幼年期なんて、あっという間に過ぎていくものだから
大ダンジョン時代が始まって以降の100年の間、世界の裏側で密やかに、けれど確実におぞましい行為を繰り返してきた者達。
今回の件にも大きく絡む委員会という組織は、なんの罪もない子供達を多く犠牲にし、人造オペレータというあまりにも哀しい存在を生み出すに至っていた。
何十人、いや何百人にまで到達しているという、そんな屍の果てに──
青樹佐智という"成功作"を生み出したのだ。
「人造能力者として覚醒した青樹さんは、その後もしばらく実験の一環としてダンジョンに潜らされ、モンスターを討伐していきました。ステータスは獲得したものの、その時点ではレベルは当然1、スキルも皆無だったらしく、本当に能力者としての機能を発揮できるのか疑われていたそうです」
ステータスこそ発現できたとして、スキルをそのまま獲得できるかどうかは未知数だった。それゆえのダンジョン探査なのだろう。
とりあえず探査をしていけば、スキルはともかくレベルは上げられるからな。
ちなみに称号に関しては現段階でもnull表記だったことから、ワールドプロセッサ以下システム側も、彼女の素性については知らなかったと考えられる。
スキル獲得はオートプログラムによるものだしある程度、オペレータが勝手に条件を満たして勝手に狙ったスキルをゲットする形にはなるけど。称号についてはワールドプロセッサや称号担当の精霊知能達が把握するオペレータに対してのみ、随時更新が行われる仕組みになっているからね。
つまりは非正規な形でステータスを得た青樹さんの存在を、おそらくは神社で遭遇するあたりまでシステム側も把握していなかったのだ。
初対面の時点で彼女のデータを確認くらいはしたと思うけど、そこでようやく異常に気づいたと見た。言葉少なながら、精霊知能を3体も現世に投入することを決めたのはその辺も関係しているだろう。
「称号同様、おそらく覚醒時点ではスキル欄もnull表記だったでしょうからね……昨日も言いましたけど本来、そんな状態は現世において絶対にあり得ない状態ですし」
「孤児院に所属していた時点で全探組への加入も済ませていたようです。怪しかった称号のnull表記については……おそらく鑑定士をどうやってか買収したのでしょうね。社会的には《暗殺者》という形で誤魔化されたとのことでした」
「探査者も、条件が整えば抱き込まれるわけですね……」
全探組というか、社会のシステムが脆弱だ、などとは思わない。どんな時代のどんな社会構造にもこうした隙はあるもので、そこを突かれるのはこの際、仕方のないことだ。
むしろこの辺はオペレータというか、現世に判断を委ねすぎていたきらいはあるかもしれない。少なくとも倶楽部周りについては、システム側が人間の悪意をそこまで危険視していなかったのが露骨に裏目に出ている場面ばっかりだ。
これ、言っちゃうとシステム側の落ち度なんだろうなあ……
邪悪なる思念を滅ぼすために現世を巻き込み、生まれることが分かり切っていた歪のすべてを無視して、ここまで突き進んでしまった。
いわば今回の件はシステム側のせいで起きたようなものだし、申しわけなさについ、頭を掻いて呻く。
「……ある意味、システム側が現世を歪めてしまったことを示している案件ではあるんですね、倶楽部にしろ委員会にしろ。大ダンジョン時代なんてものがなければ、青樹さんのような人が生まれることはなかったんでしょう」
「公平くん……? それは、そんなことは絶対に違いますよ」
現世を混乱に陥れたという点では、やってることが邪悪なる思念と大差がない。そう気づいて自嘲する俺を、けれど香苗さんは即座に否定した。
思わず彼女を見る。なんら迷いない強い瞳が、俺を真っ直ぐに見つめていた。
「香苗さん?」
「どんな思惑によるものであれ、私達人類には100年前、新たな力、新たな社会、新たな時代がもたらされた……それを受けてどのように振る舞うのかは、あなた達ではなく私達の問題です」
「んー……エリスさんもそろそろ、公平さんの正体ってやつに薄々、想像できちゃったりなんかしちゃってるんだけどさあ」
現世で起きた問題は、現世に生きるものの問題だと言い切る香苗さん。
それは、たしかにそうなんだけど……そもそもの発端がシステム側なので、人体実験まで行われているとなると、俺としてはそこまで開き直れそうにないんだよなあ。
加えてエリスさんが、俺の正体に察しがついたようなことを言いつつも真剣に、労るように俺へと言ってくる。
「だからこそ言わせてほしいんだけどね? 私達人間は、あなた方にただ庇護されるだけのモノではないと思うんだよ。自分達でこれまで歴史を積み重ねてきたし、これからも積み重ねていける。その中で発生した諸問題にもきっと、自分達の手で解決していけるだけの底力があると、私は信じている」
「そうですねー。だから、山形くんがそんなに落ち込むことないと思うんですよ、葵さんも。ていうかむしろこっちが申しわけないなーって……結局あなた方のお力添えをいただいている時点で、いわゆる自浄作用ってところについてはまだまだ難しいって思いますしね」
「エリスさん、葵さん……」
お二人の言葉は、どこまでも人間として、この現世に生きるモノとしての矜持に溢れている。
自分達の領域で、自分達と同じように生きる者達が起こした事件……であればきっと自分達で解決し、先へと進んでいけるはずだと。
果てしない未来を見据え、決して絶望に屈しない姿がそこにはある。
「これは、人間の問題なんです。手に入れた力を悪用し、多くの哀しい犠牲者を生み出した。その責任は、力を与えた者ではなく力を振るった者にこそ課せられるべきです。そしてその始末をつけるのも、人間であるべきだと私は思います」
「…………」
「公平くんだけでなく、システム側のすべてに言います。あなた達が途方も無い年月をかけ、その存在のすべてを費やして守り抜いてくださったこの世界は……私達にとってもかけがえのない、愛すべき世界です。必ず私達自身の手で、未来を護り切り開いてみせます。どうか、気に病まないでください」
俺だけでなく、ワールドプロセッサや精霊知能達まで含めたすべてのシステム側のモノ達へ、そう言ってくれる香苗さん。
その言葉は、たしかに俺の心を慰め、また励ましてくれたのだった。
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