500年越しの I'm your daughter.
喚び出したシャーリヒッタも加えてのパーティで山中を進む。封鎖された山奥にぽつりと存在するオペレータの気配まではもうしばらく、かかりそうな気配だ。
決して油断せず周囲を警戒しながらも進軍する傍らで、リーベが羽を生やしてふよふよ飛びながらも気になるところをシャーリヒッタへ投げかけていた。
「シャーリヒッタ、相変わらず元気そうなのはいいんですけどー……聞きましたよー。いつから公平さんの娘になったんですー? 私のことママって呼んでもいいんですよー?」
『いつからも何も最初からだよ。オレぁ最初から、コマンドプロンプトのことをしっかり父だと認識していたぜ。あと、オメーは姉だろどれかってーとよォ』
「キサマの認識の中では私が末の子になるというのか、この3人の中で……っ!!」
「お、落ち着けヴァール」
ズバリ、いつから娘だったんだよという哲学的なテーマについて、シャーリヒッタはあっけらかんと最初からですと答えた。
同時に彼女の中ではリーベ、シャーリヒッタ、ヴァールの順に序列が形成されているらしいことも明らかになり、末っ子ヴァールちゃんの額に青筋が浮かんでるね。怖ぁ……
自身のことを次女だと認識しているシャーリヒッタは、俺を見つめながら微笑んで続けた。
『発生時期とか、発生位置の良さもあったんだが……ぶっちゃけオレな、お父様が身を隠すところ一瞬だけ見ちゃったんだよなァ』
「えぇ……? み、見られてたのぉ……?」
『マジでほんの一瞬、目端で捉えただけだぜ父様。アンタの手際はさすがに最高だった、今でも思い返しては惚れ惚れするくらいの魂の隠し方だったぜ』
「どういうところを評価してるんですかー」
リーベの冷静なツッコミ。まさか一瞬とはいえ、500年前に私の姿が捕捉されていたというのも驚きだが、また妙ちきりんなところに惚れ惚れしたものだなと、その独特なセンスにも驚く。
というか、見た上で誰にも言わなかったんだな。目の錯覚かと勘違いするのでなければ普通、実はコマンドプロンプトに魂があったのではないかと、最低限度ワールドプロセッサにくらいは報告するだろうに。
そこはヴァールにも疑問だったのだろう、彼女の指摘が入った。
「何故、黙っていた……500年前に捕捉できていたと言うのなら、その時点で周知すれば、ワールドプロセッサとコマンドプロンプトが最初から協力して、邪悪なる思念に対抗することもできたはずだ」
『そんで揃って殺られて世界終了ってか? 冗談じゃねえよ、そうならないために父様は身を隠したんだろうが……当時はそんなお考えに、気づけもしなかったけどな。オレも、みんなと一緒に発狂してたから』
「何?」
『それでも父様のなさること、何か意味があってのことだろうと信じて黙っていた。ワールドプロセッサにすら存在を気取られねえようにしてことを進める理由は、オレなんぞにゃ分からなかったが間違いなくこの世界のためになることだろうとは思っていたよ。だから、変に騒ぎ立てて父様の邪魔をするのだけは避けたかった』
「シャーリヒッタ……」
コマンドプロンプトが発生時点から身を隠したのは、何か意味や理由があってのことのはずだと。シャーリヒッタはそう確信して、あえて黙っていてくれたのか。
深い信頼。まさに子が親に寄せるかのような深い、そして重い信頼だ。
自身にとっても母と言えようワールドプロセッサにすら、私について何も言おうとしなかったのはそういうことだったのだ。私が何をしようと、それは世界を護るためのことなのだと理解してくれていた。
シャーリヒッタが、不意に俯いて言う。
『だからよ。先だってのアドミニストレータ計画最終局面で、アドミニストレータのはずの山形公平が覚醒した時はそりゃもう驚いたぜ。同時に納得もしたし、後悔だってした』
「後悔、ですかー?」
『せめて、オレくらいは父様に寄り添えなかったのかってな。あのままことが進んでいたら父様は、孤独なままに自身を犠牲にしていたんだ……すべて一人で抱え込んで、全部の責任を引き受けて消えようとしていた。娘として、どうしてもっと傍にいようとしなかったのかって今さら、後悔してるんだよ』
その言葉に、軽い沈黙が下りる。シャーリヒッタのあまりに健気な姿に、みんな何も言えないでいる。
黙っていてくれたばかりか、その末に私がやろうとしていたことに対して胸を痛めているのだ、この子は。
500年間想っていた父親が、ついに表舞台に姿を見せたと思ったら直後、すべてをやり直して消滅しようとしていた。結局は奇跡も起きてどうにかなったけど、だからこそこうして今、そのことを振り返って悔いがあるのだろう。
……気まずい。これあれじゃん、シャーリヒッタからしたら育児放棄した挙げ句に今さらノコノコ出てきて、しかもいい感じの死に方して娘の心に傷を残すタイプの親じゃん、俺ぇ〜。
『結果的に今もこうして世界は続いてるし、父様は山形公平として生きてくださっている。問題はなくなったからよ……今こそ、ようやくさ。500年越しに言いたいんだ。オレはあなたの娘です、やっとお会いできました、お父様ってな』
「…………公平殿。人の親として願うのだが、どうかこの子に応えてやってはもらえないだろうか? 親子に相当する関係ではないと理解はしているのだが、ここまで健気だとな」
「ハッハッハー。まあ親子って認識はともかくとして、健気なのは間違いないよねー」
「ミスター・公平にももちろんやむを得ない事情があったのですが、それも一段落しましたからね。そろそろいいのではありませんか?」
「う……」
涙ぐんで微笑みかけてくるシャーリヒッタに、周囲の大人達の同情が集まる。
俺にも俺の事情があったのを踏まえた上で、でもソレも終わったんだから認知くらいしなよ、みたいな目を向けてくるのだ。
うん……正直俺も、ここまで想ってくれてる子に対してそんな無碍にするほど鬼じゃないつもりだ。500年ほったらかしにしちゃったけど。
親子関係ってところにはやはり擬似的なって前提を入れたいと思うけど、それでいいなら父として、娘を労いたいと思う。
立ち止まり、娘へと向き直る。
俺は静かに、この子の名を呼んだ。
「シャーリヒッタ」
『……お父様』
「ええと……ありがとう。今までずっと、陰ながら俺を支えてきてくれて。シャーリヒッタのような子を持つことができて、私は幸せだ。今までろくに話もできなくて、本当に悪かった。ごめんな」
『…………そのお言葉で、オレのすべてが報われました』
コマンドプロンプトとして、山形公平として。500年もの間、尽くしてくれた子への感謝と謝罪。
心からの言葉に、シャーリヒッタは一筋涙を流し……そして、晴れやかな笑顔を見せてくれた。
『お父様こそ、500年にも亘るはるか孤独な奮闘、本当にお疲れ様でした。寄り添うことさえできなかった不出来な娘ですが……よければこれからも、あなたを父と呼ぶことをどうかお許しください』
「あっ……ああ。まあ……ち、血の繋がりはないけど、呼びたければ呼んでくれていいよ、うん。あと不出来じゃないから。立派に務めを果たしてくれてるじゃないか、その、うん」
『ありがとうございますっ、お父様!』
無邪気な笑顔。この顔を見れただけでも、うん。シャイニングパパ形プロンプトになったのもまあ、うん。
……15で子持ちかぁ。複雑だ、あまりにも複雑だぁ。
決戦直前についつい、空の高く青いことを確認してしまう遠い目の俺ちゃんだった。
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