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恋愛禁止の魔法学園で、婚約済み令嬢が一番恋してはいけない相手に落ちました  作者: 九葉(くずは)


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3/12

第3話 これは恋ではありません、事故です!

「では、本日の課題は『魔力探知マナ・サーチ』だ。二人一組で行うように」


担当教師の言葉が、死刑宣告のように響いた。

午後の日差しが差し込む魔法実習場。

わたくし、ミレイユ・フォン・クラウゼルは、絶望的な気持ちで横を見た。


そこにいるのは、当然のごとく彼だ。

レオン・アークライト。

気だるげに杖を肩に担ぎ、あくびを噛み殺している問題児。


「……よろしく頼むぜ、お嬢様」


「ため息をつくのはこちらの台詞ですわ。いいですか、今日は絶対に暴走させないでくださいね」


「へいへい」


セオドア先生の監視命令は絶対だ。

他の生徒たちが楽しそうに友人や恋人とペアを組む中、わたくしたちは「懲罰ペア」として固定されている。


屈辱だ。

わたくしは学年首席。

本来なら、同じく成績優秀なエドガー様と組んで、華麗な模範演技を見せるはずだったのに。


チラリと彼の方を見る。

エドガー様は別の女子生徒――確か男爵家のご令嬢と組んでいた。

スマートに杖の使い方を教えている。

あのご令嬢、顔が真っ赤だ。

エドガー様は罪な方だ。けれど、その横顔はこちらを一切見ていない。


「おい、よそ見してると怪我するぞ」


レオンの声に引き戻される。


「見ていません! それで、課題は何ですの?」


「指定された魔道具を倉庫から探してくるんだとよ。めんどくせえ」


彼は一枚の羊皮紙をヒラヒラさせた。

そこには『古代の触媒石』と書かれている。

よりによって、一番奥の資材倉庫だ。


「行きますわよ。さっさと終わらせて、一秒でも早く解散します」


「冷たいねえ。そんなに眉間に皺寄せてると、美人が台無しだぞ」


「余計なお世話です!」


わたくしはドレスの裾を翻し、実習場の端にある古い石造りの倉庫へと向かった。



ギギギィ……。


重たい鉄扉を開けると、カビと埃の匂いが鼻をついた。

中は薄暗く、魔導ランプの明かりだけが頼りだ。

乱雑に積まれた木箱や古い杖の山。

この学園の歴史そのもののような雑多な空間。


「うっ……」


足を踏み入れた瞬間、軽い目眩がした。

わたくしは、閉所や魔力の澱んだ場所が苦手だ。

「魔力酔い」という体質で、空気が悪いとすぐに気分が悪くなる。


「おい、大丈夫か?」


背後からレオンの声。

気づかれないように背筋を伸ばす。


「平気ですわ。埃っぽくて咽せただけです」


「無理すんなよ。顔色が白い」


「元から色白なんです!」


強がって奥へと進む。

目当ての『触媒石』は、棚の最上段にある木箱に入っていた。

背伸びをするが、届かない。

魔法で取ろうと杖を構えた、その時。


ガチャンッ!


背後で、とてつもなく大きな音がした。

入り口の鉄扉が閉まっていた。


「……は?」


嫌な予感がして駆け寄る。

ノブを回す。

動かない。

押しても引いても、びくともしない。


「鍵がかかったみたいだな」


レオンが冷静に呟き、扉の縁を調べ始めた。

錆びついた金属音。

どうやら、外側の留め金が勝手に落ちたらしい。

そんな馬鹿な。


「ど、どうしましょう! 授業に戻れませんわ!」


「大声出すなよ。誰か通りかかったら呼べばいい」


「ここは実習場の端ですわよ!? 誰も来ません!」


パニックになりかける。

狭い空間。

薄暗い照明。

二人きり。

最悪の条件が揃ってしまった。


(落ち着け、ミレイユ。わたくしは完璧な令嬢……)


深呼吸をしようとするが、空気が重い。

魔力酔いの予兆が、胃の腑を締め上げる。

普段なら、ここでもう立っていられないはずだ。

呼吸が浅くなり、視界が明滅して……。


あれ?


違和感に気づく。

気持ち悪くない。

むしろ、呼吸が驚くほど楽だ。

まるで、清浄な森の中にいるかのように、肺の奥まで空気が入ってくる。


なぜ?


「……寒くねえか?」


レオンが制服の上着を脱ぎながら言った。

言われてみれば、石造りの倉庫は冷え込んでいる。

でも、わたくしの身体は内側からポカポカしていた。


「寒くは……ありませんけど」


「お前、震えてるぞ」


彼は有無を言わさず、自分の上着をわたくしの肩にかけた。

だぼっとした大きめのサイズ。

ふわりと、彼の日向のような匂いが包み込む。


「っ……!」


心臓が跳ねた。

近い。

彼が上着の襟を直そうとして、指先がわたくしの首筋に触れた。


その瞬間、体内の魔力がさざ波を立てた。

でも、以前のような暴走の予感ではない。

パズルのピースがぱちりとはまるような、心地よい安定感。

彼の魔力が、わたくしの乱れた魔力を中和してくれている?


「……あんたといると、妙だな」


レオンが呟いた。

彼の手が止まる。

視線が合う。

暗がりの中、彼の黒い瞳が、吸い込まれそうなほど深く見えた。


「何が、ですの?」


声が震えた。


「いつもなら、俺の魔力は暴れ回って痛いんだよ。でも、今……すげえ静かだ」


彼は不思議そうに自分の手を見つめ、それからわたくしを見た。

その瞳に、明確な熱が宿っている。

それは恋心というより、もっと本能的な渇望に近い。


一歩、彼が近づく。

わたくしは後ずさる。

すぐに背中が木箱に当たった。

逃げ場がない。


「レオン、離れて……」


「わかってる。校則違反だろ」


口ではそう言いながら、彼は離れない。

むしろ、壁に手をついて、わたくしを囲い込んだ。

いわゆる「壁ドン」というやつだ。

恋愛小説でしか見たことがないシチュエーションが、いま現実に。


「でも、離れたくねえんだよな。本能がそう言ってる」


「なっ……何を……!」


彼の顔が近づく。

唇まで、あと数センチ。

心臓の音がうるさすぎて、鼓膜が破れそうだ。

これは恋じゃない。

魔力の共鳴作用による錯覚だ。

そう、これは事故。

不可抗力の事故なのだから!


わたくしは目をぎゅっと閉じた。

期待と恐怖が入り混じった感情が、爆発寸前まで膨れ上がる。


「……あのさ」


吐息がかかる距離で、彼が囁いた。


「お前、光ってるぞ」


「え?」


目を開ける。

わたくしの身体が、蛍のように淡く発光していた。

いや、わたくしだけじゃない。

倉庫の中にある古い道具たち――杖や、鏡や、石盤が、一斉に共鳴して光り始めていた。


「き、綺麗……」


思わず呟く。

薄暗い倉庫が、まるで星空のようになっている。

わたくしたちの魔力が漏れ出して、眠っていた魔道具たちを起こしてしまったのだ。


「へえ。これなら照明いらずだな」


レオンが苦笑して、身体を引いた。

ふっと圧迫感が消える。

安堵したような、少しだけ残念なような。


「……驚かせやがって。やっぱりお前といると退屈しねえな」


彼はニッと笑い、光る杖の一本を手に取った。

そして、それを扉の蝶番ちょうつがいに当てた。


「少し離れてろ。こじ開ける」


「魔法で? でも、暴走したら……」


「大丈夫だ。今の俺なら、針の穴を通すような制御だってできる気がする」


彼は短く詠唱した。

普段の実技では見たこともない、鋭く、それでいて繊細な魔力の刃が形成される。


解錠アンロック


閃光一閃。

錆びついた留め金が、音もなく切断された。

扉が重々しい音を立てて開く。


外の光が差し込む。

逆光の中、彼が振り返って手を差し出した。


「ほら、行くぞ。お姫様」


わたくしは、肩にかけられた彼の上着を握りしめた。

まだ、心臓が痛いほど脈打っている。

この動悸は、魔力共鳴のせい?

それとも……。


「……自分で歩けますわ!」


差し出された手を無視して、わたくしは外へ飛び出した。

顔が熱い。

きっと、夕焼けのせいだと思いたい。


背後でレオンが笑う気配がした。


「素直じゃねえなぁ」


その声が、悔しいくらいに耳に残った。



**【経過時間:授業終了直後】**


実習場の隅で、わたくしは荒い息を整えていた。

なんとか課題の提出は間に合った。

上着も返した。

もう、彼との接点はないはずだ。


「……ミレイユ」


冷ややかな声。

ビクリとして顔を上げる。

エドガー様が立っていた。

その目は、いつもの穏やかなものではない。

氷点下の冷たさを宿している。


「エ、エドガー様。お疲れ様で……」


「匂いがするね」


「え?」


彼は一歩近づき、わたくしの髪に触れた。

触れられた場所が、ぞくりとする。


「君から、あの平民の匂いがする。……上着でも着せられたのかい?」


鋭い指摘。

なぜ分かるの?

わたくしは言葉に詰まる。


「そ、それは……倉庫が寒くて、あくまで緊急避難的に……」


「言い訳はいいよ」


エドガー様は微笑んだ。

でも、目が笑っていない。

彼はわたくしの髪を一房掬い上げ、唇を寄せた。

キスをするのかと思ったけれど、彼は耳元で低く囁いた。


「気をつけてね、ミレイユ。君は『選ばれた』存在なんだ。不良品に汚染されて、価値を落とさないように」


選ばれた?

不良品?

その言葉の響きに、得体の知れない寒気を感じた。

エドガー様は、わたくしの何を愛しているのだろうか。

わたくし自身なのか、それとも侯爵令嬢という「価値」なのか。


彼は何事もなかったかのように離れ、優雅に去っていった。

残されたわたくしは、自分の腕を抱きしめる。

そこにはまだ、あの日向のような匂いが、微かに残っていた。


これは恋ではない。

絶対に違う。

でも、なぜだろう。

エドガー様の言葉よりも、レオンのぶっきらぼうな「寒くねえか?」という言葉の方が、今のわたくしにはずっと「正しく」響くのは。


胸の奥で、小さな光が明滅している。

それは、もう誰にも消せないほど、熱を持っていた。

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