閑話 夕莉の一目惚れ
「この前、カラオケで」
不意に奏が話し始めた。
「ん?」
珈琲片手にスマホをイジってた私は、目だけで奏を見た。
「『URGE』に一目惚れしたって言ってた」
「うん」
私はスマホをテーブルの上に置いて、ちゃんと奏を見る。
少しだけ……言いづらそうに、奏が口ごもる。
「…………聞いても、いいか?」
珍しく、しおらしい奏に私は驚く。
……ちょっと、可愛い。
口元を抑えて笑って私は答えた。
「いいよ」
奏はちょっとホッとしたように息を吐いた。
「……なんで?」
奏の問いは簡単だった。
そして、私の答えも。
「んー?一目惚れって、理由なんてないんだよ」
ちょっと考えてみても、理屈や理由なんてあったら、一目惚れじゃない。
ただ、その時の奏に惹かれた。
それだけ。
「そっか……そうだよな」
奏も何か思い当たったのか、納得したように呟く。
「でも、聞きたい。夕莉がどうやって一目惚れしたのか」
少しだけ、いつもの調子で奏が見上げる。
「え?うーん?そうだなぁー」
私はその時のことを思い出そうとする。
「中学二年の頃かなぁ?いつも見てる番組にね、NOCTISが出てたの」
そう、何気なく見ていた。いつものように。
「最初は全然知らなくて、新しいバンドだぁ、くらいかな」
今よりも若かったNOCTISのメンバーは、ちょっと尖ってて、まさか自分がこのあと、心奪われるとは微塵も思っていなかった。
「でもね、演奏始まって、ギターの音にまず驚いて」
ポップスかアイドルしか知らない中学生には衝撃だった。
「それから、奏の歌が入って、サビ」
思い出すだけでも、感情が揺れ動きそう。
「自分の全部かけて叫んでるように歌ってる奏に、全部持ってかれた」
えへっと笑って見せる。
「もうね、言葉にならないかな。ワケわかんない感情」
当時の私にはそれがなんなのか、全くわからなかった。
ただ、気になる、それだけでありったけのお小遣いでCDを買いまくった。
「それが一目惚れだったんだって気づいたのは、高校入ってからかな」
私は冷めてしまった珈琲を飲んだ。
奏はずっと黙って私の話を聞いていた。
そして最後に、
「そっか」
と言って笑った。
少し、沈黙が落ちてくる。
顔をあげた奏は、優しい笑みを浮かべていた。
胸の奥からこみ上げるじんわりとした気持ちが、残る。
私はきゅっとコーヒカップを握り締めた。
「……あの頃……」
少しして、奏が静かに話始めた。
「まだデビューしたばっかでさ」
懐かしそうに目を細めてる。
「急に生活変わって忙しくなって」
奏は右手を前に伸ばして、何かを掴もうとする。
ふっと止まって、手を見つめてる。
「思い通りにいかないことばっかで、何がいいのかわかんなくなってて……」
少しだけ、苦しそうな表情。
それから、呆れたような顔。
あんまり、見たことのない奏。
「ただ、自分の想いをぶつけただけの曲だった」
手のひらに何かの残像を見ているように、視線を落とす。
「今まで、この曲好きって言ってもらったこと、あんま無くて」
苦笑いする奏。
「だから、夕莉がこの曲に一目惚れしたって聞いて、びっくりした」
柔らかい瞳が、私を見据えた。
いつもの鋭い光ではなく、陽だまりのような灰色の瞳。
「わかってくれてる人もいんだなって」
そこまで言って、瞬きをする。
それから、遠くを見る。
「嬉しかった」
こんなに素直な奏、珍しい。
だから、カラオケの時、驚いた顔したのか。
あの時の疑問が解決した。
うん、私も嬉しい。
十年前の、奏の想いを、私は受け取れたひとりだったんだなって。
それが、今、奏の心を少しでも軽くさせることができたと言うなら、こんなに嬉しいことはない。
「ありがとうっ」
私が言うと、奏はまた驚いた顔をした。
それから、くっと笑った。
「なんで夕莉がお礼言ってんの?」
そう言って、また笑ってる。
つられて私も笑う。
部屋にはしばらく、二人分の笑い声が響いていた。




