"真人類"を志した者の成れの果て
──青樹さんの身体が膨張し、変異していく。
「うぶぅぇええぁぁああっ────!?」
「青樹さん!?」
肉の塊へと変型し、どんどんと膨れ上がっていく人間の体。その姿は以前、邪悪なる思念が己の片腕を、ドラゴンへと変異させた時の様子にも似ている。
人間がモンスターになる、と言っていたが……この異常極まる光景はまさしく、俺の目にもモンスターへの変異が起きると納得させる、おぞましくも冒涜的なものだった。
何が起きるか分からないけどこれはまずい! すぐさま因果を操作しようと、俺は権能を用いようとして──
「《青樹佐知はスレイブコアを》────!? こ、れは……っ!?」
「公平さん!?」
「────くっ、空間転移! 俺と香苗さん、エリスさん、葵さん! そして上層にいる探査者全員をまとめて施設外へと転移させる!」
直前の、青樹さんからの警告と俺自身に走った危険な直感。
そして何より今、青樹さんに因果操作を仕掛けようとして失敗したことを受け、俺は即座に完全退避のムーヴに切り替えた。
青樹さんだったモノはすさまじい勢いで肥大化していく。このままだとあと数秒でこの部屋が圧迫されてしまう! 異常なペースだ、まともに脱出する時間がない!
各人の足元にワームホールを生成する。強引に落とし穴に引っ掛ける形になるが緊急事態だ、勘弁してもらいたい。
次々生み出される転移の穴に、上層の探査者から下層のエリスさん、葵さんまで呑み込まれていく。
俺と香苗さんも転移するわけだけどその寸前、彼女は俺に問い質してきた。
「あ、青樹さんは!?」
「どうにかするにしても今はまずい! 本当に全員巻き込まれてしまいます!」
「…………っ、火野源一ィッ!!」
泣きそうに顔を歪めさせながら、青樹さんをヒトならざるナニカへと変生させてしまった元凶、火野の名を叫ぶ。
やつはもうこの場にはいない……転移はさせていないから施設内にはまだいるとは思うけど、今はやつに構っていられる状況じゃない。
絶対に許さない。その決意を抱きつつも俺達も瞬間、施設の外へと転移した。
日が昇り始めた黎明の空、ひそやかに明かりが灯っていく平野に探査者達がみな、すでに集まっている。
「こ、ここは!? 施設の外か、何が起きた!?」
「くっ、無事か全員! 負傷者はいるか!?」
「各班、点呼を! 負傷者がいればすぐに後退! 何が起きるか分かりません!!」
突然落とし穴に嵌ったと思えば視界が切り替わり、気づけば外界の光を浴びているのだ。いかな探査者達といえどこれには仰天するよな、そりゃ。
戸惑うモンスター討伐チームに、ヴァールとベナウィさんがすぐに点呼を呼びかけた。サウダーデさんも困惑した様子だったがすぐ、俺達を見つけて声をかけてくる。
「エリス殿! 一体何が、幹部達は一体!?」
「くっ……私達にも何がなんだか。ただ、青樹の身にとんでもないことが起きた。そしてとっさの避難で公平さんが、この場にいるみんなをここへと転移させた。それはたしかです」
ヴァール達も気づき、こちらに駆け寄ってくる。まったく不可解な成り行きに混乱する彼らに、エリスさんも半ば以上理解不能ながらなんとか現況を説明する。
青樹さんが火野によって食わされたコア……スレイブコアにより肉体を変質させ、猛烈な勢いで肥大化してしまった。間違いなく全員脱出には間に合わないため、とっさの判断で俺がみんなを転移させた。
地下からは止め処なく震動が伝わってくる。倒れはしないがしかし、無視できない規模の強さだ。
間もなく青樹さんだったモノは地上にも現れるだろう。そうなる前に、どうにか態勢を整えないと。
「人間がモンスターに……!?」
「馬鹿な、あり得ない! ……と言いたいが、事実起きていることを否定するわけにもいかん。なんということだ……」
「つまりこれから現れるモンスターは元人間、倒すことは殺人にも繋がりかねないということですか。おぞましい手を打ってきますね……」
サウダーデさん達もにわかに信じ難いようすではあるものの、今起きていることがすべてだ、否定はできない。
倶楽部、いや委員会による悪辣極まる非道の数々。その結晶体とも言うべきモノがもう、間近に迫っているのだ。
どうにかしなければならない。ヴァールは速やかに指示を出した。
「……モンスター討伐班、撤退! 本隊とサウダーデ、ベナウィ、ワタシを除き全員後退しろ!」
「いいんですかヴァールさん。手数は多いに越したことないと思いますが」
大胆な指示。この場にいる数多の探査者を軒並み下げて、実質俺達だけで青樹さんの相手をするというのだ。
エリスさんが思わず尋ねるのを、彼女は力強く頷いた。
「敵も、起きていることも何もかも未知数すぎる。震動の規模からして、S級モンスターにも匹敵する化物が出てくるだろう……精鋭でなければ無駄死にが出てしまう。それは避けたい」
「あの階層から地上に出てくるほどに肥大化するんなら、そりゃまあたしかに規模的にはS級クラス、ですか」
「ならば討伐隊にはある程度下がり、安全圏の確保を頼みたいのだ。万一でも被害を拡大させるわけにはいかない」
つまりはS級探査者を中心としたメンバーで青樹さんに対応し、残る探査者で被害の拡大を防ぐ方向にしたいということか。
そっちのほうがいいだろうとは俺も思う。地下で肥大化していく気配は、どう考えても尋常のものではない。たとえスレイブモンスターを相手に一歩も引き下がらなかったメンバーといえども、モンスターと化した青樹さんを相手取るには不安がつきまとうのはたしかだった。
「討伐隊は退避しろ、後ろへ下がれ! じきここに、S級モンスターが現れるぞっ! 逃げろーっ!!」
「絶対にこの周辺に誰も近づけるな! この場は我々が受け持つ!! 巻き込まれる前に逃げてくれ、みんなっ!!」
エリスさんとサウダーデさんの必死の叫びを受け、探査者達は顔色を変えて走り去っていく。
S級モンスターなんてモノ、A級までの探査者にとっては明らかに荷が重い。一刻も早くこの場から逃げてくれ……そう、思いながらも。
「来るぞっ! 総員、構えろ!!」
『────アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
ヴァールの声と同時に、ソレは現れた。
施設の跡地、地面が盛り上がる。大地を崩落させながら、桃色のナニか、肉のようなものがせり上がって姿を見せたのだ。
「……青樹、さん?」
「なんだ、コレは……脂肪の、塊?」
「いやに生物的な……気配の上ではたしかに、これはモンスターだが」
巨大な肉の塊。そう形容できるようなモノがそこにはあった。生理的嫌悪感を否が応でも想起させる、おぞましい色合いと形。なるほど脂肪を数十メートル分積み上げれば、こんな風になるのかもしれない。
その、肉の塊こそが間違いない、青樹さんだった。巨大なモンスターの気配の奥底、中心部にたしかにオペレータの気配を感じ取る。
スレイブコア……スレイブモンスターを生み出すためのモノを人間が食べると、こんなことが引き起こされてしまうのか。
青樹さんの成れの果ての姿を前に、俺達はとにかく戦闘態勢を取った。
Monster青樹のイメージはアレですね、スーパーとかで見かけるベーコンの塊か生ハムの原木みたいな感じです(余談)
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