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恋愛禁止の魔法学園で、婚約済み令嬢が一番恋してはいけない相手に落ちました  作者: 九葉(くずは)


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第6話 学園地下に触れてはいけないものがあります

ズズズ……ッ。


まただ。

図書室の静寂を破る、底冷えするような振動。

本棚のガラス戸がカタカタと震え、積んでいた羊皮紙が少しだけズレる。


「……気持ち悪い」


わたくしは胸元を押さえた。

ただの地震ではない。

地面の底から、何か得体の知れない巨大な生き物が呻いているような感覚。

魔力を感知する神経が、ザラザラと逆撫でされる。


「今の揺れ、結構大きかったね」


向かいの席で、友人のルーナが小声で言った。

彼女は平民出身の特待生で、この学園で唯一、わたくしと普通に話してくれる貴重な友人だ。


「ええ。最近、頻度が増している気がしますわ」


「先生たちは『地下の拡張工事』って言ってるけど、ホントかな? こんな夕方に工事なんて」


ルーナが首をかしげる。

わたくしも同感だった。

工事にしては、魔力の波長がおかしい。

人工的で、歪で、そしてどこか「貪欲」な気配がする。


「ミレイユ様、顔色が悪いよ? 保健室行く?」


「大丈夫ですわ。少し、空気を吸ってきます」


わたくしは席を立ち、図書室を出た。

廊下は生徒たちで賑わっている。

みんな、この不気味な振動を気にしていないのだろうか。

それとも、わたくしの感覚だけがおかしくなってしまったのか。


ふと、窓の外を見た。

夕暮れの校舎裏。

立ち入り禁止の旧校舎へ続く渡り廊下を、人影が横切るのが見えた。


黒髪。

気だるげな猫背。

レオンだ。


(……あの方、またあんな所へ)


舞踏会の夜、彼が地下への階段へ消えていった光景が蘇る。

彼は何かを知っている。

この地響きの正体も、この学園がひた隠しにしている何かも。


気がつけば、わたくしの足は図書室とは反対方向、旧校舎へと向かっていた。



旧校舎は、埃と静寂に包まれていた。

かつては魔術研究棟だったらしいが、数十年前に閉鎖され、今では物置同然の扱いだ。

床板がギシギシと鳴る。

夕日が長く伸びた影を作り、廊下の肖像画たちが不気味に見下ろしてくる。


「……どこへ行きましたの?」


足跡はない。

けれど、魔力の残滓を感じる。

彼が通った後は、空気が少しだけ澄んでいるのだ。

あの独特の、日向のような匂い。


それを頼りに、最奥の階段まで辿り着いた。

「立入禁止」の札がかけられたロープが、無造作に外されている。

階段は地下へと続いていた。

暗い。

底が見えない闇が口を開けている。


(戻るべきですわ、ミレイユ)


理性が警告する。

これ以上進めば、校則違反どころでは済まない。

エドガー様に知られれば、今度こそ完璧な婚約者の立場を失うかもしれない。


でも、足は止まらなかった。

知りたい。

この胸騒ぎの正体を。

そして、あの瞳の奥に孤独を隠している彼が、何と戦っているのかを。


わたくしは小さな明かりの魔法『灯火ライト』を指先に灯し、階段を降りた。


地下は、意外にも整備されていた。

石造りの通路は広く、壁には魔導ランプが等間隔に埋め込まれている。

ただ、空気が重い。

上階で感じた不快な魔力のノイズが、ここでは濃密な霧のように漂っている。


コツ、コツ。

ヒールの音が反響する。

慎重に進むと、通路の突き当たりに、巨大な鉄の扉が見えてきた。

その前に、彼がいた。


「……やっぱり、来やがったか」


レオンは振り返りもせず、扉を調べていた背中で言った。


「気づいていましたの?」


「お前の香水の匂いは目立つんだよ。あと、魔力が漏れてる」


彼はゆっくりとこちらを向いた。

その表情は険しい。

いつものふざけた態度はなく、鋭い眼光がわたくしを射抜く。


「帰れ。ここは優等生が来ていい場所じゃねえ」


「嫌ですわ。あなたこそ、こんな所で何をしているのです?」


「補習のサボり場所を探してるだけだ」


「嘘をおっしゃい。そんな真剣な顔でサボる人がいて?」


一歩踏み出す。

彼との距離が縮まる。

レオンは舌打ちをして、頭を乱暴にかいた。


「……好奇心は猫を殺すぞ、お嬢様」


「わたくしは猫ではありません。それに、この地響きの原因を知る権利がありますわ」


「権利、か」


彼は鼻で笑い、背後の巨大な扉を親指で示した。


「この先にあるのは、この学園の『心臓』だ。……いや、『胃袋』って言った方が正しいか」


「胃袋?」


「ああ。俺たちの感情を食って動く、悪趣味なガラクタさ」


彼の言葉の意味が理解できない。

感情を食べる?

そんな魔法理論、聞いたことがない。


レオンは扉に手を触れた。

分厚い金属の表面には、複雑な紋様が刻まれている。

幾何学的な魔法陣と、鎖のような装飾。


「この学園の『恋愛禁止』ルール。あれは道徳のためなんかじゃねえ。生徒の恋心を抑圧して、溜まりに溜まった純度の高い感情エネルギーを、こいつで吸い上げるためだ」


「な……何を言っていますの? そんな、物語のような……」


「物語ならハッピーエンドがあるだろ。けど、こいつは違う。吸い上げた魔力を何に使ってるか知ってるか? ……兵器だよ」


兵器。

その単語に、呼吸が止まる。

国を守るための魔術師を育てる学園。

その地下で、生徒の恋心を燃料にした兵器開発が行われている?


「嘘ですわ……エドガー様も、先生方も、そんなこと……」


「知らねえだろうな。生徒はもちろん、ほとんどの教師も知らされてねえ。知ってるのは上層部と、俺みたいな『例外』だけだ」


レオンは扉を強く叩いた。

ゴン、と鈍い音が響く。

その音に呼応するように、再び地響きが起きた。

ズズズ……ッ。

今度は足元がぐらつくほど強い。


「きゃっ!」


バランスを崩したわたくしを、レオンが支える。

まただ。

彼に触れられた瞬間、不快なノイズが消え去り、静寂が訪れる。


「……っ、ありがとう」


「礼はいい。さっさと戻れ。今日は特に波長が不安定だ。いつ暴走するか分からねえ」


彼はわたくしを通路の方へ押しやろうとした。

その時だった。


カッ……。


わたくしの胸元から、強烈な光が溢れ出した。


「え?」


見下ろすと、服の下に隠していたペンダントが、まるで呼吸をするように明滅している。

クラウゼル家に代々伝わる、青い宝石のついた古い銀のペンダント。

ただのお守りだと言われていたのに。


「おい、それ……!」


レオンが目を見開く。

光はペンダントから伸びて、まっすぐに鉄の扉へと向かった。

扉に刻まれた紋様が、青白く反応し始める。

ガコン、ガコン。

何重にもかけられたロックが、ひとりでに外れていく音。


「開く……? 馬鹿な、俺の血でも反応しなかったのに!」


レオンが驚愕の声を上げる。

わたくしは自分の意志とは無関係に、扉の方へと引き寄せられていく。

まるで、呼ばれているようだ。


「ミレイユ、離れろ!」


レオンが叫び、わたくしの手を掴む。

しかし遅かった。


ギギギギギ……。


重厚な金属音が響き渡り、巨大な扉がゆっくりと開き始めた。

隙間から漏れ出してくるのは、圧倒的な光と、甘くて苦しい、濃厚な魔力の風。

それは何千、何万という生徒たちが、言えずに飲み込んできた「恋心」の残滓だった。


「うっ……!」


頭の中に、知らない誰かの感情が流れ込んでくる。

『好きだ』

『言えない』

『苦しい』

『行かないで』


無数の声が反響し、わたくしの意識を白く塗りつぶそうとする。


「しっかりしろ! 持ってかれるぞ!」


レオンがわたくしを抱きしめ、視界を塞ぐように自分の胸に顔を埋めさせた。

彼の匂いが、他人の感情を遮断してくれる。


「……見るな」


彼は耳元で低く囁いた。

けれど、わたくしは見てしまった。

彼の肩越しに、開いた扉の奥にあるものを。


そこには、巨大な水晶のような柱が脈打ち、無数の管が絡みついた、美しくもおぞましい「何か」が鎮座していた。


そして、その水晶の中に――人が、閉じ込められていた。

長い銀髪の女性。

目を閉じ、祈るように手を組んでいる。


「……お母、様……?」


わたくしの口から、信じられない言葉が漏れた。

幼い頃に死んだと聞かされていた母の姿が、そこにあった。


「……ッ、見られたか」


レオンが苦渋の声を漏らす。

地響きが最高潮に達し、警報魔法の赤い光が通路を染め上げる。

ウゥゥゥゥ!

侵入者を知らせるサイレンが鳴り響く。


「逃げるぞ、ミレイユ! 見つかったら消される!」


レオンに手を引かれ、わたくしは走り出した。

扉の奥の光景が網膜に焼き付いて離れない。

母が生きていて、あんな装置の一部にされている?

そして、レオンはそれを知っていた?


走りながら彼を見る。

彼の横顔は、悲痛なほどに歪んでいた。

わたくしたちは、触れてはいけない世界の蓋を、開けてしまったのだ。

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