6.推しのいる異常な日常
「……おはよう」
耳元で奏の声がする。
相変わらず、びっくりして飛び起きる。
枕元には、今日も推しのフィギュア。
「おはよう……」
寝ぼけながらも返事する。
ここ最近は毎日同じようなルーティンだ。
――奏に起こされる
そんな異常事態に私は慣れかけている。
……慣れかけてるってどういうこと。
のそのそと起きて、出勤準備を始める。
それを奏はずーっとソファの上から眺めてる。
最初は戸惑った。
視線に耐えられなかった。
でも、途中で開き直った。
(さすがに着替えは洗面所!)
「今日は早い?」
準備が終わる頃、奏が聞いてくる。
……これも毎日のことだ。
「んー?今日は中番だから、ちょっと遅いかな。二十時は過ぎると思う」
私が答えると、奏は無言でこちらを見た。
「ん?」
不思議に思い、見返すと、
「うん、待ってる」
真顔で返ってくる。
心臓が変な跳ね方をして、一瞬止まってしまう。
それから、慌てて答えて家を飛び出す。
「じ、じゃあ、行ってくるね!」
「うん、行ってらっしゃい」
奏の声が、脳内にしつこく残った。
二十時過ぎ。
「はぁー疲れたー」
そうボヤきながら、帰宅を急ぐ。
今日は平日なのに、すごく忙しくて、理不尽なクレームまで受けてしまった。
なんとか終えて帰れたけど、今日はもうぐったりだ。
前なら、こんな日は葵さんと愚痴って、推しトークで盛り上がって発散してた。
でも、今日はこうやって足早に家に向かってる。
――奏が待ってるから
そんな考えが浮かぶけど、イヤイヤと首を振る。
違う違う。
それが当たり前じゃないんだってば。
自分にそう言い聞かせる。
そう、家帰ってNOCTISの映像見て、曲聞いて癒やされるの!
私は足早に家へと向かった。
「ただいまー」
部屋の奥にいる奏に声をかける。
「おかえり」
すぐに返事が返ってくる。
奏の顔を見ただけで、身体の力が抜ける。
ほわーっと、仕事の疲れも抜けていく。
奏のいつもの場所――窓辺のソファのすぐ隣。
そこが最近の私の定位置になっていた。
そこに座って、ちょっとだけ奏を見上げて話をする。
それが最近の私の癒しになっていた。
いつものようにそこに座る。
淹れた珈琲を飲みながら、今日の出来事を話す。
「今日はちょっと疲れちゃった……」
「お疲れ、夕莉は頑張ってるよ」
いつもと違う調子の奏にちょっと戸惑う。
それでも、その言葉が嬉しかった。
推しに褒めてもらえる日が来るなんて思わなかった。
「奏は今日は何してたの?」
だいたい毎日聞いてる。
いつも、
「空見てた」
とか、
「寝てた」
とか、同じような答えしか返ってこない。
今日も同じだと思ってたのに。
「今日は、ずっと夕莉のカフェ何処かなって探してた」
珈琲を持った手が止まる。
「え?」
想定外の言葉に思わず聞き返す。
「前も聞いたよね?夕莉の働いてるところ」
「そ、それ知って……どうするの?」
奏はいつもより少しだけ柔らかい笑みを浮かべる。
「……別に」
……嘘っぽい。
こういう時の奏は、だいたい何か隠してる。
嫌な予感。
「外出ようなんて、思ってないよね?」
「……思ってないよ」
言い方が、怪しい。
それでも、奏は気にしない素振りで私を見てる。
私は少しだけ困った顔で、奏を見上げる。
素知らぬフリの奏が、少しだけ憎らしい……。
それでも、奏から目を逸らせないのが、もっと憎らしい……。
前途多難。
結局、推しに振り回される未来しか見えない。




