私を救ってくれた人
期せずして没スキル《奇跡》を得てしまった香苗さんと、そんな彼女を守るために己が持つ《究極結界封印術》を隠れ蓑として継承させた将太さん。
それにより対外的にはたしかに、香苗さんの安全はある程度確保されたし実際、俺に対して発動するまで誰にも気づかれてこなかったわけだけど……
そのことが昔の、弱冠14歳で探査者となった香苗さんの心に、暗い影を落としたのもまた、事実だった。
「私も当時、幼かったものですから。いくら曽祖父にカムフラージュを施されたと言ってもやはり、自身に危険が及ぶかもしれない可能性を前に、平静ではいられませんでした」
「もぐもぐ。そりゃまあ、うっかり口が滑ったらそこでおしまいだしねえ。はむはむ」
やはり小声のまま、語る香苗さんにエリスさんがオードブルのエビフライを頬張りながらも応える。かく言う俺も、豪勢なお刺身盛り合わせのマグロなんかをいただいてるね。旨い。
宴会の途中に入ってきたわけなので、とりあえず腹を満たしてから俺達探査者は、一族の方々にご紹介いただくとのことだった。まあ、この空気にただでさえ水を差したわけなので、そっちのほうが穏便だろうしね。
そんなわけで豪華な料理に舌鼓を打っている俺達だけど、並行して香苗さんの話に耳を傾けてもいた。
今まであんまり語られてこなかった、この人の来歴。一族内で氷姫などと呼ばれ、今や袂を分かっている青樹さんからさえも案じられるほどに弱っていたという香苗さんは、どのように今に至ったのか。
そこがみんな、気になるんだね。
「結果、私は疑心暗鬼に陥りました。家族さえ含め会う人会う人すべてが、私に対して恐ろしいことをしてくる敵に見えて仕方なかったのです。もしもどこかから《奇跡》の効果が漏れていたら、きっとそれは現実のものだったでしょうし」
「どんなに善良な人間であっても、欲に目が眩むこともありえる……とはいえそれを想定して生きざるを得なかったのか、わずか14歳の子供が。痛ましい話だ」
サウダーデさんが天ぷらを皿によそいながら、気の毒そうに香苗さんを見た。紛れもない憐憫と同情が、その瞳には宿っている。
俺も、多分だけど同じ気持ちだ。14歳にしてすべての人を疑わざるを得なくなったなんて、なんて惨い話なんだろう。家族に対してさえ疑念を抱かざるを得なかった幼少の香苗さんを思うと、胸が傷んで仕方がない。
だけど、本当に彼女のメンタルにダメージが入るのはそこからだった。
その翌年、香苗さんが15歳の時。曾祖父であり彼女を守ってくれていた将太さんが、老衰でお亡くなりになったのだ。
「すべてを疑わざるを得なくなった私にも、曾祖父だけは唯一信じられる人でした。そんな人が死んでしまって、私の疑心暗鬼はさらに加速しました……どうしようもない罪悪感とともに」
「罪悪感? なんでそんなものを、ミス・香苗が」
「《奇跡》は、それを知る者を対象に発動できないというデメリットがあります。つまり、私は曾祖父に打ち明けて相談してしまったがために、あの人を対象にスキルを使用することが不可能になっていたのです……私が、殺したも同然だと。当時、思いました」
「香苗さん……」
辛そうに目を伏せる彼女に、かける言葉が見当たらない。
そうか……助けを求めたことで、将太さんを蘇生させることが事実上、不可能になったんだ。それでこの人は、自分が助けを求めていなければきっと、ひいおじいさんを蘇生できたかもしれないと考えてしまったんだな。
まるで遅効性の毒だ。一番頼れる人に頼った結果、その頼れる人を、彼女の認識からすれば見殺しにしてしまった。
俺と同い年くらいの頃にそんなことが起きてしまったんだ。香苗さんが精神的に参ってしまうのも、無理からぬことだよ、それは。
一息入れて、香苗さんは続けた。
「そこからの私はもはや、完全に人間不信でした。氷姫だとか呼ばれるようになったのもこのあたりからでしたね。そして青樹さんに出会い、師事し、少なからず心を開き……しかし喧嘩別れして。もう誰も信じない、曾祖父の遺言通りの人に、出会えるまではと考えるようになったのです」
「それは、たしか……《究極結界封印術》のロックを解除した人間が、香苗さんを守ってくれるだろうっていう」
「はい。つまり……公平くん。あなたです」
そう言って、俺を優しく、愛おしいもののように見てくる。
視線に込められたあまりにも重く熱い想いを、けれど俺は逃げることなく真っ向から受け止め、見つめ返した。
やっと。やっと、香苗さんが初対面からずっと、俺に対して異様なまでにのめり込んできている理由が分かった。
俺を待ち続けていたんだ、この人は。すべてを疑い、誰も信じることもできず。曾祖父を見殺しにしたという罪悪感や、心を開きかけた師匠に裏切られたショックをもすべて、抱えこんで塞ぎ込みながらも待ち続けて。
ボロボロの心でついに、出会った解放者が俺だったんだ。
この人にとっては本当に、俺こそが救世主だったんだ……
「あなたに出会えて、私の人生は7年の時を経て動き始めました。世界が色づき、心に光が差し、死人同然だった私は、再び息を吹き返したのです」
「香苗さん……」
「だから言います。言い続けます。あなたに対しても世界に対しても死ぬまで、いつだってどこでだって。山形公平様は救世主だと。どんなに暗い闇の底にだって、かならず手を差し伸べてくれる──私の、神様だと」
そう、強く言い切る香苗さんに。
俺はもはや、頷き微笑み返すばかりだった。
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