師匠と弟子と─ひとつの決着─
梨沙さん達との食事も終わり、エリスさんと二人で無事、御堂本家に戻ってきた。門前の警備員さんとはすでに顔パスの間柄で、なんだかちょっとセレブな気分、なんちゃって。
そのまま本邸に帰ると執事のじいやさんが出迎えてくださった。なんでも香苗さんと葵さんもついさっき、戻ってきたばかりとのことだ。
「山形様とモリガナ様がお戻りになられ次第、お話したいことがあるので山形様のお部屋まで伺います、とお嬢様からの言伝です」
「お話したいこと……倶楽部、いや青樹さん絡みかな」
「十中八九そうだろうねー。青樹佐智、助け出されたことで少しは頭を冷やしてくれてたらいいんだけれど」
探査者病院へ、逮捕され入院した青樹さんとの対話に赴いた香苗さんとその護衛の葵さん。
であるからには、今聞いた何かしらの話したいことってのはまず間違いなくその辺のことだろう。エリスさんと二人、顔を見合わせる。
青樹さんが極めて特殊な経緯で探査者になり、それゆえのトラウマを火野に刺激されて真人類優生思想に取り憑かれたというのは昨日、思い知ったけれども……
香苗さんとの対話によって何かしら、せめて少しだけでもこちらに歩み寄ってもらえたりはできたのだろうか? 抱える事情から、綺麗さっぱり脱却するってのはなかなか難しいとは思うんだけど、せめて非探査者の人達を見下すのだけはやめてほしいとは思うよね。
とにかくじいやさんから聞いた通り、ひとまず自室に戻る。待っていたらそのうち香苗さん達もやってくるだろうし、その時の様子で青樹さんとの対話の成否について判断しようか。
エリスさんも連れて自室に入り、とりあえず座椅子に座り落ち着く。
喫茶店でちゃんと注文できました? ハッハッハー見てたの? 恥っずーなどと他愛もないやり取りをしながらお茶を啜っていると、じきにオペレータの気配が2つ、この部屋の近くまでやってきていた。
香苗さんと葵さんだね。もうすぐ襖の前にいて、そっと声をかけてくる。
「公平くん、エリスさん。おかえりなさいませ、御堂香苗と早瀬葵です。お部屋に入ってもよろしいでしょうか」
「もちろんですよ、香苗さん葵さん。ただいまですー」
「ハッハッハー、ただいま葵」
「はっはっはー! おかえりなさい師匠ー」
もちろん入室を拒む理由のない俺達はすぐさま許可を出す。同時に襖が開けられて、香苗さんと葵さんが姿を表した。
二人の様子はごく自然に明るい。いや、心なしか香苗さんが晴れ晴れとした面持ちでいるな……どこか胸のつかえが下りたような、そんな感じの表情だ。
香苗さんが俺に、見るからに幸せそうな様子で話しかけてくる。
「どうでした公平くん。クラスメイトの皆さんとの古都は」
「いやー最高でした。商店街を一通り巡って、喫茶店とかハンバーガーショップとか行ったんですけどね。地元じゃ見かけないもんですからついつい、あちこち寄っちゃいましたよ」
「それはよかったです。ふふ、今度は私とも一緒にいろいろ、見に行きましょうね」
「えっ。あ、え、は、はあ。はい……も、もももちろん!」
めちゃくちゃ楽しそうに次のデートの約束を取り付けてくる。今度ってあなた、ナチュラルに次があること前提だもんよなあ。
このやり取りからもやはり、香苗さんがいつもよりわずかだがテンションが高く、うっすら興奮状態に近い状態からも分かる話だ。
おそらくこうしたテンションが主に伝道師の方を向くと、あの句読点が消えた怪文書アドリブが表出してくるものと見る。
これは、いけたのか?
判断は難しいが聞かないというのもおかしいし、そもそも雰囲気からして聞いてほしそうな感じはなくもない。
ええいままよと、意を決して俺は頷いた。
「あの、香苗さん……何かお話があるって、じいやさんから聞いてますけど」
「ええ。どうしてもすぐに、お伝えしたいことがありまして……意識を取り戻した青樹さんと今日の朝、面会しました」
「!」
やっぱり、か。ここまではことの結果によらず、必ず触れてくるとは思っていた。エリスさんも覚悟はしていたので、少し表情を引き締めて耳を傾けている。
ここからだ。青樹さんは何を思い、どのように香苗さんと話し合い──そして結果はどうなったのか。
香苗さんはやがて、真剣な顔をして俺たちに言うのだった。
「結論から言いますが、青樹さんは真人類優生思想から完全には脱却する気はないようです。非能力者の蔑視はさておくにせよ……たった一人生き延びてしまった者として、自分のことをせめて真人類であるとは信じていたい。そう言っていました」
「…………そう、ですか」
「そこについては、正直残念ではあります。彼女の辿った人生を思えば、否定しきれるものではありませんが」
真人類優生思想からの脱却はできない、と言う青樹さんがあまりにも哀しい。
思想としては到底認め難い内容だけれども、彼女が受けた凄惨な実験と、ただ一人の生き残りであるという自覚ゆえにあの思想こそがもう、青樹さんの心の拠り所になってしまっているのだろうというのは理解できてしまう。
亡き同胞達のためにも、自分を真人類だと信じ続ける……
それが青樹佐智という人の、今のアイデンティティなのだ。
犯罪者といえども、あまりに痛ましい経緯からそうなるに至ってしまった彼女を。たとえ俺のことを憎んでいるとしてもなお、悲しくやりきれない人だと思いを馳せてつい、俯く。
そんな俺に、しかし香苗さんは微笑んで告げた。
「──ですが。私とあの人の関係性については間違いなく、いい方向に進んでいったように思います」
「え……?」
「改めて、お互いのことを伝えあったんです……公平くんのおかげです。以前の訣別の時よりずっと、私も青樹さんも納得のいく話ができました」
真人類優生思想についてはともかく、香苗さんと青樹さんの師弟関係については、良い方向での進展が見られた、と。
そう、言ってくれたのだ。
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