被害者が加害者になってしまった日
「人造能力者として覚醒し、その後しばらくレベルアップに努めていた青樹さんでしたが……間もなく、転機が訪れました。孤児院が廃業し、同時に行われていた人体実験も中止となったのです」
青樹さんの過去。たった一人の人造オペレータ完成作としてステータスを得た彼女は、けれど唐突に地獄の環境から抜け出すこととなった。
何があったか人体実験施設である孤児院が潰れたというのだ。
「組織の者達は当然、完成品であった青樹さんを何処かへ連れ去ろうとしていたそうですが……青樹さんはすでに身につけていた無想無念法を駆使して逃れ、たった一人、孤児院から脱走を果たしたとのことでした」
「無想無念法……っていうと山形くんが言ってた、気配を断ち切る歩行法のこと、ですよね?」
「はい、そうですね葵さん。青樹さんオリジナルの技術で、弟子だった香苗さんも受け継いでいる、とんでもない技術です」
こないだ青樹さんと、短い間ながら交戦した葵さんへと俺は答えた。無想無念法……以前香苗さんが使っていたのを見たことあるけど、本当に、すさまじい技術だった。
気配も物音も遮断し、自身の意識すら無の境地に至らせることで発動する、相手の目の前を相手に気づかれずに通り過ぎるというわけの分からない技法。
ぶっちゃけ言うけど半分バグみたいな挙動だし、たぶん青樹さんのバグスキル《次元転移》も元を糺すと、無想無念法がきっかけで獲得したんだろうなって感じがする。そのくらい無茶苦茶な技なのだ。
「スキルやレベル、称号効果なんかも一切関係なく発動してしまえる時点であまりに異質です。正直、あれを誰に教わるでもなく編み出した青樹さんは天才なんて言葉じゃ済まされない」
「とはいえ今や青樹さん自身の無想無念法は、著しく劣化していますが……本人も今朝、自嘲していましたよ。目先のスキルに依存しっぱなしで、自身の実力を伸ばすことを忘れていた、とね」
「そう、でしたか……」
スキルやレベルなど関係なしに、自前の力量の最果てに得た技法・無想無念法。
システム側からしても異質極まりないその技法はしかし、バグスキルによる上位互換能力を得たことですっかりと錆びついてしまっていた。そのことは他ならぬ青樹さんが誰より、痛感していることなのだろう。
昨日、葵さん相手に見せた無想無念法は正直、香苗さんのそれに比べて酷く稚拙だったと言わざるを得ないものなあ……
便利さにかまけて鍛錬を怠るとすぐに劣化してしまうというのを、あの時の青樹さんは見事なまでに体現してしまっていた。まあ、全盛期のままだったらそれはそれで、相手するのに苦労していたとは思うんだけれどね。
日々の積み重ねって大事だなあ、という教訓めいた話はそこそこにして、ともあれ孤児院は潰れて青樹さんは脱走した。
16歳にして、生まれて初めての自由を獲得したのというのだ。
「脱走した青樹さんは、そのまま探査者として活動をはじめました。元より金銭面で困ることはない仕事ですから、すぐにマンションの一室を借り、一人で自立した暮らしを確立できたようですよ」
「逞しいですね……さすがというべきか、なんというか」
「ただ、その頃からすでに実験を受けていた頃のトラウマや生き残った罪悪感に、苦しめられるようになったとも言っていましたね」
沈痛な面持ちで香苗さんが言った。自由を得ながらも過去の経験に苦しむようになった青樹さんの、想いを今になって初めて知ったのだ。
過酷を通り越した凄惨な実験の中、たった一人生き残った自分。その頃のことがトラウマになったというのは、聞いているだけでも頷けてしまう話だ。
彼女はそうやって以後、過去を背負って苦しみながら生きてきたんだろう。その中で香苗さんに出会い、そして、火野に出会った。
未来への希望を弟子に持ちながらも、過去の妄執に捕捉されてしまったのだ。
「弟子に取った私が、彼女を越えてA級になった時点でまた、青樹さんは不安定になりました。自分は実験を経て覚醒したのに万年B級止まりということで、天然の探査者に対してのコンプレックスや実験の犠牲になった者達への罪悪感が、芽生えたらしいのです」
「そしてそこを、火野につけこまれた」
「ええ──自分を生み出すために死んでいった犠牲者達に申しわけが立たないと思わないのか、と。そのようなふざけた責任転嫁を、けれど情緒不安に陥っていた青樹さんは真に受けてしまいました。自分という存在、そしていなくなった者達には絶対に価値があるはずだと思い……それが転じて、自分こそが真人類なのだという理論を展開させるようになったのです」
「火野め……! なんの罪もない完全な被害者によくも、そんな戯言をぬけぬけと吹き込んだ……!!」
エリスさんが、怒り心頭で今ここにいない火野を糾弾した。俺も、はっきり言ってあの老人には不快感と怒りを抱いている。
ただでさえ悲惨な生い立ちで、自由の身になってからも消えないトラウマに苦しんでいた青樹さん。
そのような境遇の中で、しかも弟子には追い越されるという立場にコンプレックスを抱いていたところに、やつは突然現れてさらに彼女を追い詰めたのだ。
今のままでは実験の、犠牲となった子達に申しわけが立たない、などと……まるで青樹さんが加害者だとでも言うような論理の擦り替えを行い、不安定な心を決定的に壊した。
そして彼女は真人類優生思想に陥り、倶楽部幹部・青樹佐智へと至ってしまったのだ。
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