第2話|英雄の影に立つ大王、足仲彦天皇
足仲彦尊は、かの有名な日本武尊の第二子です。
第二子とはいえ、それは最も高貴な妻のひとりが産んだ、ただ一人の男子でした。
血統だけを見れば、申し分のない立場にあったと言えるでしょう。
しかしその生涯において、足仲彦尊は常に「父の名」と共に生きる運命を背負っていました。
ヤマトタケル――。
剣を取り、熊襲や蝦夷を平らげ、数々の戦いを制してきた英雄。
ヤマトタケルの生前、すでに人々の間では「次の天皇はヤマトタケルであろう」という期待が、半ば当然のものとして語られていました。
その熱は、本人だけでなく、まだ幼かった足仲彦尊にまで及んでいたのです。
尊がまた幼い頃、すでに彼の将来は、周囲によって定められていました。
当時の天皇の孫、尊の従姉妹にあたる大中姫との婚姻が、早くから決められてしまいます。
「ヤマトタケルの子は、次代の中心に据えるべき存在」
その考えのもと、足仲彦尊は、本人の知らぬうちに“次の時代の駒”として配置されていました。
しかし――。
ヤマトタケルは、天皇に即位する前に世を去ります。
そして父の弟・稚足彦尊が皇位を継ぎ、第十三代天皇となりました。
足仲彦尊は、一度は皇位から遠ざかります。
父が即位しなかった以上、その子である自分の道も、白紙に戻ったかのように見えました。
けれど、稚足彦尊に後継がいなかったことで、運命は再び彼を呼び戻します。
――こうして、足仲彦尊は即位しました。
四十三歳のことでした。
即位の日、高穴穂宮には人々の祝いの声が満ちあふれていました。
だが玉座に座す足仲彦天皇の胸にあったのは、歓喜ではなく、重圧でした。
(……父上ほどの器など、我にあるのか)
人々の視線の奥にあるのは、「足仲彦天皇」ではありません。
「ヤマトタケルの子」という肩書きでした。
足仲彦天皇は天才ではありません。
生まれながらに剣に秀でていたわけでも、人心を一言で掴む才があったわけでもないのです。
ただ、努力だけは、誰にも負けまいとしてきました。
誰よりも学び、誰よりも己に厳しくあろうとしました。
凡人であることを自覚していたからこそ、怠ることを自分に許しませんでした。
「凡人が、人並み以上になるには、それしかない」
それが、足仲彦天皇の信条でした。
そして即位した今――
足仲彦天皇は、自分が何を背負って玉座に座っているのかを、痛いほど理解していました。
人々は彼を「足仲彦天皇」としてではなく、
「ヤマトタケルの子」として見ています。
ならば、
まずはその期待に、応えるべきなのではないか。
(父上の名を、否定してはならぬ)
むしろ、その名を借りてでも、王権を安定させねばならない。
それが、即位したばかりの天皇に許された、最も現実的な道だと足仲彦天皇は考えました。
英雄の名に寄り添い、
英雄の志を継ぐ者として振る舞う。
それは、逃げではなく、
「今の自分に出来る、最善」だと信じていたのです。
(……まずは、父の光の中で立つしかない)
そうして足仲彦天皇は、あえてヤマトタケルの影の下に身を置くことを選びました。
それがやがて、
白鳥を集める儀へとつながり、
そして、血の決断へと至っていくのです。
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次回、第3話「白き翼の記憶」。
白鳥となった父の記憶に縛られる足仲彦天皇は、
供養のため集めた白鳥を弟、蒲見別王に奪われ、
天皇としての試練に直面します。




