではないか。


胸の奥で、何かが静かに動き始めました。


――息長帯姫。


その姫に会わねばならぬ。


そう思った瞬間から、天皇の運命は、すでに次の章へと踏み出していました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回、第5話「名は波に乗りて」。


鯨の漂着を言い当てた帯姫たらしひめの評判は「聡き姫」として広まり、

敦賀から都へと届いていきます。

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