師匠と弟子と─呪いし者、呪われし者─
「むぐががっ!? ──ひの、きさまっ!?」
「予定変更じゃ"出来損ない"。お主はここで役割を果たせ……モリガナよ、惜しいが最後の決戦はまたお預けじゃ、クカカカカッ!!」
青樹さんの口に、結晶のようなものを複数詰め込み無理やり飲み込ませる火野。突然の事態だ……一瞬のことに、思わず目を疑う。
なんだあれは、何をさせている? とっさに叫ぼうとした瞬間、俺より少し早く我に返った香苗さんが、悲痛な声をあげた。
「青樹さんっ!?」
「っ……何をしている、火野ッ!」
次いで踏み込むエリスさん。葵さんのトップスピードをも超える速度で肉薄し、青樹さんから火野老人を引き剥がす。
大きく後退し、老翁は醜悪な顔で嗤った。
「なぁに、道具に本来の仕事をさせるまでじゃ──かかかかっ! 何が超人なものか、人の手によって生み出された紛い物風情が」
「火野……老人っ! き、さま、私に、何を」
「ハナからお前なぞこうなる運命だったのじゃよ、クキキキキッ! 真人類という枠組みに、ゴミ山あがりの蛆が入れると思うとったか! カカカカカカカカカカッ!」
地獄めいた嘲笑が響く。火野はもはや、なんら一切隠すことなく青樹さんに対して、侮蔑の視線を投げかけていた。
その姿に、欠けていたピースが嵌るかのような得心を俺は抱いた──これだ! この視線なんだ、違和感の正体は!
火野も翠川も最初からどこか、青樹さんをおかしな目で見ていた。侮蔑的な、嫌悪的な、まるきり味方に向けるべきでない視線だった。
その理由が今、俺にも分かってしまったのだ。つまるところ本当に青樹さんは倶楽部にとっても身内じゃなかった。火野と翠川にとって徹頭徹尾、彼女は単なる道具、見下げるだけの存在に過ぎなかったんだ!
「青樹さんっ!!」
「か、かなえ……」
即座に駆け寄った香苗さんが、青樹さんを抱きしめ介抱する。何を飲まされたのか彼女は、極端に衰弱していた。
毒か? いやしかし、それにしたってレベル300はある探査者を一気にここまで弱らせるとは考えにくい。あの結晶体は一体、なんなんだ?
困惑しつつそれでも俺と葵さんが、青木さんと香苗さんを庇うように火野へと向かい立つ。
老爺は、おぞましい笑顔を貼り付けてなお、続けて語る。
「クククク……そこのゴミがおった孤児院は、元々委員会の傘下組織による人体実験施設の一つでのう。わしもある程度は仔細を知っとった」
「倶楽部とは別の組織だって? お前は一体、青樹さんに何をした!」
「別に? 大したことはしとらんよ。ただ……組織が壊滅して後、逃げ出したそこの出来損ないをたまたま見かけてのう。何かの役に立つかと思い、クククカカカ! 老婆心から言ってやったのよ」
にたり、と。俺の言葉に、火野は涎さえ垂らしての狂った笑みを浮かべた。
孤児院はやはり、委員会に連なる組織だったか……青樹さんはそこで行われた凄惨な実験、人造オペレータ製造実験のただ一人の、生き残りだったんだ。
何があったか組織が崩壊して後、逃げ出して生活を送っていたところに運悪く、本当に運悪く火野の目に留まってしまったと。そういうことか。
そして火野は吹き込んだんだ、彼女に。
真人類優生思想に傾倒するだけの威力を秘めた、呪いの言葉を。
「"うだつの上がらぬB級のまま終わっては、お主を生み出すために死んでいった子供達が浮かばれぬのう。あの子らをゴミにしていいのか? "とだけなあ! 元より実験がトラウマになっとった上、愛弟子も独立して孤独感を抱いとったそこな出来損ないには覿面じゃったッ!! 尻尾を振って倶楽部に入りおったわガラクタ風情が!!」
「ぐ、う……っ! 出来損ない、ガラクタだとっ……」
「くひゃひゃひゃひゃひゃっ! 実験の目的はあらゆる人間を能力者に仕立てるためのもの。それが蓋を開ければ、出来上がったのは虫けらどもの死骸の山! たった一匹の成功例が出たところで何になる…………屍にもなり損なったお前なぞ、ただの出来損ないのゴミじゃ、そうじゃろうがっ!!」
「火野、源一……ッ!!」
邪悪に満ちた暴言に、青樹さんは憎しみと怒りに満ちたうめき声をあげる。
仲間と信じていた、あるいは真人類優生思想に導いてくれた。ある種の師匠と言える存在からの、あまりに酷く心ない発言の数々。
利用されるだけされてしまったのだと、青樹さんが気づくには十分すぎる流れだ。
そして。このタイミングでそれを暴露したということは。
やつにとり青樹さんがもう必要ない、もう不要だという宣言も同然であり。
「ゴミに最期の仕事をやろう────死ね。餞別に食わせてやったコアの力にてこやつらの足止めをし、わしの退路を確保してそのまま死んでしまえ。人間でもなければ能力者でもない、人がましい面をした出来損ないの蛆虫めが」
それはつまり、やつが最後の一手に選んだのが青樹さんを切り捨てての逃走、という手段だということだった。
「ッ────離れなさい、香苗!」
「青樹さんッ!?」
「来るなっ! 誰も来るな、巻き込まれてしまうぅっ!!」
いきなり介抱していた香苗さんを突き飛ばし、青樹さんは這いずるように俺達から距離を置いた。
混乱に目を白黒させながらも、それでも……弟子を護るように、彼女は叫んだ。
「スレイブコアを飲まされた、それも複数……! わ、私はもうじき変異してしまう!! モンスターに成り果てる!!」
「な────」
「に、逃げろっ! 全員ここから逃げろ、巻き込まれる! 上の探査者たちも含めて施設から離れろっ、香苗ぇぇーっ!!」
断末魔の叫び──そう、思わせるほどの凄絶さとともに。
俺達に逃げろと言い終えた途端、青樹さんの身体に異変が走った。
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