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恋愛禁止の魔法学園で、婚約済み令嬢が一番恋してはいけない相手に落ちました  作者: 九葉(くずは)


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第10話 恋愛禁止の真実

目が覚めると、そこは白い部屋だった。

壁も、床も、天井も、冷たい白一色。

窓はない。

消毒薬と、焦げたような機械油の匂いが混じっている。


「……っ」


動こうとして、金属音が鳴った。

両手が重い。

見ると、手首に銀色の手錠が嵌められている。

魔力を封じる「封魔鉱」の手錠だ。

体内の魔力が泥のように重く、指先一つ光らせることができない。


「起きたか、お嬢様」


隣から、掠れた声がした。

ハッとして横を向く。

透明なアクリル板で仕切られた隣の部屋に、彼がいた。


「レオン!」


彼は椅子に縛り付けられていた。

制服はボロボロで、包帯だらけだ。

でも、その瞳だけは力強くわたくしを見ている。


「無事か? どっか痛むところはねえか」


「わたくしは平気です。でも、あなたが……」


「かすり傷だ。それより、状況は最悪だぞ」


レオンが顎で前方を示した。

部屋の奥にある鉄の扉が、音もなく開くところだった。


入ってきたのは二人。

白衣を着た学園長。

そして、無表情のエドガー様。


「エドガー様……! これはどういうことですの? なぜわたくしたちを……」


わたくしは身を乗り出そうとして、手錠に阻まれた。

エドガー様は、わたくしを見ても眉一つ動かさない。

まるで、実験動物を見るような目。


「目が覚めたかね、クラウゼル嬢。いや、これからは『検体M-02』と呼ぶべきかな」


学園長が愉しげに笑った。

彼は壁のスイッチを押した。

ウィィィン……。

部屋の奥の壁がガラス張りになり、向こう側の景色が露わになる。


息を呑んだ。

そこは、以前わたくしたちが潜入した、あの地下空間を見下ろす場所だった。

巨大な機械。

脈打つパイプ。

そして中央の水晶柱の中に――お母様がいる。


「お母様……!」


ガラスに駆け寄る。

お母様は目を閉じたまま、苦しげに眉を寄せていた。

水晶から伸びた無数の管が、お母様の身体から淡い光を吸い上げている。


「感動の再会だね。紹介しよう。これが王立アルセリア魔法学園の心臓部、感情増幅炉『アダム』だ」


学園長が両手を広げて語りだす。

狂気じみた演説のように。


「魔力とは何か? それは感情の波だ。中でも『恋愛感情』は、最も不安定で、爆発的なエネルギーを持つ。だが、それを制御するのは難しい。だから我々は考えた」


彼は水晶を指差した。


「若い生徒たちに『恋愛禁止』という蓋をする。抑圧された恋心は、行き場を失い、純度の高い魔力となって地下に沈殿する。それをこの装置で吸い上げ、彼女のような『巫女』を通して結晶化させるのだよ」


頭が真っ白になった。

校則第1条。

あの厳格なルールは、道徳のためでも、事故防止のためでもなかった。

わたくしたち生徒を、エネルギーを生む家畜として管理するためだったのだ。


「そんな……酷い……」


「崇高な犠牲だよ。この国を守る強力な魔導兵器は、すべてこのエネルギーで動いている」


学園長は冷酷に告げた。

そして、エドガー様の方を向く。


「リヒター君、君の育成成果は見事だったよ。彼女の感情は見事に揺さぶられ、最高の状態で熟している」


「光栄です、学園長」


エドガー様が淡々と答える。

わたくしは耳を疑った。

育成?

成果?


「エドガー様……? 何を、おっしゃっているのですか?」


彼はわたくしの方へ歩み寄ってきた。

ガラス越しではない。

すぐ目の前まで。

そして、わたくしの頬に手を触れた。

その手は氷のように冷たい。


「ミレイユ。君は、次代の『巫女』になるんだ」


「え……」


「あそこの水晶にいる君の母親は、もう限界だ。魔力を吸い尽くされて、魂が枯渇しかけている。新しい部品が必要なんだよ」


部品。

母を、そしてわたくしを、そう呼んだ。


「そのために僕は君を婚約者にした。君を完璧な令嬢として育て上げ、同時に『恋愛』から遠ざけ、無意識の飢餓感を植え付けた。……すべては、この瞬間のためにね」


「嘘……嘘です……」


「本当だよ。君とのデートも、会話も、すべてデータ収集の一環だ。……退屈な任務だったけれどね」


エドガー様はフッと笑い、手を離した。

その笑顔には、もう一片の優しさもなかった。

そこにあるのは、ただの合理性と冷徹さだけ。


足元が崩れ落ちるような感覚。

信じていた世界が、音を立てて壊れていく。

わたくしの人生は、最初から仕組まれたシナリオだったの?

婚約も、努力も、すべて家畜として太らされるための?


「ふざけんじゃねえぞ!!」


ドンッ!!

隣の部屋で、レオンがアクリル板を蹴り飛ばした。

亀裂が入る。

彼は怒りで顔を歪め、学園長を睨みつけていた。


「てめえらの都合で、人の心を弄んでんじゃねえ! ミレイユは部品じゃねえ、人間だ!」


「おや、元気だねアークライト君。……いや、学園創設者の末裔と言うべきか」


学園長はレオンの方へ向き直った。


「君もまた、重要なパーツだ。この装置を作った大賢者アークライトの血。その血を持つ者だけが、制御リミッターを外すことができる」


「……だから俺を入学させたのか」


「その通り。君の莫大な魔力と、彼女の『巫女』としての適性。この二つが合わされば、装置は完全なものとなる!」


学園長は狂喜の声で叫んだ。

二つの部屋の間の仕切り壁が上昇する。

レオンとわたくしの間の障害物がなくなる。

しかし、同時に部屋の四隅から黒い銃口のようなものが現れ、こちらを狙っていた。


「さあ、二人で手を取りたまえ! 最後の仕上げだ!」


エドガー様が操作盤を叩く。

床が振動する。

わたくしとレオンの椅子にかかっていた拘束具が外れた。

ただし、手首の封魔手錠はついたままだ。


「ミレイユ、来い!」


レオンが駆け寄ってくる。

わたくしを抱き起こし、背中へ庇う。


「逃げるぞ。こんなイカれた場所、一秒だって居てやるか」


「でも、魔法が使えませんわ……!」


「物理でいい! あの通気口なら蹴破れる!」


レオンが天井のダクトを指差す。

しかし、学園長は余裕の笑みを崩さない。


「無駄だよ。この部屋には高濃度の『魔力阻害ガス』が充満している。君たちはもう立っているのもやっとのはずだ」


言われて気づく。

身体が重い。

息が苦しい。

レオンも膝をつきそうになっている。


「くっ……!」


「大人しく水晶の中へ入りたまえ、ミレイユ。そうすれば、お母上を楽にしてあげられるよ?」


悪魔の囁き。

ガラスの向こうで、お母様が苦しげに身じろぎしたのが見えた。

わたくしが入れば、母は助かる?

でも、それはわたくしが死ぬということ。

そして、レオンとの未来も……。


「聞くな、ミレイユ!」


レオンが叫ぶ。

彼は震える足で立ち上がり、わたくしの前に立ちはだかった。

その背中が、以前よりもずっと大きく見えた。


「俺が、壊す」


「……え?」


「このふざけた装置も、学園も、お前の運命も。……全部俺がぶっ壊してやる」


彼は封魔手錠を嵌められた両手を、胸の前で強く握りしめた。

ガチガチと金属が鳴る。

阻害ガスの中でも、彼の瞳の奥の光は消えていない。


「俺の血が『鍵』なんだろ? なら、こいつの使い方ぐらい分かるぜ」


「な、何をする気だ!」


学園長が初めて狼狽した声を上げた。


レオンが振り返り、ニカっと笑った。

血と汗に塗れた、最高に不敵で、魅力的な笑顔。


「ミレイユ。俺の手を握れ」


「でも、手錠が……」


「関係ねえ。俺とお前の『感情』が繋がれば、こんなガラクタなんか関係ねえんだよ!」


わたくしは迷わなかった。

エドガー様の冷たい手とは違う。

傷だらけで、温かくて、わたくしを「人間」として見てくれる手。


わたくしは彼の手を両手で包み込んだ。


「……はい、あなた!」


その瞬間。

ドクンッ!!


部屋中の計器が一斉に悲鳴を上げた。

警報音が鳴り響く。

阻害ガスを吹き飛ばすほどの、黄金の魔力が二人の手から溢れ出した。


「馬鹿な!? 封魔鉱を内側から突破しただと!?」


エドガー様が目を見開く。


レオンの黒い魔力と、わたくしの光の魔力が螺旋を描いて絡み合う。

それはもう、単なる共鳴ではない。

理不尽な運命に対する、二人の魂の咆哮だった。


「行くぞ、お嬢様! 恋愛禁止? ……知ったことかよ!!」


「ええ、そうですわ! わたくしたちの恋は、誰にも止めさせません!」


カッ!

閃光が部屋を埋め尽くす。

最大の反逆がここから始まる。

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