山形の役割
《居合》というスキル自体は一般的というか、普遍的なもので効果も普通にありがちなものだ。居合術の熟練速度向上、つまりは技術を習得するスピードに補正がかかりますよ、というものでしかない。
なので今しがたマリーさんの見せた技、大断刀・ビッグベンは純粋に、彼女が編み出して長い探査者生活の中で高め続けてきた、努力の結晶ということだった。
「70年、ひたすら振り回してりゃこうもなろうよ。ファファファ」
「とは簡単に仰るものの、言うまでもなく誰にでもできるようなことではありませんからね。念の為」
「もちろん分かってます」
「70年って年季がすべてを物語っているね」
さも当たり前のように言うマリーさんだが、香苗さんは至って真顔でそれを否定している。うん、俺も鈴山さんも信じてない。
元々の素質が凄まじかった上でなお、70年もの歳月を不断の努力で埋め尽くしたがゆえの技だ、あれは。たとえば俺が同じ年月、同じことをしたとして、同じ境地に到達できるかというと無理だろう。
香苗さんが、どこか呆れたようにも呟く。
「S級探査者の中でも特に上澄み、本当の意味でトップ層ですね。彼ら彼女らはみんな、こうなんですよ。極めて特殊な才能を、とてつもない努力で磨き上げる。マリーさんはまさしく典型例ですね」
「およしよ、御堂ちゃん。私らだってピンからキリまであるさね、才能にかまけているだけのやつがトップに居座ることも、まあなくはないよ」
「その方でも、通常想定し得る努力の倍は、鍛錬しているものと推測しますが」
「それすら怠ったらもう、探査者とは呼べんさね。身の丈なりの鍛錬、それぞれにあった高さのハードルは誰しもが超えんといかんもんさ、ファファファ」
怖ぁ……さすがS級、探査者に求める基準がめちゃくちゃ高い。香苗さんも鈴山さんもうんうん頷いてるし、あれ、これ俺やばくね?
言っちゃなんだがスキル頼りの山形とは俺のことだ。強くなるのもスキル、敵を倒すのもスキル。なんなら人々を救うのだってスキルである。
もう正直、それならそれで目的さえ達成できるなら良いやって思ってたりもするんだが。これ、アウトな考えかな。
ちょっとビクつく俺に、マリーさんは軽い声音でもっとも、と言ってくる。
「公平ちゃん、あんただけは唯一無二、事情が違うだろうね。あんたは望む望まざるとに関わらず、半ば強制的に頂点に立つことが決められてる」
「俺が……?」
「私みたいな決戦スキル持ちも、言ってしまえば公平ちゃんが、邪悪なる思念に打ち克つためのサポートに過ぎない。システムさんの大目標がそこにあるのなら、極端な話、向こうは決戦スキル持ち以外の探査者なんざ、いてもいなくても同じって考えててもおかしくはない」
どんなに強くても、どんなに努力しても。本当に倒すべきモノに対しての有効打を持たないのならば、無力同然。
探査者側の視点からするととてつもない暴論だが、システムさんの意図するところとしては不思議でもない。
どうもシステムさんにしろリーベにしろ、邪悪なる思念を倒すことを最優先にしていて、その要となるアドミニストレータ、つまり俺のこと以外はあんまり興味なさげだからな。
「だからあんたは、スキルないし称号によって過剰、かつ、異様な強化を頻繁に受けているんだろうね。当人の性格、都合によらず大願を果たさせるために」
「邪悪なる思念を、倒しきること……」
「私の見立てじゃ公平ちゃん、あんたは探査者として扱うべき存在じゃない。もっと別の何か……そう、それこそシステムさんの側、管理側とでも言おうかね? として、扱われるべき存在だと睨んでるよ」
「…………!」
めっちゃ、見抜いてきてる。ほとんど推測のみでこの人、アドミニストレータにまで辿り着いたよ。怖ぁ……
脳内で、リーベが息を呑むのが分かった。何ていうかね、年の功ってすごいもんだな、リーベ。裏の事情までしっかり読んでくる。
『……ビックリですね、いや本当。しかもこのおばあちゃん、今の公平さんの反応から何か、こちら側に隠してることがあるって見抜いてますよ』
嘘ぉ……ホントだ、薄く微笑んでる。怖ぁ。
ここまで来たら説明すべきか? いや、今はまだ時期が早い気がする。リーベから四つある段階について聞かされていなければ話していたかもしれないが、聞いた以上はもう無理だ。
アドミニストレータについても、他の事情、真実についても。リーベが直接話して第二段階の達成としなければならない気がする。そうしないとたぶんだけど、無駄な混乱を招くだけだ。
又聞きの俺でない、張本人側の存在であるリーベこそがすべてを明るみに出すべきなんだ、きっと。
『そうですね……どこまで話そうか、とは悩んでましたけど。ここまで見抜かれていたらもう、リーベちゃんが直接対応するしか無理な感じでしょうしねー。人間を甘く見てました、反省です』
リーベ共々、目の前の老人の凄まじさに圧倒されるばかりだ。
何をどう言えば良いのかも分からないまま、無言の俺にマリーさんは近付き、優しく頭を撫でて小声で囁いた。
「ふふ、公平ちゃんにも事情があることは分かるさね。話せる段で良い、いつでも話しておくれ。私ゃ、あんたの味方だよ。探査者としての名誉と誇りにかけて、それは誓おう」
「…………ありがとうございます」
そう言うのが精一杯だった。
本当、人間ってすごい。
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