変わることができた者、変わり果ててしまった者
二人の様子は対象的だった。苦々しい顔の青樹さんと、対して嬉しそうに表情を歪める火野老人と。
おかれた状況から言えば、青樹さんのほうが正常な反応に思える。予想だにしない電撃的な侵攻を受けているのだから、間違っても喜ぶべきタイミングではないのだ。
だが……火野老人のほうはそれでもなお、歓喜していた。狂喜と言ってもいい。
「くっくくかかかかかか……っ! モリガナよ、愛いやつよ。わざわざわしに会いに来てくれたのじゃからなあ。これはたっぷり可愛がってやらなくては、ふひゃははははははっ!!」
「きっしょい……」
「えぇ……?」
思わずガチなリアクションをしたエリスさん。俺としても、どうにも戸惑う話だ。
現状でこの老人、エリスさんにしか目がいっていない様子なのだ。余裕綽々というのとはまた違う、明らかに狂気を孕んだ顔つき。
隣で立つ青樹さんが、苛立たしげに叫んだ。
「火野老人、色ボケている場合か……! 状況は最悪だぞ!?」
「ふん……そうでもなかろう? 要するに今ここにいる連中さえ仕留めてしまえばそれで終わりじゃ。上のゴミどもは、そうさな……」
未熟者をあざ笑うかのように、青樹さんを鼻で笑う老翁。
やはりだ……前もそうだったが翠川ともども、幹部陣はあからさまに彼女を蔑視している。青樹さんに何かあるのか? それとも単純に、火野老人と翠川が誰に対してもそう振る舞うタイプの人間なのか?
胸中にて浮かんだ疑問。敵同士の反目なんて取るに足らない話であるのはたしかなんだけど、どこか引っかかる。
なんだ? 不快な収まりの悪さを覚えている間にも、老人の言は続いた。
「おお! ちょうどええのがおるでないか。御堂香苗」
「っ」
「あやつを人質にでもすれば、上の連中も大人しくせざるを得まい。近々国を挙げて行われる祝宴の主賓じゃ、さしものチェーホワも政治的立場は考慮するじゃろ、くかかかかか……!」
「……そしてそのまま香苗を、私の香苗を取り戻すか。いい提案だ、火野老人」
悪意ある視線を、香苗さんに向ける火野老人。彼女を人質にしてこの場を切り抜けるつもりか? 青樹さんもその後の画を思い描いてかどこか、頬を緩ませているし。
とはいえさすがにそれは、見通しが甘いと言わざるを得ないだろう。内心、俺はつぶやいた。
まずもってヴァールにそんな策が通じない。
あくまで精霊知能たる彼女は結局、現世よりシステム側の都合を優先するからな……ワールドプロセッサ直々にシャーリヒッタまで投入している本件についてはたとえ、やむを得ない犠牲が出るとしても引き下がることはないと見ていいだろう。
それにそもそも香苗さん自身が極めて強力な探査者だ。万一俺達が戦闘不能に追いやられたとして、彼女自身が抵抗する限り人質にするというのは現実的には思えない。
そしてまあ、何より。
香苗さんを人質に、なんてそんなこと──俺とエリスさん、葵さんがそんな真似をさせるわけ、ないんだ。
「お前達にそんな選択肢はない、倶楽部幹部・青樹佐智、ならびに火野源一」
エリスさんが一歩踏み出し、力強く告げた。自然体だが、纏う闘志はすでに今にも敵へ飛びかかりそうなほどに猛々しい。
全力で戦いに臨むエリス・モリガナの、本気の姿というわけか。隣では葵さんがフーロイータを構え、油断なく敵に向き直っている。
「抵抗するとしても返り討ちにしてやろう……葵、君は青樹を。私はそこの爺さんをやる」
「了解です──《雷魔導》!」
フーロイータに電撃を纏い、葵さんが頷く。青樹さんの相手を彼女がして、火野老人の相手は因縁のあるエリスさんがするわけか。
一触即発の空気。火野老人はエリスさんを前に舌なめずりさえ見せるし、青樹さんは青樹さんで葵さんでなく、香苗さんを凝視している。
慈愛のこもった、優しい瞳……けれどその眼差しは狂気に歪んだ心の闇をも含んでいるのだ。
かつての弟子へ、かつての師匠は甘い声で告げる。
「香苗ぇ……待っていてくれ今、そこの救世主気取りからお前を取り戻すよぉ……! お前に相応しいのは洗脳してくる卑劣な悪漢でない、お前を真に愛しているこの私だァ……!!」
「…………この人を、ここまでにしてしまったのは、私なのでしょうね」
瞳孔の開ききった無惨な目で、ねっとりとした笑みを浮かべる青樹さんの今の姿に、香苗さんはやはり、痛切な悔いを抱いたようだった。
師匠の豹変ぶりに、わずか俯き。けれど、強い意志の光を湛えた瞳でまた、彼女を見る。
香苗さんは、青樹さんに宣言した。
「かつての弟子として、今度こそ最後の責任を果たします……青樹さん。もう一度、あの頃の素敵だった師匠に戻ってください。それが叶うまで私は、何度でもあなたと対話を続けたい」
「対話などいらないよ香苗ェ! お前はあの頃同様、私の言う通りにして、ただ私の手元で愛されてくれていればいいんだァ……それだけでいいんだよォ?」
「っ」
一切聞く耳を持たない青樹さんの物言いは、やはりと言うべきか香苗さんを完全にモノとして扱っている。
対話など必要ない、ただ言いなりにして手元に置いておくだけの愛玩動物。それが、少なくとも今の青樹さんから見た香苗さんの正体なんだ。
あまりにも身勝手そのものな発言。師匠からの酷い言葉に、一瞬、息を詰まらせて。
香苗さんはけれど、凛として告げる。
「……私は、あなたのペットでもなければお人形でもない」
「────は?」
「私は私、御堂香苗です。あなたにただ可愛がられるだけのようなモノではない──目を覚ましなさい、青樹佐智! 昔のあなたは、そんなことを言う人ではなかった!!」
「……私の香苗はそんなことは言わない。山形公平、何をこの子に吹き込んだァ……!?」
認め難い言葉を弟子から浴びせられ、俺に矛先を向ける青樹さん、だけど……目が完全に動転して震えている。
香苗さん本人から言われるのは、やはり相当なショックなんだろう。受け入れられない現実から逃げようとする彼女へ、俺でなくかつての弟子はさらに言葉を浴びせかける。
「あなたの言う"私の香苗"なんてどこにもいない! ここにいるのは一人の人間、一人の探査者である御堂香苗です! あなたこそ誰に何を吹き込まれたんですか!? そんなになってしまうくらい、何があなたの身に起きてしまったのですか!!」
「……っ! 私は! 私は昔からこうだ!! 変わったのはお前だ! 香苗なんだ!! ……変わってしまったなら、元に戻してやるっ!!」
怒りと悲しみと混乱と、困惑と。ほんの少し、喜びさえも垣間見せて。錯乱に叫びながらも青樹さんは、香苗さんへと駆け出した。
それを止めるのは当然、葵さんだ。彼女の前に立ち塞がり、決然と構える。
「ここは通さない……! 対話は捕まってからにしろ、青樹佐智!」
「退け雑魚がァッ! 私は香苗に用があるんだぁーっ!!」
咆哮し、青樹さんがナイフを手にして突っ込んでいく。
能力者犯罪捜査官・早瀬葵と犯罪能力者・青樹佐智の戦いが今、始まった。
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