火野源一の終焉─The End of Summer Light─
「…………これは、力が。抜けて、いく!?」
『────措置完了。これでお前さんは、78年もの積み重ねばかりか探査者としてのすべてを失った。諦めな』
ステータスの強制ロールバック。および、その状態での永久凍結。シャーリヒッタによる火野源一への措置、処断はかくして執行された。
これにより、もはや火野源一はオペレータでありながらオペレータではなくなった。78年前のステータスを便宜上持つだけの、非能力者と大差なくなったのだ。
感覚的に己のすべてが弱体化したのを悟ったのかもしれない。火野の、力ない呻きが聞こえた。
「これ、は……な、にをした。キサマ、何者じゃ」
『誰が言うかよ。ただの死刑執行人だ、テメェのな』
「…………く、かか、か。そうか、詰み、か」
もはや打つ手はない。ただの100歳前後の老爺と化したやつは、ただ立ち尽くしているだけだ。
事実上、決着はもうこの時点で付いたのだ。あとは火野を捕縛するだけだ。
ことここに至り追い詰められきって、それでもなお。
ひどく楽しげな、まるで少年のような顔をしてやつの声が、遠く山々に響く。
「カカカカカカッ!! そうか! またしても負けたか、儂は! 何もできずに! 何もさせてもらえずに!!」
「ええ……私達の勝ちです。78年前と同じであなたはまた、そのように嗤うのですね。自身の過ちを、何もかも認めぬまま」
「愚問じゃぞ、モリガナァ!! カヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
高らかに嗤う、火野の声。
この期に及んでなお楽しげに嘯く声は、憎たらしくもおぞましい色を含んでいて怖気が走るものだ。
少しの間を置いて、やつはまた嗤った。
「楽しかった……ああ、楽しかったとも。お主に敗れ、お主を失い、お主を追い求めて歩んだ外道非道魔道の数々。ああ、誰に否定されようとも儂にとっては楽しい日々じゃった」
「…………」
「お主を求めた78年、儂は──俺はずっと楽しかった。青春だった。ああ、青春だったともよ。お前を欲する俺こそが、俺にとってのすべてだったんだ。お前が欲しくて欲しくてたまらなくて、俺は、人生全部かけたんだ」
嬉しそうな声だけを耳にする。火野はまるで、夏休みを楽しむ少年のように朗らかに笑っていた。
78年。それだけの年月をただ、悪事にのみ費やしてきた最低最悪の男。だけどやつ自身にはなんの後悔もなく、ひたすらに楽しかっただけの期間らしかった。
エリスさんを求める、まさしく妄執の熱量。そのために踏みにじってきたすべてを一顧だにせずこの結末を楽しかったとだけ受け入れる男は、あまりにも身勝手だ。
その身勝手さを最後まで改めることなくここに至った火野源一の、声はさらに続く。
「────永遠の少女、か。お前みたいな、淑やかなくせに暴れ倒す田舎娘にゃア、そんなモン似合わなかったのに、な」
打って変わっての荒々しい口調。エリスさんが今この時だけ78年前の振る舞いをしていることを受け、やつもまた、気持ちだけでも当時に戻っているのか。
清々しさすら覚える、満足しきった声色。けれどそこにはいくばくかの静謐と虚無、悲しみがあり──
火野は、エリスさんへと語りかけた。
「俺はここで終わるのに、お前は、まだ、終われねえんだな……ああ、エリス。エリス・モリガナ。俺にとってのただ一人の少女。なあ、聞いてくれよ。やっと言える、俺は、俺はお前を────」
「聞きません。あなたの想いを、私は言葉一つとて受け取りません」
ぴしゃり、と。エリスさんは火野の続けようとした言葉を遮った。
なんの色もない。怒りも憎しみも、愛も優しさも、何もかも。ただ淡々と、犯罪者に対して告げるばかりだ。
「想いを告げることすら叶わず、罪過を問われ贖いの日々を過ごしなさい。そうして、残る余生を費やしなさい──火野源一。私はあなたの何もかもがどうでもいい」
「くかっ……か、かかかかかかっ! ああ、ああ、らしいな! モリガナよ、お主はやはり、儂にとっての青春じゃった! 求めても求めても手に入らぬもの、去りし日の幻想、美しき夏の、影……」
「多くの人にとっての悪夢よ。永らくすべてを犠牲にしてきた、あなたの終着点こそは何もない虚無であるべきです──」
憧憬を口にする火野と、悪夢と断じるエリスさんと。
二人の会話はそこで途切れた。エリスさんが手を翳した途端にやつが倒れたあたり、《念動力》で気絶させたか。
破壊された山々、森林だけを残して後に残るのは仲間達──エリスさん、シャーリヒッタ、サウダーデさん。そして意識はあるものの横たわっている葵さん。
何より、完全に無力化されて眠りについた、倶楽部幹部・火野源一の姿ばかりだった。
シャーリヒッタが一つ頷いて一同に告げる。
『終わったか。見事な手際だったぜ、エリス・モリガナ』
「ありがとうございます、シャーリヒッタ様────ハッハッハー、やあ終わった終わった! まったくとんでもない爺さんだったなあ、もう!!」
厳かに感謝を示す。そこが初代聖女エリス・モリガナとしての最後の言葉だった。途端に口調も表情も切り替わり、いつもの飄々としたエリスさんに戻った彼女が、高らかに戦闘終了を叫んだ。
うーん、と背伸びをするのが見える。精神的になんらか、思うところがあるんじゃないかと心配もするんだけれど、どうやらその辺は気にしなくてもいいみたいだ。
遠くから見守っていた俺達のほうを向いて、ピースサインを見せてきたのだ。
「イェーイ公平さん見てくれてたー? 78年前はエリスさん、あんな感じで聖女やってたんだよピースピースゥ!」
「あ……はい。お見事でした! お疲れさまですー!」
「いつの間にやら世間に揉まれ、あんな肩の凝る振る舞いなんて投げ捨てたけどいやー、意外と体に染み付いてたもんだねー! ハッハッハー、昔とった杵柄ってこういうのを言うんだね!」
『さっきと今とで全然違ぇなァ……』
さっそく元通りのテンションで騒ぐエリスさんを、シャーリヒッタが唖然として見る。この切り替わりの速さ、たしかに驚くよね。
サウダーデさんを労いつつも、エリスさんは火野を捨て置き葵さんのほうへと向かった。バグモンスター相手に、何度となく傷つきながらも雷槍を叩き込んだ愛弟子の、横たわる姿に優しく語りかける。
「……ふう。終わったよー、葵。ありがとう、私のために怒ってくれて」
「…………ごめんなさい、力及ばず。あなたに、あんな奴の相手なんてさせたくなかった」
「むしろ私がやらなきゃいけなかったよ、あいつだけは。78年前に取り逃がしてしまった責任を、ようやく果たせた。ここにいるみんなと、何より君のおかげだ、葵」
本当ならば師匠に代わり、自分が因縁に終止符を打ちたかったのだろう。悔しげに瞼を閉じる弟子に、エリスさんは優しく笑いかけた。
78年もの間、残り続けていた巨大な負債。それによっておびただしい犠牲が生まれたことも含めて、火野源一という男はエリスさんにとって果たさなければならない責任だったのかもしれない。
それをついに成し遂げた。頼れる仲間達と、自慢の弟子のおかげで。
手をそっと差し伸べる。彼女はそして、葵さんへと続けて言った。
「君に巡り逢えて本当によかった。やつにとっての私が青春であったように、私にとっての君が、あるいはそうなのかもしれない」
「エリスさん……」
「弟子よ。そしてそれ以上に無二の友よ。何度でも言わせてほしい──ありがとう。君は私の誇りだ」
師として、友として。私はあなたを誇りに思います。
限りない愛情を込めての言葉に、葵さんは照れながらも、差し伸べられたその手を取るのだった。
────こうして秘密犯罪結社倶楽部は、完全に壊滅した。
次話から新エピソード、第二部最終章ですー
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