隣の部長は人格者
こんな人が近くにいたら嫌だなぁ。
「その費用計算では間尺に合わない! 百ではなく八十になるはずだ!」
我らが魔道具ギルドの一部署を任される「人格者」バレオラル部長はいつでも絶好調です。
最初の部長の台詞を聞いて違和感を感じた貴方、その違和感、間違っていません。知っている人には冗長で申し訳ありませんが、ご参考までに述べさせていただきますと「間尺」とは「ましゃく」と読みます。極東の皇国の家づくりに用いられる、草を使った「タタミ」という床材の長い辺の長さを「一間」といい、その六分の一を「一尺」と言うのですが、そこから「間尺」という言葉が建築物の寸法を示す言葉になり、のちに「間尺」と読み方を変えていわゆる「物差し全般」を指す言葉になりました、らしいです。
では「間尺に合わない」は「ものさしに合わない」という意味? では別にいいんじゃない? と思われる方もいると思いますが辞書には「割に合わない」ことを意味する言葉と書いてます。
なので先ほどのバレオラル部長の言葉「俺の心のものさしに合わない」という意味での使い方は、言葉をちゃんと使う人にはすごい違和感があるのですよ。
いや、いいんですよ、別に私だって、今の間尺の説明聞いてみなさまお気づきの通り(というか語源のところは怪しいので間違ってたらごめんなさい。でも間尺に合わないの意味だけは間違いなく辞書に書いてある通りです)、言葉の達人ってわけでも、あらゆる言葉を辞書的に正しい意味で使っているわけじゃないので。でもね。
「エクストリームに辛いですねー」と愚痴る部下に対して
「エクストリームリー、な。」
「近所に医者の知り合い、います?」
「アイ ノー ア ボーイ ザット ファザー イズ ドクター っすよ」ってランチで雑談している部下たちには
「ザットじゃなくてフーズ、あとドクターじゃなくてア ドクターな」
「まったく…… お前らは言葉の使い方が不正確だな! 俺を見習え俺を!」
と人の間違いには異常に厳しい、それこそ多めにみてよ、てゆーかフーズはザットで代用したっていいんじゃないの? っていつも思います。これを責められるなら間尺に合わないを責めてもバチは当たらないと思いませんか?
まぁ、みんなから嫌われているのに「自分は人格者だ」と思っていて、ギルドの年次集会でギルド長と部長陣が挨拶する場でも「俺の担当ビジネスは俺の人徳で顧客から商談が取れている、人格者である俺の賜物だ」とか言っちゃうタイプなのでめんどくさいから誰も言わないけどね……
そもそも私は部が違ってて、でもうちの部と同じ建物で魔道具作ってるからたまに関わるってくらいで、あんまり絡まないので、関わらなきゃいけない時だけ事故にあったでも思って過ごしてますよ。
でも、バレオラル部長が部長になる前に同じ部署だった時、振り回した社員証で手首を強打されたことだけは死ぬまで恨み続けますけどね……
オフィスの席替えで滅多に顔を合わせなくなり遅れていた平穏な日々は、ある日乱されました。
どのギルドも一緒かもしれませんが、うちのギルドは年に一度この先三年の事業計画を立てなくちゃいけなく、その日がちょうどその一次確認会でした。(ちなみに三次確認会まであります)
バレオラル部長の部と工場が同じって話先程しましたが、そのため、部内での事前確認会で工場がうちの部とバレオラル部の経営数字を一緒に出したんですね。だからバレオラル部長はうちの数字を事前に見ているのですが、本番までに結構頑張って改善させた数字を、うちの部は作ったんです。したら一次確認会で「前の数字からいくらいくら改善しているけど何で改善させた?」って聞いてきたんです、ギルド長の前で。
作成前の内部数字なんて他の人知らないんだから聞かないでくださいよ、意地悪だな! って会議後うちの部の中で愚痴りまくりましたよ、もう!
で、ランチ時に食堂に向かってたら「スタフ君、どうやってあんなに改善させたの? 六十も改善してたよね」って唐突に声かけられました、バレオラル部長に。
あ、名乗ってませんでした。本当に申し遅れました。リリーナ・スタフ、私の名前です。一児の母で、夫は死別してます(聞いてない? そうですか……)
下っ端もいいところですが、数字作成には関わっているし、殴られる程度にはバレオラル部長と顔見知りなので(嬉しくないですが)話しかけてきたんでしょう。
なので、私つい言っちゃいましたよ。
「もー、バレオラル部長ー、あれマナー違反っすよーもー」と。あくまで冗談ぽく、ここ重要! あくまで冗談ぽく! 私いい歳したおばさんだけど冗談ぽく!
したら
「どうやってあんなに改善させたの? 六十も改善してたよね」
ん? 完全にスルー? まぁいいや。
「六十じゃなくて四十です」
「あれ、そうだっけ?」
と食堂に向かいながら話してきますが、もちろん一緒になんて食べたくないので、とっとと遠く離れた一人席に向かいます。
後で部のみんなに「言っちゃいましたよ、でも無視でした」って話さなきゃ。
なんて考えながら席に戻って仕事に戻ったら業務連絡用の通信魔道具からバレオラル部長のメッセージ受信の信号が……件名は「マナー違反について」内容は「先ほどマナー違反という暴言を吐かれましたが……」
! 暴言!?
「……計画がいつも遅れる。……」
「……数字を盛っている……」
「……ビジネス判断をミスリードさせる……」
「そんな部の方が倫理観としてどうかと思います」
ってメッセージがきました。
めっちゃくちゃビビりましたよ!!!三日位動揺がおさまらなかったですよ。「マナー違反」じゃなくて「ちょっと意地悪」くらいにすればよかったかなー、いや、そもそも言わなければとか落ち込みましたよ。でもビビりながら動揺しながら落ち込みながら数字見てみたら
バレオラル部は
「計画からいつも二年弱遅れる。もはやネタ化している」
「いつも三年後に百倍と言ってる」
「設備を準備させても結局量産しない」
???あれ???これひょっとして「俺をマナー違反というよりも俺の部を倫理的におかしいと糾弾するのが先」っていう強烈な懺悔メッセージ???
落ち着きなさいリリーナ、そんなわけがないでしょう。盛大なブーメランてやつよ! と自分に突っ込みましたよ!
というわけで同僚から先輩、うちの部長にまで、愚痴りまくりましたよもう!
「いや、リリーナさん、自分でマナー違反は強い言葉だったと反省しているって言いましたけど、全然強くないですよ」とか
「バレオラルさんも倫理を気にしなくていいですよ、とでも返せばよかったんだよ、というか僕はアレを、こう言ったらこういってくる新手の魔道具だ、と思っているよ、気にしないでいいよ」とか
「よく言ってくれた、グッドです」とか
「これ、コンプライアンスに転送したらなんかしてくれるんじゃないですか」とか
いろいろ慰められたり励まされたりしました。
バレオラル部長にはみんな思うことがあるんだな、それなのに我慢しているんだな。安易に「反撃してやろう」なんて思って、あんなこと言っちゃったのは確かに軽率だったな…… もう絶対言わない……
ちなみに数字並べてみたらうちの部も確かに遅れたり計画通りの利益になってなかったりしているけど、バレオラル部もそうでした。
メッセージはなんと返信したかって?
「普段の貴方の発言の方がよほど暴言です」
いや、俺がいつ暴言吐いた!
いついつのなになにって発言です
それのどこが暴言だ、暴言じゃない、バシっ
痛い、叩かないでください
当たっただけだ!
という未来が見えます、やめましょう
「貴方の方が暴言吐きますが、次の貴方の発言は、俺がいつ暴言吐いた、ですね、わからないんですよね、わかったほうがいいですよ」
……さっきと同じ未来が見えます。却下です。
「貴方の部のことですか」
どこがだ! いつ遅れた!?
うん、やめよう
「返信しない」
結構真剣に採用しようと思いました。
「バレオラル部長ならご宥恕(寛大な心で許すという意味です。わざわざ辞書で調べましたよ!)頂けると浅はかな発言でした。申し訳ありません」
結局上記で始まるひたすら平謝りのメッセージにしました。返事はもちろんありません。
……この人まだまだ定年じゃないんだよな……
以上がみなさまに一番お伝えしたい事件でした。
その後のバレオラル部長についてですが、いろいろありましたよ。
この「マナー違反暴言事件」は知る人ぞ知る事件となりましたが、ある時、別部署の男性に
「お前、太ったな、そのまま死んじゃえよ」とまさに暴言を吐き、その男性から「バレオラルさん、それ暴言ですよ」と言われたら「どこが暴言だ」と。
私、おー、ほんとに言った! って笑っちゃいました。
で、その男性にメッセージ。「人の発言を暴言呼ばわりする前に自分のビジネスセンスを磨け」だって。
ちなみにこれで終わりじゃないです、その男性、離れた部署へ栄転する移動日当日だったこともあってはっちゃけて、
「マナー違反、程度が暴言で、死ねが暴言じゃない違いはどこですか? 発言者の違いですか、貴方がマナー違反と言う側なら暴言じゃなくなるんですよね、あなたが死ねと言われたら暴言なんですよね。ただの自己中じゃないですか。仕事ができれば何を言っても許されるとでも?」
と返信。
「俺は正しい時に正しいことを言っているから同じ発言でも暴言じゃないんだ」
「自分がやるのやよくて人からやられるのは嫌なだけでしょうガキかよ」
ってやりとりがあったそうです。
賛否両論あると思うけどこの男性、嫌いじゃない。ちなみにマナー違反事件のこと知っているのですね。。。
あと、こんなことも。
「咳が出て熱があって体調悪いです、国への報告が必要な指定感染症の症状に酷似していますので休みます」と家から連絡してきた部下に
「この忙しい時に何言ってるんだ、死んでも働け」と無理やり出社させ
「保健室行ってきました。指定感染症でした。」
「なんでとっとと帰らないんだよ! 早く帰れ!」
ですって。
あ、そういえば子供と遊びに行った時に遭遇したこともあります。子連れで来ている元部下にこんなこと言ってました。
「整理券、四人分で四枚あるんだろ、一枚もらってやるから。お前が外で待ってろ」と人気のアトラクションの整理券強奪しようとしてました。
元部下の人が「警備員さん来て、泥棒です。助けて!」って言ったら警備員さん来てくれて、「部下だ」「譲り受けようとしているだけだ」と騒いでいたけど連行されていきました。
「お母さん、女手一つで育ててくれているお母さんが再婚して幸せになってくれたら僕も嬉しいから遠慮しないでいいけど、アレだけはやめなよね」って子供に言われました。 ……そこまで男を見る目がないと思われるのは心外だけど心配してくれてありがとう……
あ、アレ(アレとか言っちゃった)はもちろん独身です。年齢的にも子孫残す力失ってそうだから、あの血統が絶えるのは全人類的に喜ぶべきことです。あ、これこそ暴言ですね。申し訳ありません。
そして今日。とうとうバレオラル部長の定年退職日。みんな大人だから記念品代出しましたよ。ちゃんと相場通り。そして色紙にメッセージも書きました。
私はこう書きました。
「本当に長いことお世話しました。その他人に厳しく自分に寛大な強靭な精神だけはすごいと思います。真似したいとも羨ましいともは思いませんが」
他の人は
「自分の言動は常に正しいと思っているのは存じておりますがそんなことはありませんよ。わからないのでしたらわかるようになったほうがいいですね。」
「趣味のサークルに入ると伺いましたが、もう地位と権力で人を従わせることはできないので、自分がやられて嫌なことを人にしない。自分が絶対に正しいと過信しない。そんなふうに心掛けないと寂しい老後をおおくりますよ」
「お世話しました、疲れました。
もう二度と会わなくて済むのがうれしいです、結局商品は量産化しませんでしたね」(あ、お世話になりましたとお疲れ様でしたのもじりですね、私と被った)
などなど、心のこもったメッセージの数々が寄せられました。
ちなみにこれ、幹事たちでどうするか揉めて、被害者の会(仮称)メンバー含めて意見が割れたのですが、
「メッセージに感動されて泣かれるかもしれません。バレオラル部長の威厳に満ちた姿を損いたくないので、家に帰ってから見てください」
と厳重に封印して渡すことにしました。目の前で読ませて激怒する姿を最後に嘲笑いたいと希望する人も結構いたのですが、「うるさいし、もう関わりたくないでしょ?」という意見が主流でした。
その後、毎週末誰かしらに連絡して「なんだあのメッセージは」「償う機会をやる。一緒にあそんでやる」と言ってきているそうですが、もちろんみんな相手にしていません。
「俺みたいな人格者に世話になったのに、恩知らずな奴らめ」と騒いでいるそうです
趣味のサークルでも全く相手にされていないそうです。
「俺みたいな人格者が率いてやると言っているのに馬鹿な老害どもめ」と騒いでいるそうです。老害はあなたですよ……
役所からは孤独死の発生確率が最も高い家、と彼の住まいはチェックされているそうです。どんなところ住んでいるか知りませんけど。
なんてことを被害者の会(仮称)メンバーで話しながら、平穏な日々を過ごしています。
以上が、「人格者」バレオラル部長のあれやこれやでした。
A「この新作はなんだ」
B「いや、この前のオンライン飲み会で現実世界の友人がすごい勢いで愚痴ってたから、ネタにしていい? って聞いて」
A「元ネタがわからないようになってるよね?」
B「うん、それが条件だったからね、だから異世界が舞台なのです」
A「なるほど」
B「ちなみに裏設定でアラクエさんが活躍した世界と同じ世界で、年表的にはあっちの話の最後のシーン以降」
A「何年後くらい」
B「ごめん、考えてない」
A「あ、そっすか……」
B「ちなみに、そのアラクエの話ってのは<https://ncode.syosetu.com/n4724gq/>
"魔石調達部門長、婚約破棄され、会社からも解雇されるが、実は利益の要だった。企業活動が崩壊したからもう一度戻ってきてくれと言われても、もう遅い!"のことです」
A「そして私たちが初めて出てくるのは<https://ncode.syosetu.com/n4996gq/>
"リアリティのある赤ずきんちゃん"です」
B「初めてって、一作品にしか出てないぞ?」
A「他の童話でまた書くって言ってたじゃないか」
B「う…… はい、頑張ります」