邪悪なる思念もこれにはドン引き
精霊知能ヌツェンによる、青樹さんへの《system:スキルリムーバー》。すなわちバグスキル《次元転移》の剥奪はなんの問題もなく終わった。
眠ったままの彼女から手を離し、ヌツェンは立ち上がりまた、俺に向けて敬礼して言う。
『《次元転移》切除完了しました! ……この度は私のバグフィックスがこのような事態を招いてしまい、申し開きの余地も』
「いい、いい。大丈夫、君は悪くない……役割に沿ってバグフィックスを行い、ルールに基づいてバグスキルを創りオペレータに与えた。仕事をちゃんと果たしてくれているじゃないか」
沈痛な様子で怯えたように自責するヌツェンに、優しく声をかける。翠川の時もそうだし今回もだけど、ヌツェンの対応にはなんら問題はなかったのだ。
起きたバグに対して速やかに修正を施し、結果生み出したスキルを該当オペレータへの報酬として与える。これはシステム領域はバグ担当におけるマニュアルに、完全に従っている処置だ。
なんならバグスキル付与はワールドプロセッサだって絡んでるし。だからヌツェンに責はなく、問われるべきはどちらかというとワールドプロセッサ、そしてそもそものバグスキルの付与ルールそのものなのだ。
「バグスキルを与えるルールを撤廃するなり、あるいはバグスキルの効果をもう少しダウングレードさせるなり……その辺の対応は協議すべきだと思う。バグモンスターの件も含め、持ち帰って検討してみてもらえるかな?」
『もちろんです! 早急にスキル担当、ステータス担当、オペレータ担当、および現世システム担当の精霊知能を招集し、ワールドプロセッサ様との会議を行います!』
「主任、係長、課長、次長、部長の連名で社長に直談判しに行くような話だな……」
「そうなんですか? なんかこう、上位存在だろうモノ達の話としては、ずいぶん卑近な例ではありますねえ」
ボソリとつぶやくヴァールに、エリスさんがきょとんとしつつも言う。
たしかに会社に例えるとそうなるかもだけど、そもそもそういう例えをするあたり、相当現世ナイズされてるよねヴァールも。
さておき役割も果たし、ヌツェンが去っていく。
この後、システム領域はてんやわんやだろうな。バグスキルについてもだけど、バグモンスターなんて寝耳に水もいいところだし。
脳内でアルマがひっそり、嘯くのが聞こえた。
『人間をモンスターになんて、この世界の人間は面白いけど恐ろしいね〜。同胞相手になんでそんなことをするのか、さしもの僕にも理解しかねるよ。あれかな、文明が発展していくほどにそうなっていくものなのかな?』
面白がりつつも、割と真剣にドン引きしている様子だ。無理もないか……元々は邪悪なる思念の尖兵だったモンスターを、この世界の人間はどこまでも自分本位に利用しているわけだからな。
青樹さんが受けたという人体実験のこともそうだけど、どうにもおぞましい話ばかりで正直、疲れる。大規模な空間転移のこともあり、俺は一息ついてその場にしゃがみこんだ。
「あー……しんど。疲れたぁ」
「公平くん、大丈夫ですか!? 今、スキルを使ってキングサイズのベッドを用意しますのでそこでお休みになってください! 《光魔導》──」
「いや、大丈夫! 大丈夫ですから、帰って昼寝でもしたら元通りですから!!」
いつの間にか青樹さんを置いて、座り込んだ俺の傍に寄ってきてスキルを使おうとした香苗さん。
なんでもありか。《光魔導》でキングサイズのベッドってあなた、やりたい放題もいいところだよ? さすがにこんな、大穴の空いた近くでゴージャス気分で寝るわけにもいかないし彼女を止める。
「とにかく帰りましょう。えっとヴァール、この後なんか俺、やることありそう?」
「いや、大丈夫だ山形公平。ずいぶん負担をかけてしまったな……後は帰還してゆっくり休んでくれ。お前達もご苦労だった、後処理についてはワタシに任せろ」
正直もう帰って寝たいなーって、くらいにはかなり疲れている。そんな俺を慮ってか、ヴァールが微笑み労ってくれる。
彼女こそ、作戦に参加しつつも事前、事後の処理まで対応しなきゃいけないから大変だよなあ。
と、そうだ。一応聞いておかないと。
今回の作戦の目的の一つである、スレイブモンスターの殲滅。そこについての首尾はどうなったのか。
今や地下にもモンスターの気配は一つもないけど、成り行きだけは知っておきたいしね。
「スレイブモンスター、どうなった? 全滅したのは分かるけど」
「ああ、空間転移する直前に殲滅しきれているよ。ただでさえベナウィの初撃で大分削られていたのだ、あの数の探査者でかかれば倒し切るのは容易かった」
「そっか……こっちもご覧の通り青樹さんは確保したけど、火野に逃げられたのは痛いな」
「だが、どうあれ国内における倶楽部の活動は当面、不可能だろう。確実にやつらを追い詰めているのだ、これはポジティブに考えていいさ」
スレイブモンスターは全滅し、幹部の一人は捕まえた。
残るは幹部が2名のみ、という現状は倶楽部の元々の戦力を考えると、ほとんど壊滅寸前と言っていいかもしれない。
だが、火野源一。
あの、邪悪という言葉でさえ生温く思える卑劣な男は次、また何をしてくるかも知れない。加えてまだ見ぬ鬼島という幹部さえいるのだ。
手負いの獣よろしく、ここからさらに外道に手を染めるような連中でなければいいんだけど……どうにも不安になる俺だった。
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