ワタシダッタカモシレナイ、アノコタチノタメニ
「青樹さんが……正規の能力者では、ない!?」
「そ、それって不正にステータスを手に入れたってことですか!? そんなことできるんですか!?」
「聞くな! 聞かないでくれ、香苗!!」
俺の指摘に、香苗さんと葵さんは愕然として思わず俺を見、青樹さんは血相を変えて香苗さんに叫んだ。
この様子から察するに、香苗さんにだけは隠し通していたいものらしいな。だがさすがに、俺だってこれを知った以上は黙ってはおかない。
不正に能力を得るなどと、決してあってはならないことがあった。その結果が青樹佐智という存在の今というこの現状であるならば……弟子たる香苗さんにも知る権利は、いや知る義務がある。
そう信じるからだ。
「青樹さん。あなたの称号は《null》とだけあった。効果欄もおなじくnull表記だ──これは本来、探査者としては絶対にない状態なんですよ。正規にステータスを手にした能力者であれば、現世の合法不法に拠らず必ずなんらかの称号は獲得している」
「null……空白、ということですか? 青樹さんの、称号が? 以前聞いたときにはたしか、《暗殺者》だと聞いていましたが。証明書にもそう、記載されていましたし」
「どうやってか全探組を誤魔化したということでしょうね……あるいは鑑定士をどうにかして抱き込んだか。いずれにせよnull表記は本来、この世界にあるはずのない称号表記なんですよ」
称号は、あらゆるオペレータに対して必ず与えられる。
ワールドプロセッサが自作するケースは滅多にないにせよ、担当の精霊知能が作ったデータベースから各探査者の素養や状態から条件を絞り込み、各人に最適化されたものが付与されるのだ。
だが、青樹さんの《null》はそれらとはまるで違う。
この表記はそもそも、オペレータに与えられる前のステータスに便宜上、入力されているダミーコード。決してオペレータのステータスにおいては、現れるはずのない表記なのだから。
「もし、あり得るとしたらそれはただ一つのみ。なんらかの方法で不法にステータスを獲得した場合だけです。この分だとスキル欄も最初はnull表記で、訓練なりして習得条件を満たして《次元転移》以外のスキルを手に入れたんでしょう?」
「そんなこと、できるものなんですか……? 自発的に、意図的にステータスを獲得することなんて」
「本来ならばできませんけど、目の前にある青樹さんが現実です。彼女こそはいわば人工能力者……イリーガルオペレータなんです」
マジで、どうやって人為的にオペレータになったんだ? 疑問は尽きない。
そもそもこんなの、バグスキルを付与する際にヌツェンなりワールドプロセッサも気づかなかったものなのかと言いたいけれど……まあ作ったスキルを与えるだけなら、そこまで細かく一オペレータの素性について再検なんてしないだろうしな。
参照するフォルダも異なるわけだし。
それに人造オペレータなんて、コマンドプロンプトたる俺にだって寝耳に水もいいところだ。想定すらしてないよこんな事態。
まるで得体のしれない存在である青樹さんを、最大限の警戒でもって観察する。彼女は顔を赤くしたり青くしたりしながら、俺に反駁した。
「黙れ山形公平! 何が不法だ、何故そんなことが貴様に分かる!!」
「仔細は言いませんが、その辺の理に対してある程度詳しい立場だからです。なんなら多少の権限も有していますよ──あなたの《次元転移》が今、使えないのもその証拠です」
「…………やはり、スキルを封じていたのは貴様かァ!!」
「《玄武結界》の発動も封じておるのはこやつか。なんとまあ、恐ろしい小僧っ子めがいたものよ」
後退りして、青樹さんは距離を取りつつ俺を睨んだ。同時に火野老人も一旦、エリスさんから離れて二人、並んで立つ。
俺達も態勢を整えるべく、再度4人集まった。エリスさんと葵さんを前に、後ろに俺と香苗さん。
後方にいるにも関わらず幹部二人は俺を真っ直ぐに睨みつけている。負けじと俺も見返せば、俺という存在の魂が放つわずかな圧に、慄きつつも身構えたようだった。
ことここに至り少しだけネタバラシしたけど、そのおかげで俺が見かけばかりの存在でないと幹部達にも、伝わったみたいだな。
犬歯をむき出しに警戒してくる青樹さん。青ざめたまま口泡を飛ばして、異常なまでの過剰な反応を示しつつ彼女が叫ぶ。
「私は選ばれたのだ! 生まれ育ったあの孤児院で!!」
「孤児院……選ばれた?」
「気まぐれな神の選抜ではなく! 人の手で超人を生み出す偉大なる実験の礎として!! そして私は進化した! 数多の同胞達の屍の上に、私一人が能力を勝ち得たのだ!!」
もはや絶叫に近い声量。室内に響き渡るその言葉を、最初は聞き取りづらかったけれど。
理解するにつれ、俺の顔面から血の気が引くのが自分でも分かった。鳥肌が立ち、おぞましい感覚に総毛立つ。
孤児院。実験。進化。同胞の屍──超人。
まさか、まさか。
この人は、この人の生まれ育った孤児院は、まさか。
「──人体実験!? まさか孤児院の子供を使って、人工的にステータスを得るための実験を!?」
「その孤児院、闇組織の関係施設だったのか!?」
その、あまりにもおぞましい発言に葵さんとエリスさんが思わずといった様子で叫んだ。俺も香苗さんも、凍りついたように青樹さんを見ている。
孤児院の子供を犠牲に、人造オペレータを生み出すための人体実験を行った……なんてことが起きていたんだ。あまりに惨い、あまりに恐ろしすぎる。
こんなこと、なるほど香苗さんに話さなかったはずだ。聞かせられなかったわけだ。
数多の犠牲の上、たった一人成り果てた人造オペレータ。それが、青樹佐智という女性だなんて。
彼女自身、己の身に起きたそれらがおぞましいことだと認識しているからこそ、愛する弟子には何も言えなかったんだな。
「だから私は真人類なのだ……! 真人類として、劣等種どもの上にいなければならんのだ! でなくば私は、そして私の下に広がるモノ達は、数多の屍はどうなる!!」
「青樹さん、あなたは……!?」
「私自身のためにも! 私だったかもしれない数百数千の屍達のためにもっ! 私は、真人類のための時代を拓かねばならないのだーっ!!」
ただ一人の成功作だからこそ。そこに至るまでに死んでいった数多の犠牲達に報いるべく、真人類を標榜する。
青樹さんの主張に俺は、彼女が何故、真人類優生思想に染まったのかが分かった気がした。吹き込まれるに足る理由、染まるに足る前提が彼女にはたしかに、あってしまったのだ。
決して認めるわけにはいかない。けれど、理解せざるを得ないその動機。
あるいは彼女もその一人だったかもしれない、凄惨な実験の犠牲となった子供達に、意味と価値を与えるための活動。
ここにいるこの人は、正気のまま狂気を背負ってしまったんだ……!
「だから来てくれ香苗っ! 私が信じる最高の探査者であるお前と二人で、私は真人類として新世界に君臨を果たす────むぐっ!?」
「ただの出来損ない風情がまあ、よくぞ吠えたもんじゃなあ」
「青樹さんっ!?」
正気と狂気の狭間で、それでも愛しい弟子に言葉を投げかける、青樹さんの姿に──しかし突然、異変が起きた。
隣に立っていた火野老人がいきなり、叫んでいた青樹さんの口に何か、小さな飴らしき結晶を複数、放り込んだのだ!
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