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あくまで悪役令嬢だもの

掲載日:2025/12/26

王宮の大広間。無数の虹色を落とすステンドグラスの光は、この上なく荘厳なはずなのに、今のアンナには刃より冷たい。


「なんで、なんで、なんでなんでなんで……」


壊れたレコードのように何度も同じ言葉を口にする。


――途中までは上手くいっていたのに!!!

順調に対象キャラクターを攻略していたはずだった。虐げられる可哀そうなヒロインを演じ、皆の同情と庇護を得ていた――そう信じていた。


しかし、気が付けばすべてが逆転していた。


胸の奥で悲鳴を上げる自分を押し殺し、アンナは震える視線を玉座の前へ向けた。そこには、本来なら自分が立つはずだった“ヒロイン”の席に、“悪役令嬢”クリスティーナ・ヴァレンティヌスの姿がある。


「アンナ・ロザリンド!!! お前は、クリスティーナ嬢に無実の罪を被せ、この私、王太子レオンとの婚約を奪おうと謀った――その咎、万死に値する!」


響き渡る王太子の宣告は、残響となって高い天井へ消える。アンナの膝から力が抜け、袴の裾が床に擦れた。


「聖女であると言っても、その力は微々たるものであり、無実の人間を陥れるような大罪人が聖女だとは到底信じられない。既にお前は勘当され、身分は平民。平民が貴族を陥れたとなれば――死罪が妥当だ」


冷徹な言葉が突き刺さる。否定したいのに喉が震え、声が出ない。


「怖かったですわ、レオン様……」


震える声でそう訴えたのは、かつて悪役令嬢と呼ばれたクリスティーナ。彼女の腰にそっと手を添えるレオン殿下は、慈愛に満ちた瞳で彼女を見つめる。


「もう大丈夫だ、クリスティーナ。私が、必ず君を守るから」


寄り添う二人の姿は絵画のように美しく――

その仲睦まじい姿は、アンナの理性を完全に焼き切った。唾を飛ばし、喉が裂けるほどに吠える。


「クリスティーーーナッ!! そこは、わたしの場所でしょう!? 悪役令嬢のくせに何したのよぉぉぉ!!!!」


叫びは悲鳴へ変わり、広間の静寂を震わせる。だが、その断末魔を一刀両断するように――


「その女を投獄せよ!」


命令が下った瞬間、鎧が軋み、重い金属音が広間に響いた。

アンナの身体は乱暴に引き倒され、冷たい石床へと叩きつけられる。額に走った鈍い痛みとともに視界が滲み、次の瞬間、鋼鉄の枷が容赦なく両手首を絡め取った。


「待ってください――アンナさん」


鈴の音のように軽やかな足音。駆け寄ってきた気配とともに、花を思わせる甘い香りが鼻腔をくすぐる。

クリスティーナがすっと腰を屈め、アンナの耳元へと唇を寄せた。


「ふふ……本当に、無様ね」


その声は甘やかでいて、氷のように冷たい。

クリスティーナは扇で口元を隠し、紫紺の瞳を細めた。そこに浮かぶのは、哀れみでも慈悲でもない――愉悦だった。


「なっ……」


「罠に嵌めて、悪役令嬢を踏み台にしたつもりだったのでしょう? してやられて、どんな気分かしら?」


「あんた、誰……?」


目の前の女は、アンナが知っていた“クリスティーナ”とは、あまりにもかけ離れていた。優しく、おとなしげで、守られるだけだった少女の中に潜んでいるのは――一体、だれ?


「あら、ご存じでしょう? だって、貴方が教えてあげたのよ? 私の事を、この子に」


「はあ……?」


理解が追いつかないアンナを置き去りにするように、クリスティーナはゆっくりと身を起こした。


「私は、あくまで“悪役令嬢”だもの。ヒロインは蹴落として差し上げなくてわね、ふふ」


扇の下で、口角を吊り上げるクリスティーナ。鈴を転がすような可憐な笑い声に、アンナの絶望は凍てついた――。

ほどなく、兵士たちがアンナの身体を引き立て、牢へと連れ去っていく。


――こうして、物語の“ヒロイン”は、舞台から引きずり降ろされた。


***


侯爵令嬢クリスティーナ・ヴァレンティヌスは、王太子レオンの婚約者だった。

政略で結ばれた関係ではあったものの、互いに理解を深め、やがて愛情と信頼を育んでいった。並んで歩く姿は社交界でも評判で、「理想の婚約者同士」と称されていた。


――だが、その関係は、聖女アンナが学園に入学してから音を立てて崩れていった。


今代の聖女は、なんと平民の出。聖女の力が発現したとたん、貴族家の養女として迎えられ、慌ただしく学園へ編入した。

ストロベリーブロンドの髪、零れ落ちそうなほど大きな瞳。華奢な体に無垢な笑顔。見る者の庇護欲を掻き立てる愛らしい容姿だった。


平民生まれの彼女は、貴族令嬢としての教育を一切受けていなかった。上流階級の作法や距離感にまったく無頓着で、婚約者のいる男性にも平然と近づき、腕や肩に触れることさえあった。市井の娘のように感情をそのまま表に出し、ころころと変わる表情で場の空気をかき乱す。


そんな無垢な“聖女”は、周囲の人々を惹きつけていった。

数多の男子生徒が彼女に恋い焦がれた。その中には、王太子レオンの姿も含まれていた。


クリスティーナは、何度かアンナに対して「婚約者持ちの男性との距離感」について注意した。けれどそれは、なぜか“嫌がらせ”と受け取られ、次第に『聖女をいじめる悪役令嬢』というレッテルを貼られた。


噂は学園内に瞬く間に広がり、クリスティーナは孤立していった。

王や王妃に訴えても、「若いうちの一過性の感情だから」と軽く聞き流されるばかり。

両親に相談しても、「王太子を引き留める努力が足りないのではないか」と逆に叱責され、心は削られていった。


そんな中、学園の片隅、人気のない中庭で。

クリスティーナとアンナがふたりきりになったそのとき、アンナは不意に、奇妙な言葉を口にした。


「……あーぁ、いい気味ね。それにしても、悪役令嬢って言うからどんな女かと思ったら、ふつーなのねえ。ヒロイン視点の嫌がらせも地味っていうか、常識から外れないものだし……さすが苦労を知らずに生きてきた貴族令嬢の発想よね」


眉をひそめ、クリスティーナは首を傾げる。


「悪役令嬢……? アンナさん、あなたの言っていること、よく分からないわ」


アンナは楽しげに「でしょうね」と笑った。


「そう、あんたは“悪役令嬢”なの! レオン様に婚約破棄されたあんたは世界を滅ぼそうとして、悪魔を召喚して、そして最期は無残に斬首刑されるのよ! 国民の面前でね! あーぁ、早くエンディングが見たいわー」


アンナの言葉は、現実味がなく、どこかの物語のような話だった。

クリスティーナは意味が分からず、ただ困惑するばかりだった。だが――その中でひとつだけ、彼女の心にひっかかる単語があった。


――悪魔を、召喚?


何を馬鹿な……と頭では思った。

だが、もしそれが“本当に起こる未来”なのだとしたら。


「私は、どうやって悪魔を召喚するのかしら……」


クリスティーナの脳裏にそんな考えが居座った。

仮に王太子との婚約が破棄されれば、きっと自分は一族の名誉を汚したとして領地に幽閉されるはず。

ならば、領地の別邸に……あるのかもしれない。召喚の鍵が。


半ば衝動に駆られるようにして、クリスティーナは急遽、侯爵家の領地へ向かった。

そして、荒れた蔵書庫の奥――祖先が遺したとされる封印された書架の中から、一冊の奇怪な革装丁の本を見つけ出す。


それは、悪魔召喚の秘術を記した禁書だった。


好奇心か、恐れか、あるいは運命の導きか。

クリスティーナは、その手順通りに魔方陣を描き、血を捧げ、名前も知らぬ存在をこの世に呼び出した――。


石床に描かれた魔法陣から紫紺の光があふれ出す。光は渦を巻いて、やがて人の輪郭を形づくった。


「私を呼び出したのは、お前か?」


低く、艶を含んだ声だった。

紫紺の光の中から姿を現したのは、一人の悪魔。人離れした美貌を持ち、琥珀のような瞳に不吉な光を宿していた。その唇が怪しく吊り上がる。


「……貴方の力で、殿下を取り戻してほしいの」


クリスティーナは怯まず言った。じっと悪魔を見つめる、見開かれた瞳に、狂おしいまでの情念が灯っている。


「男たちがあの女を庇うのは、彼女に惚れているからよ。悪魔である貴方なら、魅了することなど造作もないでしょう?」


悪魔は小さく笑う。歪んだ愉悦の色が口元に滲んだ。


「長ったらしいのは好まない。お前の望みは? 対価は?」


「私から彼を奪った女に、復讐を。私を捨てた男に、復讐を。私を蔑んだこの国に、復讐を――」


熱を帯びた吐息とともに、彼女の怒りが溢れ出す。

あの聖女だけではない。軽々しく心変わりした王太子、思慮を欠いた側近たち、息子の愚行を咎めることすらしない王と王妃。誰もが私を見下し、貶め、忘れ去ろうとしている。

国の為に、これまで尽くしてきたというのに。それでも未来では、この国の民が、私の死を望むのだという。


……ならば、いっそ。すべてを奪われる運命にあるのなら。


「私を捧げるわ。ひいては――この国も、あなたに」


クリスティーナは、両腕を広げた。

この命を代償にしても、復讐を選んだ。あの女――アンナは「いずれ、あんたは悪魔を召喚する」と言っていた。

もしそれが真実なら、遅かれ早かれ同じ選択をしていたのだろうから。


――その日、悪魔はクリスティーナに成り代わった。


そして、悪魔の“魅了”の力により、王太子も、周囲の男たちも、次々に陥落していった。かつて“聖女”と崇められたアンナは徐々に孤立し、ついには策略の果てに断罪される。


クリスティーナ――否、悪魔の演じる悪役令嬢の手で。


***


クリスティーナの提案は、悪魔にとって興味を惹かれるものであった。

中枢の権力を掌握し、一国を思うままに支配するのも、なかなか愉快な戯れだ。上手く転がせば、国中の人間の魂を余さず喰らい尽くすことも出来るだろう。


「ああ、悪くない。

――クリスティーナの望み通り、この国を滅ぼしてやろう」


先ずは王子を手玉に取った。彼は疑うことなく、甘美な囁きに溺れ、自ら進んで操り糸を首に掛けた。

次に、貴族たち。欲望を刺激し、嫉妬を煽り、互いを疑わせる。誰もが己の利益のために動き、結果として王国の基盤は音もなく軋み始めた。


本来であれば、悪魔を打ち倒す力を持ち得たはずの“聖女”は、すでにこの世に存在しない。

王国は悪魔の思うままに傾いていく。


悪魔は何より、人間の苦しむ姿を見るのが好きだったから。


そして、しばらくして――、一つの王国が、静かに歴史から消えたのだった。

隣国との戦争が勃発し、地獄のような光景が国中に広がった。街は焼かれ、民は殺され、逃げ惑う者の悲鳴が空を裂いた。

王宮も炎に包まれ、王族の人間は隣国の兵士に捕まり断首された。

かつて栄華を誇った国は、灰となり、血に沈み、名だけを残して滅び去った。


――だが。


この戦争の火種となり、大陸全土に混乱と恐怖をもたらしたと語られる

“世紀の悪女”――王妃・クリスティーナ。


彼女は死んだのか。逃げ延びたのか。それとも――今もどこかで、微笑みながら人の運命を弄んでいるのか。


その行方だけは、今なお誰にも分かっていない。


某執事漫画からインスパイアを受けて執筆しました。

実は悪役令嬢が悪魔だったら面白いなぁと。

面白いと思っていただけたら、☆マークから評価・お気に入り登録をしていただけると嬉しいです。


また、もしご興味がございましたら、同じ悪役令嬢ものの短編『モブの俺が悪役令嬢にプロポーズした結果、断罪イベントが崩壊したんだが~死の大地と呼ばれた領地を本気で復興してみる~』と、

完結した長編小説の『婚約者に冷たくされた令嬢、妹の身代わりに嫁いだら辺境伯に溺愛されました』

もあわせてお楽しみいただけると嬉しいです。

下記リンク先よりお読みいただけますので、よろしければぜひ。

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― 新着の感想 ―
悪魔に変わった悪役令嬢はどこにいったのでしょうねぇ…。魂とられちゃったのかしら。 ネタバレは駄目だよ聖女ちゃん
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