顔から血の気が引くコミュ障×2
「続いては能力者犯罪捜査官、エリス・モリガナさんと早瀬葵さん」
「ハッ、ハ…………ハ、あ、どうも。も、モリガナです……よろ、しく、お願いいたします」
「えぇ……」
博さんからの紹介を受け、名乗るエリスさん……なんだけど。どうしたことかテンションが低い。低いっていうか暗くて静かだ。
一体どうしたんだろう? とはさすがに俺には言えない。なぜなら気持ちが痛いほど分かるからだ、同類項すなわち拗らせ系陰キャボッチのお仲間として。
いきなり見知らぬ大勢の前で挨拶しろ、と言われたらこうなっちゃうんだよ!
たとえ自然に脳内で、最高に痺れてウケるご挨拶ってのを考えていたとしても! いざ実践となると身体は震えて声は出ず、最低限の受け答えしかできなくなるものなの!!
自己紹介ってなんであんなに緊張するんだろうね。独特のプレッシャーがあるんだ、毎度毎回。
たぶん、エリスさんってば開口一番ハッハッハー、から始めようとしたんだろうな。その痕跡がある。
でも思ったよりも声が出なかったし、なんなら集まる視線に身体が動かなくなっちゃったってのもあるかもしれない。極度の緊張の中で、それでもどうにか己の名乗りだけは最低限、あげたんだ。
「……?」
「えーと……」
「……終わり?」
一族の皆さんが困惑している。マリーさん、サウダーデさん、ベナウィさんと来てそれなりにテンションが上がってきてのこれだ、落差に戸惑うのも無理はない。
とはいえ、これに関してエリスさんを責めることはとてもじゃないが俺にはできない。
身内に対しての態度とのギャップで結果的に、内弁慶みたいな感じになってしまったとしても。そこについてはとてもツッコめない。
なぜなら……あの姿は数分後の俺の姿かもしれないのだ。そもそも俺だってそんなところがあるわけで、彼女にツッコむとすなわち俺自身にもダメージが入る。何をどう言えと言うのか。
「ぁ、ぅ……は、はは……」
「──はっはっはー!! 能力者犯罪捜査官、早瀬葵でーっす!! こちらのエリスさんともども、よろしくお願いいたしまーっす! イェーイ!!」
顔を真っ青にして、ひきつり笑いするエリスさん。いかん、これ以上の注目は陰キャには耐えられない!
そう、思った次の瞬間だった。葵さんがとっさに彼女に抱きつき、いつも以上に明るく大きな声で、ピースサインまでして騒いでみせたのだ。
そこでようやく巻き起こる拍手。エリスさんの挙動不審ぶりに怪訝な顔を向けていた一族のみなさんも、葵さんの朗らかさに助かったとばかりに手を打ち鳴らす。
よ、よかった……ギリギリ空気が凍らずに済んだ。グッジョブ葵さん!
「ご、ごめん葵……き、急に注目されちゃって、言葉が出なく。参ったな……む、昔はこんなんじゃ、こんなんじゃ」
そのまま座り込み二人、ほとんど抱き合うようにしながら小声で囁きあう。一族の皆さんには聞こえないだろうけど、俺や他の探査者には聞こえる程度の声量。
マリーさんはじめみんなが心配そうに見守る中、エリスさんは困ったように悔しそうに、そして恥ずかしそうに歯噛みする。
それを、葵さんが優しい眼差しで受け止めて応えた。
「いいんですよエリスさん。そんな時はいつだって、私がなんとかしますから。師匠とか弟子とかでなく、あなたの友達として」
「葵……ありがとう」
「いえいえ……はっはっはー! なんかしおらしいですねえ師匠。いつもの電話帳並みに分厚い面の皮はどうしたんですか? はっはっはー!」
「…………ハッハッハー、引き合いに出すのが電話帳って、中々古いね葵くん。ハッハッハー」
エリス・モリガナの弟子でなく友人として、一人の人間として励ますように。言葉だけ取れば茶化している感じなんだけど、声はひたすらに優しく投げかける。
葵さんのそんな想いを、エリスさんは正しく汲み取ったようだった。ホッとしたように、いつもの調子で笑い返す。
師弟関係以前に、友人として支え合う、か……こんな関係性もあるんだな。
エリスさんが葵さんを認め、尊重するように葵さんもまた、エリスさんを慕い、支えているんだ。
その関係は香苗さんと青樹さんはもちろん、マリーさんとサウダーデさんとベナウィさんとはまた異なる形で、たしかな絆を感じさせる。
素敵なものを見た思いでなんとなく、うんうんと頷く俺。我ながら後方理解者面していて気持ち悪いけど、いやまあ実際よかったよ、エリスさんのメンタルケアが行われて。
さて、というわけで最後は俺か。まあ、無難に挨拶だけしてそろそろお開きってことに────
「最後の御方については私、御堂香苗のほうから紹介させていただきましょう」
「えっ」
──しようと思ってたんだけど。おもむろに立ち上がりそんなことを言い出した香苗さんに、何やら不穏な気配を察知する。
え、博さんは? とっさに彼を見るとにこやかな顔で座り、栄子さんと互いをねぎらっている。いやいや、何終わった感を出してらっしゃるの。
「か、香苗さん?」
「こほん……私こと御堂香苗が心より崇敬し敬服し尊敬し感謝し愛して止まない偉大なる救世主様がここにおられます遡ること今年の春に出会った時から今に至るわずか半年の間に成し遂げられた功績はあまりにも大きくまた救い出した命と心の数もまた数知れない新進気鋭にして空前絶後そして前代未聞の究極の探査者そしてまた我々の祖であるところの初代御堂将太が待ち続けていた大変な運命と宿命を背負われた方でもあらせられるこの方は本日より数日間この屋敷にご逗留なされますつまりは本家の者も分家の者もすべからく御方の偉大なる御姿を拝見し崇めそして真なる救世とはなんであるのか今我々に何ができるのか何をしなければならないのかを改めて見つめることができるのですこれはまたとないチャンスでしょうはっきり言って昨今の御堂は曾祖父の教えを軽んじ探査業を侮る者さえチラホラ見受けられますがそんなことは決してあってはならないのです我々は初代の探査者としての活躍と信念正義の下に今ここにあるのですそれを忘れないことが肝心であるということを私の知る限り史上最高最強最善最良の探査者であるこの方のあり方を見聞きすることで深く心に刻みつけるべきなのです」
「香苗さん!?」
「それではいよいよご紹介させていただきましょう!! 救世主! 山形公平様です!! ──どうぞ」
どうぞじゃねえよ!
何をどうしろと言うんだこの流れと空気の中で、あんたは!?
句読点の一切を飛ばして一息に告げる、香苗さんは息一つ切らさずドヤ顔で俺を手で示している。唖然とする一族の、視線もつられて俺に向く。
さっきのエリスさんと同じくらい、俺の顔色も悪くなってるだろうなあ……と、血の気の引く思いで考えながらも。どうにか俺は、立ち上がるのだった。
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