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『緋色の傭兵団の物語』~突然解散した傭兵団から飛び出した俺たちは新しい傭兵団を作って成り上がる  作者: 嵗(sai)


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第三部 第5章:特異体の脅威と「託す」意志

魔獣が目の前に迫る。「本当に、やべぇ……!」俺はこみ上げる恐怖を押し殺し、双刃の一翼を強く握り直した。


魔獣が、まるで獲物を確実な絶望へと叩き落とすかのように、飛び上がるような動作で立ち上がった。巨躯に見合わぬ敏捷さで振り下ろされる両腕。俺は魔獣の一瞬の「溜め」を見極め、全神経を集中させて横へと飛び退いた。その際、牽制としてナイフを一本投擲したが、刃は魔獣の硬質な牙に当たり、虚しく火花を散らして跳ね返る。


一回転、さらに一回転して距離を開け、俺は再び魔獣と正対した。片目を潰され、顔を鮮血に染めた魔獣の瞳には、生物としての理性など欠片もなく、ただ濁った狂気だけが宿っている。「こいつは……、引く気はなさそうだな」俺の頬を冷たい脂汗が伝う。


魔獣「特異体(特異個体)」。それは、この世界の生態系において絶対的な死を意味する変異種だ。魔獣という存在そのものが、通常の生物とは成り立ちからして異なっている。


かつて、この世界には「魔那マナ」が満ち溢れていた。古代、空にも土にも水にも魔那はあり、あらゆる生命――植物、動物、魚類、昆虫、樹木に至るまで、すべてに魔那が一つずつ宿っていた。逆に言えば、通常の生命には「一つしか」宿らないのが世界の理だった。しかし、この環境中の魔那は青銅期の終わりと共に原因不明の消滅を遂げた。


その結果、体内に複数の魔那を宿す異常個体――魔獣が生まれた。彼らは生存し続けるために、他者の生命が宿す魔那を吸収しなければならない。環境から魔那を得られなくなった魔獣は、他者の生命を食らい、人を食らう怪物へと変質した。人族社会にとって魔獣とは、生存を脅かす最優先の討伐対象である。

だが、「特異体」はさらにその上を行く。魔獣自体の突然変異種と言われるが、魔那を複数宿した魔獣がさらに変異するなど、理論上は理解しがたい存在だ。確かなのは、特異体は通常個体より遥かに巨大で、強靭であるという事実のみである。


六十年前、北方湾岸諸国域に出現した狼型の特異体は、体長十メートルを超え、二百名の討伐隊を全滅させた末に三つの村を地図から消し去った。その惨劇以来、諸国には一つの暗黙の了解が通達されている。


『特異体には手を出すな』。目の前にいるのは、正にその「関わってはならない災厄」そのものだった。

俺は心臓の鼓動を抑えながら、違和感に気づいた。北方の狼型は通常個体の五倍の大きさだったが、目の前の熊型特異体は、通常個体のせいぜい一・五倍程度だ。なぜこれほど「弱い」んだ? 何が違う?


「ゴアア!」 考察に耽る隙を、魔獣は許さなかった。俺は地面を転がって爪を避ける。「ガアアア!」と咆哮し、魔獣が両腕を振り回して迫る。俺は後ろに飛び下がり、突進してくる巨体の下を滑り込むように抜けた。


「早ええ!」 振り向くのと同時に魔獣の追撃が来る。ナイフで太い腕をいなそうとするが、衝撃を殺しきれず三メートルも吹き飛ばされた。受け身を取るも勢いが殺せず、地面を泥だらけになって転がる。


「ガフッ……」 止まった瞬間に魔獣が覆いかぶさり、諸手を挙げて四条の爪を振り下ろしてきた。俺はナイフを逆手に持ち、腕を交差して受け止める。だが力負けし、地面へと叩きつけられた。「キャアアア!」という魔獣の耳を劈く絶叫。俺は魔獣が振り下ろす勢いを利用し、その掌にナイフを深々と突き立ててやったのだ。


しかし、その代償は大きかった。打撃の衝撃を体全体で殺しきれず、地面に激突した背中に焼けるような痛みが走る。 魔獣と目が合った。「グルル」と喉を鳴らし、大きく口を開けて俺の首を食いちぎろうと迫る。


「がんっ」という鈍い衝撃。 魔獣の動きが止まった。


「へへ……、ざまぁ見ろ」 魔獣の下顎には、咄嗟に引き抜いて突き刺した別のナイフが深く埋まっていた。「グエエアア!」と悶絶する魔獣。だが、その一撃に全ての力を使い果たし、俺の腕は感覚を失っていた。もう動けねぇ。俺は力を抜いた。なるようになれ。あとは、仲間が……。


「グウゥ、グウゥ」 魔獣の視線が俺を射抜く。憎悪の色。俺もあの日、憂国の傭兵団を追放された時、同じ気分だったぜ。思い通りにならない不条理に対する怒り。だが、俺の旅はここまでだったらしい。なんとなく、「託す」という気持ちが分かった気がする。俺は静かに目を閉じた。


「……ぁあああ! 何やってるんだ貴様はあああ!!!」 鼓膜を震わせる怒声と共に、暴風が吹き荒れた。「どごぉん!」という凄まじい衝撃音。目を開けると、六百キロを超える魔獣が遥か彼方へ吹き飛ばされていた。


「は……?」 理解が追いつかない。なぜ、四十数キロしかない人間の少女の蹴りが、あの巨体を弾き飛ばせるんだ? そこには、肩で息をするガーブが立っていた。彼女は俺を指さし、顔を真っ赤にして叫んだ。


「貴様ぁ! なに諦めてんだよ! ぶっ飛ばすぞ!」


両脇に手が差し込まれる。「シン! 大丈夫か!」とハンスが俺を引き上げ、クリスが俺の腕に触れる。

「腕は大丈夫ですか?」「痛てっ! もう少し静かにやってくれ」


「ふん! 大丈夫そうだな。……なんださっきのあれは! 気ぃ抜きやがって!」 ガーブの叱咤を背に、俺は立ち上がる。前方では、魔獣がよろよろと立ち上がろうとしていた。


「……、まずはあいつだな。待ってろ!」 ガーブが大刀を構え、地を蹴った。歩みは瞬時に加速し、突進へと変わる。


「はああああっ!」 「どすっ」と鈍い音が響き、ガーブの大刀が魔獣の胸を正確に貫いた。


「死ねや」 「ぬん!」


「ぞぶり」という嫌な音がして、魔獣の頭部が宙を舞った。「なっ!」と驚くガーブ。魔獣の背後には、グレイヴを鮮やかに振り抜いたヤミルが立っていた。


「助太刀ご苦労」 「貴様、俺の獲物を!」 「誰が止めを刺しても同じだろう? 俺たちは仲間だ」 「それとこれとは別だろうが!!」


言い争う二人を見て、俺の心からは緊張が抜け、笑いが込み上げてきた。

「はは……はははは!」 助かった。生き残ったんだ。俺は、神にではなく、共に死線を越えてくれた仲間たち全員に、心の中で深く感謝した。


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