表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
715/1837

青樹の過ち、御堂の過ち

 お茶を啜って落ち着くことしばらく。

 不意に、香苗さんがつぶやいた。

 

「……明日、ついに青樹さんと相対することになる、かもしれないんですね」

 

 ポツリ、という表現がまさしく似合うくらいに小さく端的な声には、複雑な色合いが見える。

 期待、不安、怒り、恐怖──かつて師匠だった人との再会としては、あまりにも混然としている。喧嘩別れしてもなお、断ち切るに断ち切りきれない未練というものが彼女の胸に去来しているように、俺には思えた。

 

「真人類優生思想に堕し、関口をはじめ多くの前途ある探査者達を拐かし、挙げ句に倶楽部などという組織に与して今、世界をも害そうとしている」

「香苗さん……」

「…………私は。どうすればよかったのでしょうか」

 

 やるせなく、自身の持つ湯呑みを見下ろして言う。香苗さんは明らかに、青樹さんとの向き合い方について苦慮していた。

 口先でこそもう縁がない、関係ない人と言い切って完全に絶縁していたんだけれど。やはり間近に迫る再会を前にして、もっと自分にも何か、できたのではないかと考えてしまうんだろうな。

 

 もっと別のやり方があったかもしれない。もしかしたら、青樹さんがここまでのことになってしまう前に、止められたかもしれない。

 そんな思いが、胸中に渦巻いているのだろう。

 

「エリスさんと葵さん、マリーさんやサウダーデさんやベナウィさん。それに公平くんとアメさん、ガムさん」

「最後の俺についてはともかく、師弟関係にある人達ですね」

「ええ。関口とチョコさんも含めていいかもしれません……そうした師弟の姿を見て、いろんな形があることを知り、思うのです。私と青樹さんは、本当の意味では師弟でなかったかもしれない、と」

 

 ここ一週間ほどで知り合った人達は、大体が師匠あるいは弟子ばかりだ。その前からの知り合いだったおかし三人娘も、俺なり関口くんがいろいろ、知識を伝える形のポジションには収まっているね。

 ともあれそうした師弟関係の数々を見て、香苗さんなりに青樹さんとのかつての姿を振り返ったらしかった。その結果、本当の師弟じゃなかったかも、なんて哀しい結論に至ってしまっているみたいだ。

 続けて語る。彼女はどこか、遠い昔を見つめていた。

 

「青樹さんは私を手塩にかけてくれていましたが、それはある種ペットやぬいぐるみにも近しい感覚だったように、今なら思えます」

「……自身の所有物としての執着」

「ええ。思えば彼女は折りに触れ、"私の香苗"と呼んできていました。当時も入れ込まれているという自覚こそありましたが、一応は健全な、師匠という立場からの弟子贔屓だと考えていたのですが……たぶん、そういうことなのでしょうね。徹頭徹尾、あの人にとって私は弟子でなく、弟子という名の愛玩動物だった」

 

 冷静に語る香苗さんが、あまりにも痛々しい。

 心を開きかけていた人が、実のところ独り善がりな愛情で縛りつけようとしてきていたのだと推し量るのは、どれだけ辛いことだろう。

 その上、おそらく青樹さんのほうはその自覚すらなく、最初からそのつもりで接しているのだから、実のところ香苗さんは裏切られてすらいないのだ……完全なすれ違い。

 お互いにお互いを誤解してしまっていたというのが、余計にやるせない関係に思える。

 

「けれど。かくいう弟子であった私のほうも……彼女に対して、あまりに不誠実ではなかったか。今日の昼、エリスさんを支える葵さんの姿を見て、そう考えました」

「師匠を支える弟子の姿に、ですか?」

「私は、《奇跡》を巡る私の事情があったとは言え、青樹さんに対して自分勝手に振る舞いすぎた。自身のことは何も話さず、青樹さんが曲りなりにでも向けてくれていた愛情や優しさを受け取るばかりで、彼女の抱える事情や思いには何一つ心を向けようとしなかった。そんな風に自覚したんです」

 

 沈痛な面持ちでそう告げる香苗さん。間違いなく反省と、後悔の色がその表情には宿っていた。

 青樹さんも青樹さんだけど、香苗さんも香苗さんだった、ということなんだろうか。自身の都合を最優先して心を閉ざし、青樹さんの優しさに向き合うことをせず、最後には彼女を事実上、見放した。

 

 弟子として、間違えた師匠を糾すことをせず、裏切られたと断じて見限ってしまった。

 それが間違いだったのかもしれないと、今の香苗さんはそう思ったのだろうか。

 

「……公平くんの言うように、腹を割って話すべきだったんでしょうね。喧嘩別れする前に。安易に見捨てず、相手を想い、話し合い。そして糺すべきを糺して支えるべきを支えるべきだったんです。私が彼女の、弟子だったんですから」

「それは……そう、かもしれませんね」

「人間不信であったことや曾祖父の教えなんてなんの言いわけにもならない。私は……私はっ。師匠だった人を、曲りなりにでも優しかったあの人を、自分勝手な考えで一方的に見捨ててしまった……!」

 

 瞳に涙さえ浮かべて、息を詰まらせて語る。

 いろんな経験を重ね、大人として、探査者として大成した御堂香苗という一人の人間が……過去を振り返った末に辿り着いた、それはまさしく懺悔だった。

ブックマークと評価のほう、よろしくお願いいたしますー


【ご報告】

「攻略!大ダンジョン時代 俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど」2巻、発売中です!

書籍、電子書籍ともによろしくお願いいたしますー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まだこれからですよ。生きてるんだから……というお約束。
[一言] ならばこそ、殴り倒してでも正道に戻してあげるべきなんでしょうね。 大丈夫、目の前に罪を憎んで人を憎まずの体現者がいるわけですし。
[一言] 当時の香苗さんはいっぱいいっぱいで、そんな対応をしてしまったのはある意味仕方のないことだったのかもしれないですね…… 一応まだ対話をするチャンスはあるはずだから、今度こそしっかりと話し合える…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ