1.推しのフィギュアが動いた!?
私のお気に入り。
肩越しに振り返る推しのフィギュアが、ふっと目線を逸らした。
オタク歴10年。
好きすぎて、ついに幻を見たのかと思った。
え、動いた!?
ひゅっと心臓が鳴る。
息が詰まる。
ちょっと奮発して買ったガラスケースの中で、ゆっくりと動き出す。
私の推し――ロックバンド『NOCTIS』のボーカル、夜宮奏(のフィギュア)は、しなやかな白い手を上にかざし、不思議そうに見つめている。
「な、な、な、なんでー!?」
夜中なのに大声を出してしまった。
その声に反応したように、推しが振り返る。
透明なガラスに両手を付いて、こちらを見てきた。
「ねぇ?」
そして、喋る……。
喋るっ!?
ちょっと高めの特徴的な声が聞こえる。
「ここから出して?」
頭が真っ白になりすぎて、何も考えられない。
くるっとフィギュアに背を向ける。
そのままベッドへ潜り込んだ。
そして、いつものように枕元の壁の推しのポスターに「おやすみなさい」と声をかけて、目を閉じた。
「……えぇー?」
後ろからあり得ないというような声が聞こえてくるが、幻聴だと思ってスルーした。
翌日。
うーんとひと声唸りをあげてから、スマホに手を伸ばす。
12時――
休みにしても寝すぎたかなとちょっとだけ思う。
いや、それにしても昨日は変な幻を見たような……。
寝る前の出来事を、思い出す。
夢かなと呟き、布団から顔を出すと……。
――推しがいた
否。
推しのフィギュアがいた。
「ねぇ」
話しかけてくる、推しのフィギュアが。
「いくらなんでも寝すぎじゃない?」
「…………っ!?」
声にならない叫びがもれる。
「ゆ、夢っ!?まだ私、夢見てるの!?」
慌てて自分の頬をひっぱたく。
でも、痛い。
痛いんだよ。
これ、夢じゃないの?
「夢じゃないよ?」
え?どゆこと?
頭の中は真っ白でそれだけがぐるぐると回る。
推し(のフィギュア)があざとく見上げる。
再び、声にならない叫びがこだまする。
一気に頭に血が登ったみたいに、顔が真っ赤になる。
胸の興奮がおさまらない。
しばらくして。
私、黒川夕莉は何故か、一人暮らしの自分の部屋で正座をして、推し(のフィギュア)に愚痴(?)られていた。
「だいたいさぁ、俺のこと、幻って失礼じゃない?」
「昨日『出して』って言ったのに、スルーされたから、あのガラスから出るの大変だったんだよ?」
「なのに、なかなか起きないし」
次から次へと出てくる愚痴に、
「はい……すみません……」
と返事をして時折謝りながら、チラッとテーブルの上の彼を見る。
印象的なグレーの瞳、少し長めの無造作な髪は左側の一部分だけ、アッシュグレーのメッシュが入っている。
よく整った顔はドンピシャ、私の好みだ。
――10年前
TV番組で歌う彼のステージに、私は一目惚れした。
叫ぶように歌う姿が印象的だった。
私の心に灯った炎は今でも消えず、日々推し活にすべてを捧げている。
「ねぇ、聞いてるの?」
少し強い口調が私を現実へと引き戻す。
現実なのか、これ。
そう思いつつも。
「……聞いてます」
それから、バンッとテーブルに手を置き、逆に聞き返す。
「っていうかっ、あなた、何なの?」
テーブルの縁に腰掛けた奏は驚くこともなく、私を見上げた。
「俺は夜宮奏だよ?」
「っ!そ、それは知ってるけど!」
そういうことじゃない、と私は反論する。
「なんで動いてるのっ!?」
ふふっと奏は微笑った。
その笑顔は私の胸を貫いた。
(か、可愛い……っ)
普段クールな表情をしているのに、微笑うと可愛い。
そんなところもツボだ。
って、それどころじゃなくて!
奏は微笑ったまま、告げる。
「わかんない」
その笑顔が、なんか残酷だ。
「ということで、しばらくよろしく♪」
軽い感じで彼は言った。
気が遠くなるように頭がくらっとする。
何?この非現実。
私は頭を抱えてしまった。




