第三部 第3章:専門家の流儀と夜の予兆
「お前ら、傭兵か……!」
その一言が酒場に投げかけられた瞬間、空気が凍りついた。
若者たちの間に、それまでのいきり立った空気とは質の違う、本能的な緊張が走る。俺は彼らの視線を真っ向から受け止め、不敵な笑みを浮かべて答えた。 「そうだが?」
「マルコ……まずいよ、席に戻ろう?」 仲間のひとりが、リーダー格の男——マルコの袖を必死に引っ張る。
「……、ちっ。おい、行くぞ!」 マルコと呼ばれた男は、俺たちから漂う「硝煙と血の匂い」を察したのか、吐き捨てるように言って席に戻ろうとした。威圧感の塊であるヤミルが、静かに椅子に腰を下ろすのを確認してから、俺はあえて余計なおせっかいを焼くことにした。ここで黙っていては、この町の「仕事」を手に取る機会を逃してしまう。
「まぁ、待てって。何でこいつ——ガーブが笑ったのか、気になるんだろ?」 俺は親指で、不機嫌そうにコーヒーを啜るガーブを指した。 マルコが振り返る。「うるせえ! ほっとけ!」 「んー、まぁそう言わず。これも何かの縁だ。聞いておいて損はないと思うよ?」
「……、何で笑ったんだ」 席に座り直したマルコは、意外にも素直だった。俺はガーブに視線を送ったが、彼女は「そんな面倒な説明は嫌だね」と言わんばかりにそっぽを向いた。元来、彼女は猪突猛進の武人であり、理屈で人を説得するのは俺の役目だ。
「ガーブが笑ったのはな、あんたらが『囲めば殺れる』なんて甘いことを言ったからだ。聞くが、魔獣は次にいつ現れる? 今晩か? 明日か? ……分かってないだろ」 俺は畳み掛ける。
「魔獣が現れるまで、いつ来るかも分からない相手を寝ずの番で警戒するのか? あんたら昼間は何をしてる。それぞれ仕事があるだろ。寝不足で農作業や大工仕事をしながら、魔獣相手に神経を研ぎ澄ませられるのか? 死ぬぞ」
若者たちが絶句する。「あ……」
「それにだ。どこに現れるか予測はついているのか? 見つけたとして、どうやって仲間を集める。全員が集まるまで、魔獣の猛攻をたった一人や二人で凌げるのか? そもそも、魔獣を一度でも狩ったことがあるのか?」
「……、ない」 マルコの返声は消え入りそうだった。
「そういうことだ。あそこのおやじさん——町役場の方かな?——は、それを言いたかったんだと思うよ。そうですよね?」 俺はマルコたちの後ろ、カウンターで黙って酒を飲んでいた壮年の男に視線を向けた。彼はゆっくりとこちらを振り返り、重々しく口を開いた。
「……その人の言う通りだ。魔獣狩りは経験がものを言う。狩人でもないお前たちでは、余計な被害を増やすだけだ」 きっぱりと言い切った男に、俺はさらに踏み込む。 「で、傭兵を雇おうとしたんだろうけど……割に合わないと断られた。そうですね?」
「……そうだ。隣町のギルドからは門前払いだ」 俺はゲルマニアの傭兵界の現実を説明した。普通、傭兵団は50人から200人単位の集団で動く。少人数に分けることは稀だ。なぜなら、一箇所に留まっている間に他で「美味しい依頼」が舞い込めば、すぐに移動しなければならないからだ。小遣い稼ぎに出た団員を呼び戻す手間すら、彼らには惜しいのだ。
「だから断られた。だがな、ここに手頃な傭兵団がいる。俺たち『緋色の傭兵団』だ」 俺は身を乗り出した。 「俺たちは六人の少数精鋭だ。独立したてで実績が欲しいから、格安で雇える。魔獣狩りの経験も豊富だ。あの手の熊型なら、俺たちの誰が当たっても一人で討伐できる」 信じられないという顔をする一同に、俺は条件を提示した。
「どうです? 個々の宿代、朝晩の食事。それに報酬は一人100Gでどうでしょう?」 通常の傭兵相場が一人300Gであることを考えれば、破格の提案だ。 おやじさんはしばし空を見つめ、決断したように俺を見た。「……頼む」 「はい、依頼承りました」 俺は差し出された無骨な手と、がしっと握手を交わした。
翌朝。俺はおやじさんから宿場の詳細な地図を借りた。 街道沿いに建物が並んでいるが、北側の奥には農地が広がり、そのさらに先には深い森が控えている。俺は地図に、19日前と4日前の襲撃地点に〇印をつけた。 「早速今晩から動く。ガーブ、一番手よろしくな」
「なっ! ……分かったよ、やればいいんだろ」 ガーブは不満げだが、実力は折り紙付きだ。 「ハンスは北側一帯の痕跡を探ってくれ。クリス、補助を頼む。俺は昼の間に襲撃現場を精査してくる」
俺が指示を出していると、後ろから声がかかった。マルコだ。 「なぁ、俺も一緒に行っていいか?」 彼の目は真剣だった。自分の街を自分たちで守りたいという気概。その「熱」を無下にするつもりはない。 「いいだろう。明日の朝ここに来い。現場の見方を教えてやる」
その晩は平和に過ぎ、翌朝、帰還したガーブは無言でベッドに沈んだ。 俺はマルコとおやじさんの案内で農家を回った。現場の対策は、野犬や狼を避けるための野草を吊るす程度で、魔獣相手には無力だった。
「今まで、この辺りには出なかったんだがな」 おやじさんの言葉に、俺は壊された小屋の扉を検分した。爪痕の位置が高い。二メートルを超える大物だ。 「これ……一頭だけじゃないかもしれないな」 嫌な予感が脳裏をよぎった。
夕方、酒場に集合した俺たちの前に、ハンスが戻ってきた。 「……森に『印』があった。北の森一帯を狩場にしている。恐らく、二頭だ」
「やはりか」 俺はハンスが報告する足跡、糞、食べ残しの位置を地図に書き込んでいく。 時間が過ぎる。仲間たちは、俺がこの「思考の海」に没頭している時は、決して邪魔をしない。地形、風向き、魔獣の習性、襲撃の間隔。すべてを戦術盤の上に並べ、最適解を導き出す。
「ここだ」 俺は地図の二箇所に×印をつけた。マルコが覗き込む。「何でそこなんだ?」 「魔獣の行動パターンから推測した。一回目と二回目は別個体の仕業だ。奴らは縄張りを共有しているつがいか兄弟だろう。次は同時に、こことここを襲う。二回目の襲来からの日数から見て、来るのは……今夜だ」
俺は即座に配備を指示した。
「ヤミル、この小屋の影で迎え撃て。気配を消して一撃で仕留めろ」 「……了解」
「ガーブはこっちの畦道だ。風下になる。絶対に先に気取られるなよ」 「よっしゃー! 暴れてやる!」 「ハンスとクリスは後衛として中間に待機。どちらかが崩れた時のフォローを頼む」
最後に、俺はマルコを見た。 「俺とマルコは、二回目の現場近くの農家の側だ。ここは俺が受け持つ」
「夜が更けたら出発だ。さぁ、狩りを始めよう」
俺の合図に、緋色の傭兵団と、覚悟を決めた一人の若者が立ち上がった。「「おう!!」」 静まり返った宿場町に、鉄の匂いが微かに混じり始めた。




