Alex in Cambridge
アレックスはテレビをつけて事態を理解した。ケンブリッジを震源とする巨大地震が発生し、街は壊滅状態にあることを。国民はパニックに陥り、公共交通機関は完全に麻痺し、その機能を失っている。回線も遮断されて、安否を確認することさえできない。リンダの最後の言葉が頭をよぎり、最悪の事態が脳を侵食していく。その思いに支配されないよう、アレックスは大きく頭を振った。道路もところどころ寸断されているというニュースを耳にしたアレックスは、数日間何をすることもできずに苛立ちを募らせ爪を噛んだ。
いつまでも何一つ復旧する見込みのない状況に痺れを切らしたアレックスは、友人からオフロードバイクを借りた。早くに両親を失ったアレックスにとって、リンダはかけがえのない恋人でもあり、家族でもある。明日になれば復旧するなどという楽観的な考えはもてなかった。
普段なら二時間程度の道のりが、やけに遠く感じる。それでも迂回を繰り返し、少しずつケンブリッジへと近づいていく。だが、それでも変わり果てた街の中から、リンダのアパートメントを特定することは困難を極めた。見慣れた風景は一変し、もはやそれはただの荒野と化している。かつてリンダのアパートメントだったと思しき場所に辿り着くと、アレックスはサイドスタンドを出すことも忘れてバイクを降り、その車体は横倒しになった。その場で呆然と立ち尽くしていると、ふと足元に落ちている一冊の本に目が止まり、アレックスはおもむろに拾い上げる。
数ページめくってみると、そこには、観測者がいないと月の位置は定まらないという記述があり、それがリンダのものであると確信し上着のポケットに押し込んだ。
アレックスは警察、仮設テント、病院を駆けずり回り、ついに変わり果てたリンダと対面を果たす。守ることができなかった現実に打ちひしがれたアレックスは膝から崩れ落ち、冷たくなったリンダの手を握り叫んだ。
「リンダすまない」
都市機能は依然麻痺している。田舎から駆けつけたリンダの両親がその亡骸を引き取り、とりあえず簡潔な葬儀を済ませた。もう、アレックスがこの地に留まる理由も無くなった。ここで得られたリンダとの思い出の欠片は、生前彼女が愛読していた量子論の本だけである。アレックスはリンダを思い起こす縁として、そのページをめくると、あの日彼女が口にした「二重スリット実験」の見出しに目を奪われた。