あおきは しょうきに もどった!
香苗さんが病院を訪ねた時、青樹さんはすでに意識を取り戻していた。
すでに病室にはヴァールやマリーさん、サウダーデさん、ベナウィさんがいたようなのだが……一旦みんなには席を外してもらい、青樹さんと香苗さんの二人で話し合いを行ったとのことだった。
「人造能力者であることを暴露され、あまつさえ火野に切り捨てられたせいか……青樹さんは酷く落ち着いていました。虚ろと言ってもいいかもしれません」
「虚ろ……裏切られたことで、ですか」
「力なく笑っていましたよ。私に続いてこれで二度目、よくよく自分は信じたものに切り捨てられる星の巡りにあるらしい、と。若干、自暴自棄ですらあったように思えました」
青樹さんからしてみれば数年前に訣別した香苗さんも、昨日裏切ってきた火野も、経緯はどうあれ自分を見捨て切り捨てたという点においては、大差がないということか。
火野はともかく香苗さんからすれば、真人類優生思想に陥る形で先に裏切ったのは青樹さんのほうだと言いたいだろう。
いわゆる認識の齟齬というやつだな。お互いがお互いを先に裏切ったのだと、主張している状態にあるわけか。
そこから一体、どうやって二人の関係は改善されたのだろうか。話は続く。
「私はそこから、彼女と出会う前、そして出会ってから訣別するまでの思いを話しました。《奇跡》の存在も含めて、余すところなくすべてを」
「あのスキルはもう、香苗さんからは失われていますからね。隠す必要もないということですか」
「はい。ファースト・スキルで得た一度限りの蘇生スキル《奇跡》を発現してしまった私と、曽祖父がすべてをかけて護ってくれた過去。青樹さんはひどく驚きながらも、私がひた隠しにしていた理由を理解してくれました」
『そのようなスキルが……香苗に、与えられていたのか。ああ、それならばお前があんなにも弱っていた理由が今なら分かるよ。誰にも頼れず、誰をも信じられずに、唯一無二の味方だった曽祖父まで失っていたんだね、香苗……』
青樹さんはそんな風に語り、かつての愛弟子の歩んだ苦境を想い、涙したという。
師弟関係を構築していた時期には明かされなかった情報を手にしたことで、おそらくは青樹さんの中でもいろいろ、腑に落ちるところがあったんだろう。
なぜ香苗さんが弱りきっていたのかとか、なぜ誰にも心を開かないでいたのか、とか。
その理由が詳らかになり、また納得せざるを得ないだけの威力があったことから、彼女はそこで、ついにかつての自分がそんな弟子に何をしたのか、思い至ったらしかった。
香苗さんが、静かに、俺達へと語る。
「一人ぼっちだった弟子に、とどめを刺したのが自分だったのか……と。青樹さんは涙しました。こう言ってはなんですが、火野に裏切られて気持ちが萎えたことで、当時の聡明だった彼女が取り戻されたようにも私には思えます」
「香苗さんから見た時、青樹こそが先に裏切りのようなことをしたんだっていうことに、ようやっと気づけたわけだね」
「ええ。理知的で冷静で、けれど情に深くいつだって優しかったあの人の面影が、たしかに蘇っていました」
優しい瞳で香苗さんは微笑む。かつて憧れ、けれど今や失われたと思っていた師匠の姿を再び見ることができて、素直に嬉しさがあるんだろう。
香苗さんの事情について、青樹さんはしっかり理解してくれた。となると今度は、青樹さんの事情を香苗さんが、そして俺達が知らなくてはならない。
どんな経緯で、彼女はあそこまで至ってしまったのか……香苗さんの口から、真実が話され始めた。
「青樹さんは……6歳で親を失い天涯孤独になったのを、孤児院に拾い上げられてそこで16歳まで過ごしていたとのことでした。ただ、その孤児院そのものにこそ問題があった」
「孤児を使った人体実験施設。人力で人間にステータスを付与し、能力者を製造できないかという狂気の野望の、そこは隠れ蓑だったわけだね」
「……はい」
改めて聞いて、あまりにもおぞましい話だと感じる。親も身寄りもいない子供達を合法的に集め、その裏で実験体として使ってしまっていただなんて、吐き気がしてくる話だ。
青樹さんは6歳からの10年間、そんな場所で過ごしたのだ……過酷な人体実験を施されながらの、それは地獄の幼少期だった。
「投薬、人体改造、生物実験──他の孤児達同様、心も体も弄ばれる日々は、常に苦痛と錯乱、混乱と憎悪に塗れた狂気の日々だったと。そう、彼女は震えながらに語ってくれました。未だにトラウマで、夢に見ては汗まみれになって深夜、起きてしまうことも多々あるとも」
「……なんてことをっ! 人の命も身体も、心も尊厳さえも弄んで、そいつらはっ!」
「あまり細かいところまでは言いませんでしたが、青樹さんの知る限りでも数十人、数百人単位での死者がいたそうです……その孤児院だけでなく世界各地で、似たような手口で子供達が永らく、殺されてきてしまったと調べ上げたそうですから」
凄惨な話に、憤りを通り越してもはや血の気が引く。
委員会──倶楽部の上部組織がその実験を行った組織をも傘下に置いていたと火野は言っていたが。
どれだけの罪を重ねてきたと言うんだ、この大ダンジョン時代の間に……!
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