でっぷりさん(出オチ)
葵さんと歓談しつつのお昼ごはんも済ませて、俺は彼女と二人、屋敷内をうろつくことにした。軽い食後の運動ってやつだな。
どこかに出かけてもよかったんだけど、いかんせん早起きして生活リズムがいつもと違うからか若干眠い。ひとしきり歩いたら部屋に戻って寝ようかなーなんて考えるほどだ。
そのためにも、腹ごなしがてらちょっと屋敷を散歩でもするか~と呑気なことを考えたのがよくなかったのかもしれない。
縁側でたまたま、通りがかった親戚の方に何やら絡まれてしまっているのだ。怖ぁ……
「ふん……このような小僧が氷姫を、いや本家を誑かしたと。まったくけしからん話だな」
「えぇ……?」
でっぷりとしたお腹をした中年男性だ。昨日には見かけなかった顔で、後ろに控える使用人の人に荷物を持たせているあたりたぶん、今しがた到着したのだろう。
その隣にはスーツ姿の男性がいて、俺を興味深く見ている。敵対的な感じではないけど、そこまで好意的でもなさそうだ。純度100%の好奇心って感じだな。
そんな、親子だろうか? 似てないから違うか、な二人。いきなり敵対してきた分家の人達に、俺は思わず周囲を見回す。
もしこの場に香苗さんなり本家の人がいたら大変なことになる。俺をきっかけに一族内で揉め事とか勘弁してほしいんだ本当に、一族クラッシャー山形になっちゃう。
挙動不審の俺に、でっぷりさんは恐れ慄いたと思われたようだ。
鼻で笑い、続けてさらに言ってくる。
「本家も落ちぶれたか……ものの真贋も分からんとは。あげく庶民に入れ込んで、まったく」
「旦那様、仮にも本家の客人に対してそのような仰りようは」
「構うものか! そもそも本家の青二才が悪い! 娘可愛さにこのような輩を囲い込んで重宝し、いたずらに御堂の名を貶めおってからに!!」
なんか激ぉこしてらっしゃるよ。怖ぁ……
話を聞くに俺が本家の方々に可愛がられているのが気に入らないんだろうけど、それにしたって本人を前に言うのか。俺の後ろで葵さんが、アホを見る目で彼を見ていらっしゃる。
何より本家の青二才だなんて、博さんをそうまで罵ってしまったのはとんでもない話だ。この人、本家の当主をそんな風に呼んでいい人なんだろうか? たぶん違う気がするんだけどなあ。
「うーん、どうしましょうか山形くん? 本家の人呼んでこようか」
「そうですねえ……ことを荒立てるのもよくないですが、ここまで言われるとこちらとしても、黙っているのもなんだかって感じですし」
「実害がないからって、放置しておける話でもないですねえ。何より普通に不愉快ですし」
俺と葵さんのひそひそ話。何やら対処を考えてくれているみたいだけど、葵さんにとってもでっぷりさんの発言は不快みたいだ。
まあ、護衛対象でもある俺が、普通に友人でもある俺がこう言われてたらそりゃあねえ。さすがに実力行使とはいかないからこそ、余計に思うところはあるみたいだった。
突然の嵐、暴風。
チンピラに出くわしたほうがまだマシだったまであるこの状況を、しかし止めたのは意外なことに彼の身内だった。
「旦那様」
「今なら見逃してやる、すぐに本家と縁を切り庶民らしく地べたを……なんだ」
「──《ここまでの案内ご苦労だった。もういいから黙って寝ておけ》」
いかにもな台詞を吐こうとしていたでっぷりさん。スーツの大学生っぽい隣の人が、一言呟いて彼を見た。
旦那様と呼んだあたり、この人も使用人かな?
──と。その時だった。不意にでっぷりさんが倒れ込んだ。
白目を剥いて、泡を吹いてひっくり返ってしまったのだ。
「ちょ、ちょっと!?」
「旦那様!?」
とっさのことに一瞬凍りつくも、俺はすぐさま彼に駆け寄った。使用人の人もやってきて、でっぷりさんの具合を確認する。
意識がない。だけど、普通に息はできてるから命に別条はないみたいだ。時折あうあうとうめいている辺り、そう長く気絶しているわけでもないだろう。
彼をこんなことにさせたらしい、男の人を見る。スキルの類を使った様子はなかったが、今のは……
葵さんがすっかり警戒して、彼に対して身構えている。いきなり人を一人、見ただけで意識を飛ばしたんだ。警戒せざるを得ないよな、それは。
一触即発の空気の中を、男は不意に動き出した。
膝を折って正座し、こちらに向けて深々と、謝罪してきたのだ。
「…………えっ?」
「雇い主が大変な無礼を働きました……申しわけありません、山形公平殿」
「えっ……いや、はあ。いや、それよりあなたは……」
いきなりめちゃくちゃ謝ってきた男性に戸惑うも、いや正直それどころではない。
この人、人間じゃないぞ。巧妙に偽装してるけど、魂が人間の規格じゃない。でっぷりさんを気絶させたのも、宿る魂そのものによる威圧じゃないか。俺がこないだ、青樹さん相手にしたのと同じ業だ。
となると、こいつは。
警戒度を一気に引き上げた俺を察してか、男はうっすら笑って俺を見るのだった。
「今日、このような下賤の輩に従ってまでここに来たのは……あなたに会いに来たからです」
「何者ですか、あなたは」
「しがない概念存在ですよ……私のことは織田、とでもお呼び下さい。よろしくお願いいたします、理の外にいる御方」
男……織田と名乗る概念存在は、そう言って穏やかに笑った。
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