16.推しの職場訪問
その日、朝から悪い予感はしてた。
奏がやたら、笑顔でいることもそうだ。
いつもなら、
「早く帰れよ」
って言ってくるのに、今日に限っては、
「今日も遅いのか?」
と言っていた。
「?」
私は不審に思いながらも、
「今日も遅番だからね」
と返事をした。
その後、慌てて家を出たのだ。
そして――
職場に着いて、ユニフォームに着替えようとした時。
「!?!?!?!?」
声にならない叫びを上げる羽目になったのだ。
バックの中に、奏がいた。
笑顔で手を振る奏を見た時、私は意識が遠のきそうになった。
寸前で踏みとどまる。
「なんっで、奏がバックの中にっ!?」
小声で奏に詰め寄る。
悪びれもせず奏は、
「夕莉のカフェ見たかったから」
くらっとする頭を抱える。
どーすんの!?これ!?
もうパニック過ぎて考えが回らない。
「夕莉?どうした?」
更衣室の外から葵さんの声が聞こえる。
飛び上がるほどびっくりしたけど、平静を装い返す。
「な、なんでもない。すぐ行く!」
「そろそろお客様増えてきたから、急いでねー」
葵さんはそう言いながら、ホールへ戻っていった。
とりあえず私は、奏をバックに突っ込んだまま着替えを済ませ、仕事に出る。
「ぜっっっっったいにここから出ないでよ!!喋ってもダメだからね!」
強く奏に念を押すけど、もう嫌な予感しかしない。
奏がおとなしく言う事聞くわけないんだ……。
「わかってる」
そう言う奏の顔は、好奇心でわくわくしてる。
「夕莉ー?早くー!」
ホール側から声が聞こえ、慌てて返事をする。
それから、チラッとだけ奏を見て、急いで更衣室を出た。
不安しかないけど……。
今は仕事!!
私は足早にホールへ向かった。
「やっと落ち着いた……」
14時過ぎて、ようやく店が落ち着いてきた。
奏のことは、頭の片隅にあったけど、正直考える余裕すらないほど、忙しかった。
ぐったりしつつ、私はカウンターに戻る。
厨房のスタッフは夜の仕込みに忙しく、ようやく落ち着いた葵さんは、休憩に行ってる。
カウンターにもたれ掛かって、大きく息を吐いた時だった。
「お疲れ」
驚いたなんてもんじゃない。何よりも心臓が飛び出すかと思った。
カウンターテーブルの向かい、調理台の端に奏が座っていた。
「なんでここにっ!?」
ようやく落ち着いたと思った私の心境が、再び焦りだす。
「そろそろ暇かなって」
無邪気すぎにも程があるだろっ!!
奏ってこんなに好奇心旺盛だっけ?
「無理無理無理無理」
そう言いながら、私は奏をエプロンのポケットに突っ込む。
「夕莉、痛い」
「見つかったら、どうするのっ!?」
狭いポケットの中で不貞腐れる奏は、とてもじゃないが、ステージ上で激しく歌う人物と同じとは思えない。
「なぁ、夕莉?」
「なにっ?」
奏が入口を指差す。
「お客さん」
はっとして振り返り、私はもう一度奏をポケットの中に押し込み、笑顔でお客様を迎える。
「いらっしゃいませ」
ポケットの中からは奏の楽しそうな声が聞こえる。
「接客中の夕莉もいいな」
もう、頼むから大人しくしてて〜!!
ひやひやしながらも仕事をしていると、葵さんが休憩から戻ってくる。
「夕莉、お疲れ〜休憩行っておいで〜」
背後から声をかけられて、ドキッとする。
私は思わず奏のいるポケットを抑えて、振り向いた。
「あ、はいっ」
奏の驚いた声が、少しだけあがる。
「?」
葵さんは少しだけ不思議そうに首を傾げた。
「なんか、今……」
「なんだろうね!?」
私は誤魔化すように声を張り上げ、慌てて休憩室に向かおうとする。
「……夕莉、ホント最近変だよ?」
溜め息混じりに葵さんが言う。
「ちょっと……疲れてるだけだから」
私も溜め息混じりに返す。
ある意味、間違いではないので。
「休憩行ってくるね」
そう言って私は休憩に入った。
更衣室に入ると、私はポケットから奏を出した。
「夕莉、乱暴にすんな」
髪をかきあげながら、奏が見上げる。
「奏が悪いっ」
奏は楽しそうに笑った。
「俺は楽しい」
私はがくーっと肩を落とす。
なんか……バカらしくなってきた……。
「私は心臓が持たないよ……」
今日ほど、早く帰りたいと思う日はないだろう。
「また来てもいいな」
とか言ってる奏が心底憎たらしい。
私は強めに言い返した。
「絶対に連れてこないからっ!」




