かくして彼女はリスタートした
過去のトラウマ、そして愛弟子に追い抜かれた焦燥感やコンプレックスを突かれ、真人類優生思想へと染め上げられた青樹さん。
そこから先はすでに俺達も知るところだ。勧誘活動を行い、関口くんを唆し、そしてその結果──弟子だった香苗さんに見限られ、本当の意味での孤独になってしまった。
「私と物別れになったのが、彼女もやはり、堪えていたようでした……そこを機に一気にメンタルがおかしくなっていったと、青樹さん自身が語っています」
「そこまで冷静に自分を省みることができるのか……こう言っちゃなんだけど、ずいぶん物分りがいいね?」
エリスさんがやや、首を傾げた。青樹さんが極めて冷静、かつ客観的に自身を振り返っているようなのが、不思議に思えるみたいだ。
まあ、どんな事情があれど過去数年に亘り倶楽部幹部として暴走していたわけだしね。昨日だって、話の通じる状態ではなかったし。なんでいきなりそんな風に? ってなるのは俺も思うよね。
「普通、敗れたからってそこまでの変わりようにはならないと思う。自身のアイデンティティにも関わる話であれば、なおのことね」
「そうですね……やはり救われたとはいえ、一時モンスターにまでなってしまったことが相当堪えたのかもしれません。私が面会に訪れた時点で、青樹さんの意気はすっかり萎えているように思えました」
「私も見ましたよ、師匠。火野の裏切りとモンスター化で、なんでしょう心が折れた? 感じに見えましたねー」
信頼していた火野からの裏切りと罵声。そして自身が人間ですらなくなり、無理矢理モンスターにさせられてしまったという事実。
経歴から考えて、真人類優生思想や倶楽部に依存していた可能性のある青樹さんにとって、それは致命傷だったのかもしれない。
逮捕されてステータスを封印されているというのもあるにせよ、数年間の活動を根底から否定されたというのは、心が折れるのには十分な衝撃のように俺には思える。
亡き同胞達に意味を与えるべく活動していたと言うのなら、それさえ否定されてしまってどうすることもできなくなったのかもしれないな。
「……拠り所を奪われてプライドが根こそぎ崩れたか。元より自分は真人類のはずだ、という思いの一心で活動していたようだし、きっかけとなった火野直々に最悪な形で否定されれば、そうもなるものか」
「今でも、彼女は自分は選ばれし真人類のはずだ、そうでなくてはならないと考えているようです。でなくば自分という存在に価値などないし、犠牲となった者達は本当に火野曰くのゴミとなってしまう、と。そこだけは譲れないと、そう言っていました」
「呪い……ですね。そこまでいくと、もう」
葵さんが、痛ましげにつぶやいた。呪い。
紛れもなく青樹さんは自分自身を呪い、真人類優生思想に縛り付けられてしまっている。
罪悪感と責任感、使命感、そして強迫観念。自分一人だけ生き残ってしまったという想いが、結局のところ彼女の原動力なのだ。
そこに真人類優生思想という受け皿を用意し、依存させてしまったのは火野の手管によるものだけど……たとえそれがなくとも、青樹さんは結局別の何かに依存してしまっていたことだろう。
妄執の権化。青樹佐智という人は、本当の意味では生きていない。
背負ったものの重みに潰されて、誰かに何かに依存しないと生きることの真似さえできないくらいに、心が死んでしまっているのだ。
「自分自身の存在に、確固たるものを持てないままに成長した結果……香苗さんや火野に縋り付くしかなかった。哀しい、人ですね」
「今回、そうした依存先をすべて失ったタイミングで彼女と話ができてよかったと、心から思います。本来の彼女、冷静な青樹さんに触れ、お互いの思うところを伝え合えたのですから。もう少し遅ければ、きっと……今度もまた、別の依存先を見つけて暴走していたことでしょう」
「とはいえ、真人類優生思想には未だに依存しているように思えるけど。まあ、特定個人に入れ込んでいるわけじゃないから、そこはまだいいのか、な?」
「異端極まる思想ですけど、だからって内心の自由は取り締まるわけにいきませんからねえ。思うだけなら勝手、行動に移したらアウトというのは、この手の話の基本ですねー」
ある意味、火野に裏切られたのは彼女にとってよかったのだろう。依存できる誰かを失くして一人ぼっちになった、ノーガードのところを香苗さんと面会できた。
互いの事情を打ち明け合い、相互理解を深めることができたのだから。そして青樹さんは香苗さんの本心を知り、自身にも非があったと冷静に受け止めることができた。
そしてどうやら、和解に近い状況へと到達できたみたいなのだ。
香苗さんは穏やかに微笑み、俺達へと言った。
「青樹さんは過ちを受け入れ、大人しく罪を償うことを選びました。そしてその中で一人で過去と向き合い、何がいけなかったのか、どうするべきだったのかを考えていきたい、と言っています」
「そうですか……ひとまずはよかったです」
「公平くんにも謝罪をしていました。私を救ってくれた救世主様に刃を向けたこと、後悔しているようでした」
『香苗を救ってくれた恩人に、私はひどいことをしてしまった……もう、何が正しくて何が間違っているのか私にはわからないけれど。きっと、これまでの私は間違っていたというのだけはたしかだと思う。すまなかった、本当に申しわけないことをした……山形公平。香苗を救ってくれて、本当にありがとう』
──そんなことを、彼女は言ってくれたらしかった。
自身の善悪の判断基準すらなくして、それでもなお弟子を想い俺へと感謝する彼女は、やはり道を間違えてしまっただけの、思いやりのある素敵な人だと思える。
本当に、やりきれない気持ちだ……せめて罪償いをする中で、どうか本当の自分を見つけ出して、彼女なりの人生を歩き出せるようになることをただ、祈るばかりだ。
青樹佐智のこれからに幸いあらんことを。
俺は、そう願わずにいられなかった。
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