水清ければ魚棲まず、クリーンなだけでは大ダンジョン時代は成り立たず
精霊知能シャーリヒッタの協力を受けつつ、直近でも明日以降に倶楽部の隠し拠点を制圧する段取りで話を進めているらしいヴァール達。
当然俺もそこに参加させてもらうわけだが、ワールドプロセッサ直々の指示に沿うのであれば他のみんなとは明確に役割が異なるだろう。
何せ相手がおそらくだけど、人間じゃないわけだしね。
「火野についてはシャーリヒッタが俺の代わりについてくれる。バグスキル剥奪どころかステータスの消去までできるからそこは問題ないにせよ──」
「細かいところではあるが山形公平。火野のステータスは残す方向で話を進めたい。レベル、称号、スキルは最小限度に弱体させたいが、そもそもオペレータでなくさせるわけにはいかんのだ」
「…………ああ。裁判の時に話がややこしくなるからですね」
急に、シャーリヒッタによる火野への処断について方向性を明かすヴァール。そこにやや遅れてマリーさんが、得心したように反応する。
裁判……そうか、火野が逮捕された後の司法による裁きを考慮しているのか、彼女達は。
現世の人間社会においては世界的な風潮として、オペレータによる犯罪は非能力者のそれに比べても相当な重罪として扱われる。
たとえスキルを使わずとも、オペレータであるという時点で罪状が厳しく問われるのだ。
スキルや称号、レベルを備えている以上そこは明確に区別していかなければならない。
これは大ダンジョン時代特有の判断基準の一つであると同時に、だからこそオペレータは探査者として定められたルールの枠内で生きていかなければならないという戒めでもあった。
WSOが本格的に組織されるまでの間、世界的に相当な無法状態だったみたいだからな……戦争にまでオペレータが動員されたという話だし、多少の縛りは仕方ないのかもしれない。
ともかくそんなわけで、オペレータと非オペレータとの間には、それだけで罪を犯した際に課される罰というものに開きがあるのだ。
今回、ヴァールが危惧しているのはシャーリヒッタが火野のオペレータとしての権限を根刮ぎ消去することで生じる、本来課されるべき罰が著しく減少してしまうという事態だった。
無表情のまま淡々と、俺達に説明してくる。
「ある日突然ステータスをすべて失う……などという現象はこれまでに一度として存在していない。だからこそもし火野がオペレータでなくなった状態で逮捕され裁判にかけられた場合、非能力者扱いを受けて罪状が少なくなる可能性が高いのだ。これは避けたい」
「一度剥奪してから、逮捕後に再度ステータスを付与し直すというのはできないのですか? 連続性はなくなりますが、能力者であることは証明できましょう」
「無理だな。ステータスを再度付与するという処理からして難しいところではあるのだが、それ以上に事実上の初期化処理になるのが法的にまずい」
サウダーデさんの提案に、難しそうに考え呻く。ヴァールとしても火野のステータスの扱いについては、何が最も安全で、かつルールの範囲内におさめられるかを模索はしているみたいだ。
それでもやがて、首を横に振って彼の質問に答えた。
「そもそも火野は全探組に、78年前のものとはいえデータが登録されている。今回の件で警察も確認していることであるから、何をどうしようがその辺の言い逃れはきかせられない。当時に近い状態まで弱体化させる程度にしなければ、最悪よく似た別人扱いと判断されてしまう恐れがあるのだ」
「なるほど。無法に近しい提案、失礼しました」
「気にするな。火野のデータが残っていなければ、ワタシもその手を打っていたように思う」
肩をすくめるヴァール。淡々としつつもどこか陰の差すその表情に、WSO統括理事の裏の顔としての一面を垣間見て俺は静かに怖さを感じていた。
サウダーデさんもだけど今の案は事実上、非能力者にステータス機能を付与して前からの犯罪能力者だったことにする、という行為に近いわけで……ぶっちゃけ相当ブラックなやり口のように思える。
火野が本当に犯罪能力者だからなんとなく有効に思えるものの、そうでなければ冤罪を仕立てますって言ってるからね、これ。
躊躇なく提案したサウダーデさんもだけど、清らかなだけではやっていけなかったんだろう大ダンジョン時代の裏側を感じさせる。いや本当、怖いんですけど!
「怖ぁ……」
「ヴァールさん、クリストフ。あんまり若い子の前で無茶なことを言わんほうがいいと思うよ、ファファファ! 気持ちは分かるがそういうのはもう、少なくともこの日本じゃアウトなやつだからね、怖がっちまうよ」
「む……失礼した、皆様方。老害の戯言と思って聞き流してくれ。こんな手管は、後世に残してはいかんからな」
「というかコマンドプロンプト。冷徹に厳格にすべてをなかったことにして最初からやり直そうとした、あなたには怖がられたくない気持ちがあるのだが……」
むぐ。それを言われると反論しづらい。
手段の選ばなさではコマンドプロンプトの《滅尽滅相、大ダンジョン時代》も似たようなものだからなあ。
結果的に土壇場で方向転換できたってだけで、こっちはマジで発動までいっちゃったわけだし。
怖ぁ……ってのはさすがにこの場合、使えないかもなあ。
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