第12話 恋愛禁止学園は、今日で終わりです
熱い。
肌が焼けるような魔力の暴風。
目を開けていることすら困難な光の渦。
「うおおおおおッ!!」
隣でレオンが咆哮する。
彼の身体から噴き出す闇色の魔力が、ドリルのように前方の光を抉じ開けていく。
わたくしは彼の手を握りしめ、自身の光属性の魔力をすべて彼に注ぎ込む。
『守って、光よ! 彼を傷つけるすべてを遮断して!』
防御結界が軋む音。
パリン、とヒビが入るたびに、即座に修復する。
限界なんてとっくに超えている。
でも、足は止まらない。
目の前には、不気味に赤く明滅する巨大な水晶。
その中心で、お母様が苦しげに胸を押さえている。
「あと少しだ! 踏ん張れミレイユ!」
「ええ、離しませんわ!」
学園長の絶叫が聞こえる。
「やめろ! それは国の資産だ! 破壊すれば貴様らただでは済まんぞ!」
うるさい。
国の資産? 魔導兵器?
そんなもののために、お母様は犠牲になり、わたくしたちの恋は禁じられてきたのか。
(ふざけないで!)
怒りが魔力を加速させる。
わたくしの中で、今まで抑え込んでいた「優等生」の殻が完全に砕け散った。
「レオン! お願い!」
「おうよ! 全部まとめて、ぶっ壊す!!」
二人は同時に跳躍した。
暴風の壁を突き破る。
重力が消えたような浮遊感。
レオンが右腕を振りかぶる。
わたくしの光が彼の腕に巻き付き、巨大な光の剣となって具現化する。
二人の想いが、形になった一撃。
「これが、俺たちの答えだぁぁぁッ!!」
ドゴォォォォン!!
拳と水晶が衝突する。
硬い手応え。
拮抗した時間は、ほんの一瞬。
ピキッ。
水晶の表面に亀裂が走る。
それは蜘蛛の巣のように広がり――。
パァァァァンッ!!
美しい音を立てて、巨大なクリスタルが粉々に砕け散った。
「――っ!」
衝撃波が弾ける。
破片がダイヤモンドダストのように舞い散る中、お母様の身体が重力に従って落下してくる。
「お母様!」
わたくしは手を伸ばした。
ふわりと、温かい身体を受け止める。
生きている。
微かだけれど、確かに鼓動がある。
「……よかった……」
安堵した瞬間、視界が白く染まった。
装置の破壊により、行き場を失った膨大な「感情エネルギー」が一気に解放されたのだ。
光の奔流が地下室を突き抜け、天井を貫き、学園の空へと昇っていく。
「へっ……ざまぁみろ……」
レオンがふらりと着地し、膝をつく。
わたくしも限界だった。
意識が遠のいていく。
最後に見たのは、崩れ落ちる瓦礫の向こうで、呆然と座り込む学園長の姿だった。
◇
**【経過時間:数日後】**
小鳥のさえずりで目が覚めた。
白い天井。
清潔なシーツの匂い。
学園の医務室だ。
「……ミレイユ!」
ベッドの横から、弾かれたように顔を上げたのはルーナだった。
彼女は泣きはらした目で、わたくしに抱きついてきた。
「よかった、本当によかった……! 三日も目を覚まさないから、私……!」
「ルーナ……ごめんなさい、心配をおかけして」
身体を起こす。
節々が痛むけれど、魔力の詰まりは嘘のように消えていた。
むしろ、身体が軽い。
「レオンは? レオンはどこ!?」
一番大切な問いを口にする。
ルーナは涙を拭って、窓の外を指差した。
「中庭にいるよ。……でも、見てみた方がいいかも。学園、大変なことになってるから」
「え?」
わたくしはベッドを降り、ふらつく足で窓辺へ向かった。
カーテンを開ける。
そこに広がっていた光景に、わたくしは言葉を失った。
学園中が、花で埋め尽くされていた。
桜、バラ、向日葵。
季節も種類も関係なく、ありとあらゆる花が咲き乱れている。
そして、その中を歩く生徒たち。
あちらこちらで、男女が手をつなぎ、肩を寄せ合い、堂々と歩いているではないか。
「校則が変わったの」
ルーナが背後から教えてくれた。
「地下の装置が壊れて、恋愛感情を吸い取れなくなったんだって。そしたら学園長が逮捕されて、国から新しい視察団が来て……」
『恋愛解禁』
それが、新しい暫定ルール。
抑圧されていたエネルギーが解放され、生徒たちの恋心が一気に爆発した結果、学園は愛のオーラで花まみれになってしまったらしい。
「ふふ……あははは!」
わたくしは笑ってしまった。
なんて無茶苦茶。
なんて素敵。
「お母様は?」
「王都の病院へ搬送されたわ。命に別状はないって」
よかった。
本当によかった。
わたくしはショールを羽織り、部屋を飛び出した。
◇
中庭の桜の木の下。
花びらが舞い散る中に、彼はいた。
包帯だらけで、相変わらず制服を着崩して。
でも、その顔は穏やかだった。
「……よう、寝坊助」
彼が振り返る。
わたくしは走った。
淑女の作法なんて忘れて。
ハイヒールで芝生を踏みしめて。
「レオン!」
勢いよく飛び込むと、彼はよろけながらも受け止めてくれた。
懐かしい、日向の匂い。
「怪我は……」
「これくらい平気だ。それよりお前、起きていきなり走るなよ」
「会いたかったんですもの!」
わたくしは彼の胸に顔を埋めた。
心臓の音が聞こえる。
もう、誰もこの音を咎めたりしない。
「……ありがとな、ミレイユ」
レオンが不器用にわたくしの背中を撫でた。
「お前のおかげで、俺の先祖の呪いも解けた。……それに、俺も」
「ええ」
わたくしは顔を上げ、彼を見つめた。
「レオン。わたくし、婚約を破棄しましたわ」
「ああ、聞いた」
「家からも勘当されるかもしれません。地位も名誉もありません」
「俺もだ。特待生取り消しかもしれねえ」
「でも」
わたくしは背伸びをした。
彼の唇まで、あと数センチ。
「あなたがいれば、それでいいですわ」
レオンは少し驚いた顔をして、それから観念したように笑った。
「……違いない」
彼が顔を寄せてくる。
花びらが舞う。
わたくしたちの唇が重なった瞬間、中庭の桜が一斉に輝き、さらに勢いよく花吹雪を舞い上がらせた。
周囲の生徒たちが「ヒュー!」と冷やかす声が聞こえる。
顔から火が出そうだけど、もう隠したりしない。
わたくしは、世界で一番幸せな「元」侯爵令嬢なのだから。
◇
その光景を、校舎の陰から見つめる人影があった。
「……ふん。馬鹿騒ぎだね」
包帯を巻いたエドガーだ。
彼は冷ややかな目で二人を一瞥すると、手元の手帳に何かを書き込んだ。
『実験フェーズ1終了。被検体による装置破壊を確認。……フェーズ2へ移行する』
彼は不敵な笑みを浮かべ、踵を返す。
そしてもう一人。
新入生の制服を着た少女が、校門の影からじっとレオンを見つめていた。
その瞳は、爬虫類のように縦に割れていた。
「見つけた……私のお兄様」
不穏な呟きは、祝福の鐘の音にかき消される。
「さて、行こうかミレイユ。これからは忙しくなるぞ」
「ええ、望むところですわ!」
レオンと手を繋ぎ、わたくしは歩き出す。
恋愛禁止の学園は終わった。
けれど、恋が解禁されたこの学園で、わたくしたちの本当の戦いはまだ始まったばかりなのだ。
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