誰もが持つその輝きを、何一つとして諦めたくないから
現れた巨大な肉の塊。モンスターと成り果てた青樹さん。
交戦する前にどうにか、どうにかこれを元の青樹さんに戻せないか。そう思い俺は、権能を使用した。
「《青樹さんはスレイブコアを食べてないからモンスターになっていない》! …………やはり駄目か。因果が繋がらない」
「繋がらない、だと?」
そもそもスレイブコアなんて食わされたからこうなったんなら、食わなかったことにすればいいんじゃないか?
そう思っての因果操作だったが、そもそも操作する因果そのものがなかった。さっきも試みて駄目だったし、無理とは思ってたけどやっぱりか。
戸惑うヴァールが見てくるので答える。
「肉体ごとモンスターになった人間なんてそもそも、この世界のどこにも存在し得ないモノだからな。アレは発生した時点でこの世のあらゆる因果から解き放たれてしまっている。ある種のバグだ」
「……いわばバグモンスターといったところか。バグフィックスは?」
「今頃システム領域でも泡食ってると思う。それこそヌツェンなんかは顔真っ青にしてるかもだけど……今すぐ対応するなんてのはさすがに無理だ、前例がなさすぎる」
何もかも青天の霹靂としか言いようがない。人間を、モンスターに変えてしまうなんて……それは邪悪なる思念ですらやらなかった行為だ。
この世界のデータベースには一切存在しない、まったく未知の存在。システム側の手でどうにかしようにも、今この場においてすぐというのは難しいと思われた。
「青樹さん……本当に青樹さんなんですか? あれが、あんなものが」
「にわかには信じられないけれど、公平さん? あの中に青樹の気配があるんだね?」
愕然と香苗さんがつぶやき、エリスさんが確認するように俺に問いかけた。
師匠の過去や変わり果てた姿と、立て続けに知らされた真実に明らかに動揺している香苗さんを気にしつつも、どうにか言葉を選んで答える。
「ええ。今見えているモンスターの身体の奥に、引っ付くようにですがオペレータの気配があります。ひどく、弱々しくなっています」
「そっか……あのさあ。あれを、ああなってしまった青樹佐智を助ける方法とか、あったりしないかな。正直私にはもう、何も思いつかないんだ。それこそ、殺す以外」
「人として救い出すことができなければ、事情はどうあれモンスターとして殺さねばならないだろう、な」
困惑して、弱りきったようにエリスさん。サウダーデさんも続けて、険しい顔で肉塊を見ている。
殺すという選択肢は、この状況であれば常に視野に入れざるを得ない。元は人間とはいえ、ここまで巨大なモンスターになってしまっては、放置するわけにもいかないのだから。
「っ……こ、公平くん」
俺を見つめる香苗さん。助けを求めるかのように、いや、本当に助けを求めているのだ。どうか師匠を助けてほしいと、救ってあげてほしいと一縷の望みをかけて、俺に縋りついて来ている。
────正直、賭けにはなるけど。と、俺はつぶやいた。
「一つだけ、打てる手が俺にはあります。モンスターの中にいる青樹さんに直接、打てる策がたった一つだけ」
「それは、救うほうですか? それとも殺すほう?」
「無論、救うほうです。上手く行けば人間としての青樹佐智を、そっくりそのまま取り戻すことができる」
ただし、そもそも策が不発に終わる可能性もある。そう付け加えて、俺は一同を見た。
肉塊の中にいる青樹さんに、俺が直接働きかける。それはつまりモンスターと交戦し、倒し切ることなく丁寧に少しずつ肉を破壊していき、内部の彼女のところまで道を切り拓かなければならないことを意味する。
規模的に間違いなくS級モンスターだろう青樹さんを相手に、だ。その危険性、リスクたるや計り知れない。
最悪、俺一人ですべてをどうにかしなきゃいけないだろう。なんてことを正直なところ、思っているわけなんだけど……
ここにいるみんな、少しの逡巡さえなく頷き、答えてくれた。
「よし! ならそれで行こう。公平さんを青樹の本体にまで送り届けるよ、ハッハッハー」
「了解です師匠! よかったー胸糞悪いことにはならなさそうですね、はっはっはー!」
「いやぁー先月の最終決戦を思い出します。あの時も私、ミスター・公平を目的地に送り届けるミッションをこなしたんですよ」
エリスさん、葵さん、ベナウィさんが明るく笑い、一も二もなく即答した。なんら迷いない人命救助への肯定。
殺人さえ視野に入れざるを得なかった状況に、一縷とはいえ望みが生まれたのだ。まずはそれをやってみて、救えるならば救おうと彼ら彼女らは、笑ってくれた。
「み、みなさん……! いいのですか。危険な作戦を、青樹さんを救うために」
「人の命を、切り捨てなどはしないさ香苗殿。何一つ見捨てないために、誰一人見放さないために戦う。探査者とは、そんな生き物であると俺は信じている」
「葵じゃないけどさ。胸糞の悪いことにならなさそうなら、そっちに賭けさせてもらうほうがよほど命の張りがいがあるさ。犯罪者だろうが人造能力者だろうが命は命! ……誰しもに一つずつ授けられたかけがえのない輝きなんだ。守り抜かなくちゃね」
サウダーデさんとエリスさんが、香苗さんに優しく笑いかけた。命を救うためならどんなリスクをも厭わない、命への信念を窺わせる言葉。
……本当に、なんて気持ちのいい人達だろう。どんな時でも希望を捨てず、最後まで最善を目指してベストを尽くそうとする姿勢に、心の底から尊敬と感謝を抱く。
香苗さんも同じ想いのようで、俯き、煌めく目元を拭うことないまま一言、言った。
「……ありがとうございます、みなさん」
「どういたしまして。さて! それじゃあやろうか、みんな!」
不敵な笑みで感謝に応じ、エリスさんが号を発した。同時に青樹さんに向き直り、俺達は身構える。
サウダーデさんが、バグモンスターを顎で指して聞いてきた。
「山形殿、青樹の具体的な位置は把握しているか?」
「ええ。今見えている肉の、ちょうど真ん中」
問に応じて俺は指差す。薄気味悪い桃色の肉が朝焼けに照らされる、悪夢めいた光景のど真ん中。
10数メートルはある巨体のちょうど中心部に俺は、青樹さんの気配を感知していた。
「……あそこになります。あの部分を、中心ギリギリにまで切り拓く必要がありますね」
「一気に大技ぶちかますと、それはそれで青樹の身が危ないか。ベナウィさんの《極限極光魔法》はそこ以外を狙わないといけないね」
「青樹までの道を掘削するのは俺が受け持とう。《炎魔導》の火力と範囲であれば、よりスマートに目的地へたどり着ける」
今回の目的上、たとえば攻撃範囲に青樹さんが含まれていたら割とアウトだ。下手すると救い出す前に死なせてしまうことにもなりかねない。
そのため本体への先導役としてサウダーデさんが付き、ベナウィさんが周辺の障害物を破壊する役を担うこととなった。
次いでヴァールがエリスさんを見て告げる。
「あの胴体の拘束はワタシとエリスで行う。葵は御堂香苗とともに後方にて待機。万一にも火野が向かってくるかもしれない、しっかり警戒を怠るな」
「分かりました!」
「待ってくださいヴァール! 青樹さんを取り戻すのであれば、私も──」
攻撃役であるサウダーデさん、ベナウィさん師弟のフォローをヴァールとエリスさんのタッグが担う形となる。
そして香苗さんと葵さんは後方にて待機、と。まあ火野はもう逃げてると思うけど、万一変な横槍を入れられても困るからね、備えあれば憂いなしってやつだ。
しかし、とはいえ青樹さんを救う戦いともなれば参加したいのが弟子としての香苗さんの心情だろう。
食い下がる彼女を、ヴァールは断固たる態度で跳ね除けた。
「駄目だ。師を殺すかもしれん戦いに、弟子であるお前を参加させるわけにはいかん。命令だ……ここは任せてくれ」
「っ! ……わかり、ました」
厳しい物言いではあるが、その表情は香苗さんを労り、気遣う色が強い。
他人の、そうした心配りを無碍にする人じゃない香苗さんは、息を呑みつつもただ、力なく頷くばかりだった。
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