【第七部】 第84話 全部シロやんけ
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2014年3月10日月曜日、午前9時半。爽やかな笑顔のお兄さんたち、大きな段ボール15箱、伊勢法律事務所にお届け。最後、シマシマの服が汗まみれ、おつかれさま。送り状には1/15から15/15、開封順のご指定。1/15を開けた伊勢先生、いちばん上にはメモ紙。「火祭りのお礼。素手で触るな」と大書。
俺、自分の事務所に駆け戻り、デジカメと三脚を用意。開封風景を俯瞰して撮影できる位置にデジカメをセット。伊勢先生も別の角度から、別のデジカメをセット。パラリーガルのアニキ2人に指示を飛ばした。
「一斉に、動画撮影頼むで。それから、ワシが中身を読み上げるさかい、キミはパソコンに打ち込みしてくれ。それから…キミ、中身の写真をひとつひとつ、撮ったってくれ」
伊勢先生、右手を振って、キュー。2台のデジカメ、静かに作動を始めた。なかにはビニール製のレジ袋、ギッチリ。
「1/15、1枚目のレジ袋。山城事務所、職氏名入りのゴム印。ボールペン3本、それから、兄貴の職印」
伊勢先生、白手袋をはめた手で、慎重にそれらをテーブルに並べた。アニキが写真を撮影。
「1/15、2枚目のレジ袋。ゴム印および職印複製の手口、複製を請け負った印判屋の領収書写し」
「1/15、3枚目のレジ袋。兄貴の署名…偽造の手口、偽造請負人の免許証写し、請負人への送金記録写し」
分かるかな、俺の気持ち。いままでの4年間、一体何だったんだ。伊勢先生と、砂を噛むような日々。レジ袋3枚開けただけ、努力をあざ笑うような証拠の数々。2時間かけ、伊勢先生と俺、15箱すべてを確認。
「どないやねんな…。75件の訴因、全部シロやんけ」
「これ…90人近くの証人、全員偽証罪ですね。それに、山城先生が絡んでないだけで、すべて犯罪行為」
「兄貴やのうて、えらいのが絡んどったな…。出来レースやがな。地検3人、それに裁判官、右陪席」
伊勢先生、時計を見やり、ほくそ笑んだ。
「とりあえずみんな、昼にしよ。会議室、厳重施錠や。…見とれよ地検のガキども。昼飯のおかずにしたる」
午後2時、地検あかね支部。宅配便のお兄さんたち、めちゃくちゃ尊敬する。43歳の俺、筋肉3人と15箱の段ボールを搬入。なんで手運びなんだよ。伊勢事務所にもウチの事務所にもカート、あるだろ?それに、いつの間に駿河さん?18年半の付き合い、弁護士伊勢薫と報道人駿河美鈴の関係性、ときどき悩ましい。
当時の担当検事、2人は栄転、1人は支部の次長検事。伊勢先生、あえて次長検事のみをご指名。また再審請求か…の表情、証拠の山に囲まれて崩壊。
「ほ、本件…。いささか精査が必要かと。それに、報道関係者の引き入れ、検察に対する愚弄ですか!」
「お前、これからも検察関係者…いや、法を触れる立場におるつもりか?性根入れてよう考え。どう立ち回るんや?…なあ、駿河はん?」
「ほほほ、一報道人としても、検察のご精励、間近で拝見できるのが楽しみですわ」
前門の猛虎、後門の餓狼。汗だくの次長検事、ガクガクと首を縦に振った。本日の最高気温、9度。西風の強い、晴れの日。
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「おどりゃあ!弁護士呼べ弁護士ぃ!」
「ウチの親分に何さらすんじゃゴォルアァ!」
「オドレ検事ゴラァ!ブチ…」
ピー音。3日後、あかねTVイブニングニュース。メインキャスター、眉をしかめながら音声の乱れを謝罪、駿河さんに向き直った。
「さて、駿河さん。4年前、有印公文書偽造、行政書士法違反などにより、懲役10年の判決を受けた山城さんですが…ここへきて事態の急展開、どうご覧になりますか?」
駿河さん、眉をひそめながらキャスターに向き直り、軽くため息をついた。
「4年間の『正義』が、段ボール15箱で覆されたわけですからね。その出所をふくめた地検の再捜査、注視が必要でしょう」
「なるほど…。なお、本日一斉検挙されました、関西に総本部を置く諸式調整団体菱餅会の若頭はじめ5名の容疑者、4年前には関係を否定されておりました。総勢94人の逮捕、または再逮捕。検察、正念場です」
次のニュース。朱音、俺に向き直り、唖然の表情。
「山城先生…冤罪だったの?!直人、知ってた?!あの証拠、いま何で出てきたの?でも良かった…山城先生…」
朱音、いろいろ言えないこと、多いんだよ。伊勢先生も、俺も、画面のなかの駿河さんも。
支部次長検事、自己保身のブルドーザー化。栄転した同僚たちを呼び寄せ、起訴手続きに取り掛かった。新規逮捕者、12名。うち、5名は「使用者責任」を逃れていた者たち。4年前の公判を通じ、執行猶予または短期刑からシャバに戻っていた者、67名。塀のなかで再逮捕を告げられた者、15名。1週間後、全員起訴。伊勢先生、苦笑い。
「地検のガキども、不眠不休やでアレ。…別の意味でよう眠れへんかったやろし、ちょうど良かったんちゃうか」
逆司法取引、だよねアレ。口封じのような起訴、おそらく、公判も口封じだろう。「被告人は静粛に!」てなもんで。いずれにしても、大幹部5人をさらわれた菱餅会、急激な平和外交。夜の街、とても静かになった。
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「ご夫君、何かとお忙しかったようですね」
ええ、別に申し上げるほどでもない雑事で。2014年、ゴールデンウイーク明け。市議会第二次定例会の後、播磨市長、俺に苦笑い。
「しかし…山城さん…でしたか、大変なことでしたね。再審請求、地裁で審理中だとか」
「そう聞いております。…ご関心、おありですか。伊勢弁護士に状況説明、お願いいたしましょうか」
4年前にはアンタ、鼻も引っ掛けなかったのに?播磨市長、慌てて手を振った。
「いえいえ、そこまでお手数を掛けるわけには」
「そうですか。それでは俺、これにて失礼いたします」
播磨市長、俺の背に声のつぶてひとつ。
「ご夫君!但馬…さんと親しかったようですが」
「特段の親しさでは、ありません。俺、彼の葬儀まで、住所すら知りませんでした」
播磨市長を見やった俺、大いに違和感。そそくさと、その場を立ち去った。
なんだその、締まりのない不安げな顔。詮索なら俺、さっきまでやる気満々だった。失せちゃったよ、やる気。播磨市長アンタ、但馬さんの死に絡んでない。絡んでたとしたらアンタ、希代の詐欺師。アンタさ、知らない間に誰かが自分を取り囲んでる、そんな顔してたぞ。大人しく、但馬さんに手綱を引かれてた方が、良かったって顔。アンタのボタンの掛けちがえには関心ないけど、その顔、いちばん胸糞悪い。