そうだ、隣県いこう
家族に──やらかした父ちゃんを除いて──見送られながらも俺と、香苗さんは組合本部へと向かう。
今日は車はなしだ、何しろ連泊になるわけだからね。そういえば香苗さん、荷物らしい荷物を持ってないな。俺だってリュックに衣服を詰めたくらいだけど、それすらないとはちょっと謎。
聞いてみると意外な言葉が返ってきた。
「実家が今回、泊まるホテルの近くにあるんですよ。ですので、何か入用ならばそちらで調達すれば良いと思いまして」
「香苗さん、隣県出身だったんですか」
「ええ、一応ですが」
実家の側で数日、寝泊まりするわけか。素直に帰省すれば良いのに、と一瞬思ったけどまあ、そこまで行くとちょっと違うか。
にしても、香苗さんの実家か。思えばご家族さんのこととか聞いたことないなぁ、俺。気にはなるけどデリケートな話題だし、止めといた方が良いよなあ?
にわかに逡巡する俺を見て、くすりと笑って香苗さんは、察したようだった。
歩きがてら俺の手を繋いで、話し始める。
「公平くんのご家族様ほど、共にいて楽しそうだなと思える人たちではないですよ。いえ、もちろん嫌いではありませんが……お互いにそれぞれ、やりたいことを優先にしている家庭ではありますので。自分の趣味が先なんですね」
「ええと、その……趣味、ですか?」
「父が陶芸、母が日本舞踊。弟もいますが、そちらは……私としても複雑なのですが、私の探査者としての活動を追いかけるのを趣味にしているらしく」
「あー、探査者御堂香苗のファンと」
「勝手にファンクラブなど作って、勝手にグッズまで作って……そこは各種権利もあって普通に懲らしめましたが、とにかく熱狂的なんです。最近は会っていませんが、どうしてますやら」
「そうなんですねー」
この姉にしてその弟ありじゃ〜ん。
……とはさすがに口にしなかったが、俺としてはそんな思いでいっぱいだ。グッズこそ作っちゃいないが、やってることはあなたが俺に対して狂信的なのとほぼほぼ一緒だと思うんですよ。
しかし、弟さんが香苗さんガチ勢か。最近の救世主関係の活動、どう思ってるんだろう? まずはそこを思う。
まず間違いなく、面白くはないだろうな。何しろ降って湧いた男に最推しがベッタリだ。
別に香苗さんはアイドル性を押し出しているタイプの配信者ではないので、誰とどう付き合おうが燃やされる謂われなどないとは思うんだが……実弟となると見方も変わってくるだろう。
あれ? そんな人が近くに住むホテルに俺、数日泊まるの?
『リーベちゃん言っていいですか? 修羅場のヨカ〜ン!』
「怖ぁ……」
「公平くん? どうしました?」
「い、いえ何でも」
姉を狂わせた俺ちゃんピンチじゃん! 恐るべき結論にいたり震える。
繋いだ手から俺の動揺に気付き、香苗さんが案じてくる。おたくの弟さんに俺、刺されるかもしれません。
楽しい探査ツアーがいつの間にか、注文の多い料理店ツアーに変わっちまった気がする。いやだー揚げ物はいやだ〜。
ドナドナすら流れる心地のまま組合本部に辿り着く。もう、結構人が集まっていて、いくつかのグループに分かれている探査者の人たちが一斉に、こちらを見てきていた。
「お、御堂さんと秘蔵っ子救世主か。ついに一緒に探査できるかな、これは」
「たしかソロじゃないと発動しないスキルなんでしょう、彼? 組んでくれますかね」
「今回のツアーは全員必ずパーティを組まなきゃならんしな。いかに御堂さんがいたってそう、特別扱いはできんだろうさ」
「あの子がシャイニング山形……光る、のよね?」
「へえ? 結構可愛いんじゃない? 関口のクラスメイトだったっけ?」
「……ええ、そうなんですよ。もっとも僕は、なぜか彼に嫌われてますからね。どうしたものやら」
「ふーん? そうなんだぁ」
「御堂に望月と美人が次々、あの坊やにのめり込んでるとか。すげえよなあ」
「探査スタイルも異常ですよね。ソロで、素手で、熊相手にダブルアームスープレックス。よくやりますよモンスターにプロレスなんて」
「例のシャイニング動画も、光ってて見えにくかったが空中でコブラツイスト極めてたよな? 好きなのか、プロレス」
「趣味でも生き死にの場で出せるものじゃないと思いますが……」
おおう、注目度高いな!
でもまあ、こればかりは仕方ないんだろう。何しろA級トップランカーの最推しにして、シャイニングして一躍全国区に躍り出た新進気鋭のお笑い救世主だからな、俺。
ていうか関口くんもいるのか。別に嫌ってないっていうかそっちが嫌ってきてるんですけど。被害者ポジ確保して好感度爆稼ぎですか。世渡り上手で良いなと思う。
周囲を見渡せば、望月さんや逢坂さんの姿もある。おいおいオールスターじゃ〜ん。って言うほど、俺に探査者の知り合いなんていないんだけどね。辛ぁ。
俺に気付いて二人が手を振ってきたのに応える。おおう、同じパーティの男子連中の目がいかつい。御堂弟さんだけでない修羅場が、あちこちに潜んでいるよねこれ?
そうそう、それで、さっき聞こえてきた探査者のおじさんの言うとおりで今回は俺、どうやってもソロ戦闘はできないのだ。
パーティを組んでの探査を通し、探査者同士で親交を深めるってのがこのツアーの趣旨の一つなため、俺が普段からやってるぼっちスタイルの探査は一時封印なのである。
正直、例の10倍バフがないと怖いってか、俺が単なるスキル依存だったりしやしないかとヒヤヒヤものなんだが。
香苗さん曰く、あのバフがなくても俺は既に、A級下位レベルの能力はあるとのことだった。
「はっきり言えばフルパワーの公平くん相手だと、私さえ及ぶかも分からなくなってきました。国内11人目のS級も夢ではないですね、公平くん」
「いやいやいやいや、勘弁してください……」
相変わらずハードル青天井がデフォルトだな、この人!
ともあれ俺たちは集合場所に到着したのである。
この話を投稿した時点で
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