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『緋色の傭兵団の物語』~突然解散した傭兵団から飛び出した俺たちは新しい傭兵団を作って成り上がる  作者: 嵗(sai)


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第二部 第1章:緋色の咆哮、あるいは「前進」という名の呪い

第二部:泥濘の覇道

「混沌の地ゲルマニア。実績は死体の数で証明しろ。緋色の旗が、いま荒野に翻る。」

無所属の弱小勢力として嘲笑われながらも、圧倒的な戦闘能力で盗賊(茶色の剣の端株)を殲滅し、ギルドにその名を刻み込む成り上がりの序章です。


俺の名はガーブだ。間違っても「ガーベラ」なんて、お行儀のいい可愛い名前で呼ぶんじゃない。鏡を覗き込めば、そこにいるのは戦場に咲く可憐な花などではない。返り血を浴び、泥を啜り、鉄の重みに魂まで慣れきった一人の女傭兵だ。


だが、皮肉なことに俺はこの名前を捨てられずにいる。俺を拾った親父――『憂国の傭兵団』の元団長が、戦場に転がっていた孤児の俺を初めて見た時、事もあろうに「一目惚れした」なんて抜かしやがって付けた名だからだ。自分の娘に付けるような名を、殺し合いの真っ只中で拾ったガキに付けるんじゃねぇよ、と今でも毒づきたくなる。


ただ、一つだけ、胸の奥に刺さったまま抜けない棘のような言葉がある。親父が教えてくれた、ガーベラの花言葉だ。それは「前進」。 傭兵稼業において、止まれば死が追いつき、振り返れば絶望に呑まれる。だから「前進」し続けることだけが唯一の生存戦略だった。オルレアン伯爵の冷酷な裏切りによって、俺たちの「親父」や仲間たちは全員、あの丘の上で強制的に立ち止まらされた。


生き残った俺たちに残されたのは、「前進」という言葉でしか覆い隠せない空白だった。立ち止まれば、あの丘の死体の山が視界に浮かぶ。振り返れば、親父の最期の背中が脳裏に焼き付く。だから、俺たちは前に進む。それが正しいからじゃない。後ろを見る勇気が、俺たちには残っていなかっただけだ。 それは希望などではなく、呪いのような「前進」だった。

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俺は、このろくでもないフランク王国の生まれだ。建国から三百年ほど。大陸の悠久の歴史から見れば、まだ青臭い新興国と言っていいだろう。だが、その中身は建国当初から腐り果てていた。親父から酒の席で何度も聞かされた建国神話がある。この国の王になった男は、高潔な騎士でも聖者でもなく、正真正銘の「ならず者」の親玉だったという話だ。


三百年前、初代の王は十七人の仲間を引き連れ、略奪と暴虐の限りを尽くした一党の首領だった。東ロマヌス帝国の目が届かない辺境で、奴は腕っぷし一つで勢力を拡大し、国を簒奪した。


「なあ親父。その仲間たちはどうなったんだ?」 幼い頃、焚き火の爆ぜる音を聞きながら尋ねた俺に、親父は苦く笑って答えた。 「二人は犬死に。残った十四人は、ならず者から一晩で『貴族』という名の領主様に化けたのさ」。


それが今の王国を支配する貴族たちの正体だ。代を重ねるごとに戦友の絆は薄まり、傲慢さと領土欲だけが濃縮されていった。中央が腐れば地方も腐る。十四人の貴族の子孫たちは、土地や水を巡って醜い私戦に明け暮れるようになった。俺の故郷の村が焼かれたのも、そんな連中の「些細な」奪い合いの巻き添えに過ぎなかったのだ。

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領主たちが村を焼き、家畜を奪えば、食い詰めた民は野盗に落ちる。そして領主たちは自らの手を汚さぬよう、その野盗を金で雇う。それがこの大陸における「傭兵団」の汚れた始まりだ。


俺たちがいた『憂国の傭兵団』も、元を辿ればそんなクズ溜めの一つだったらしい。だが、流れの元騎士たちがその団を掌握し、略奪を禁じ、規律を植え付けた。それが俺を拾った親父だ。


「俺たちは、国を憂う者たちの盾となる」。


そんな理想を掲げたからこその『憂国』。俺たち孤児は、その理想の影で、飯を食うために剣を取り、生き残るために盾を構える術を叩き込まれた。


その中で、一番強かったのは誰か? 決まっている。この俺だ。俺は長剣と両手剣を振り回し、気づけば「緋色の傭兵」なんて、血生臭い二つ名で呼ばれるまでになった。ヤミル、クリス、ハンス、それにシン……あいつらもみんな、同じ釜の飯を食った家族同然の狼たちだ。

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ヤミルは、あの二メートルを超す巨躯を活かしたグレイヴ使いだ。一撃で空間ごと叩き斬るような静かな武は、団の中でも畏怖されていた。クリスは神速の弓使い。端正なツラとは裏腹に、その心は誰よりも冷めている。ハンスは影に潜む斥候。あいつの気配を察知できる奴など、団には数えるほどしかいなかった。


そして、シン。あいつは双剣を扱うが、剣の腕だけなら俺の方が上だ。だが、シンの「頭」の出来は、俺たちとは決定的に違っていた。あいつは団長や幹部から教わった読み書きや計算を、乾いた砂が水を吸うように吸収していった。俺たちが自分の名前を書くのに必死だった頃、あいつは報告書を綴り、灯りが消えた後も分厚い『戦術総覧』を読み耽っていた。


戦場に立てば、あいつはいつも奇妙なことを口にする。


「敵の数は四百二十六。左翼の行軍速度が三%落ちた。あと一分で、あそこの瓦礫が崩れる」。 数字、地形、天候。シンにとって、戦場は地獄ではなく、すべてが計算可能な「数式」に見えているらしい。あの日、解散を宣言された瞬間に「数字」を弾き出したシンの眼。あいつだけは最初から気づいていた。俺たちが伯爵にとって、単なる「安上がりな消耗品」に過ぎなかったことを。


俺はシンの正しさを信頼している。だが、同時に恐ろしくもある。あいつの「数式」が導き出す未来に、俺たちの感情が入る余地はあるのか? あいつが描く戦略は完璧すぎて、どこか人間味を欠いた、冷徹な美しささえ感じさせるのだ。

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オルレアン伯爵領。そこで俺たちは本当の「合理」という名の怪物に出会った。南から東ロマヌス帝国の軍が攻めてきた時、伯爵は俺たち傭兵を最前線の「防波堤」として投入した。


二ヶ月。六倍の敵を相手に、俺たちは泥を啜りながら足を止めた。勝利を確信した瞬間、俺たちが目にしたのは、味方であるはずの正規軍による「使い捨て」の宣告だった。「死んでくれ」。 伯爵のあの言葉。それは怒りでも憎しみでもなく、ただ「一番効率的な戦術」を選んだだけの、事務的な響きだった。親父たちはそれを悟り、自分たちが「捨て石」になることで、俺たち若手だけを逃がした。


「……ああ、クソッ、これ以上は思い出したくもない」 俺はそう言い捨てると、握りしめた拳で安宿のテーブルを叩き、逃げるように席を立った。瞳には、かつての故郷を焼いた炎よりも、さらに熱く、暗い復讐の火が灯っていた。


シンが描いた「ゲルマニアで成り上がり、軍を動かして伯爵を殺す」という絵図。正気の沙汰じゃない。だが、シンが弾き出したその「数字」だけが、今の俺たちの唯一の希望だ。


俺たちは進む。勝利を重ねるたびに、何かが削れていくような嫌な予感を抱えながら 。


黒鉄期1733年、冬。ゲルマニアへと向かう街道で、俺たちは誓った。オルレアン伯爵――あの合理の怪物を、俺たちの泥臭い咆哮で必ずや引き摺り下ろしてやる、と。


(――だが、この時の俺たちはまだ、自分たちが新たな「合理」の渦に呑み込まれていくことを、知る由もなかった)。


第二部を1日1話更新します。

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