御堂香苗のオリジン
意気揚々たる香苗さんに手を引かれ、部屋の中へ入る。さっきのアレからコレなので、なんとなく肩を縮めて首をすくめて。亀みたいな心地での入室だ。
脚光を浴びた時の陰キャスタイルだね。なるべく縮こまって存在感をなくしたいわけだ。
まあこの場においてはなんの役にも立たず、静まり返った会場のそこかしこから奇異の視線が俺に向け、注ぎ込まれているんだけども。
とにかく香苗さんに案内されるがまま、長机の並ぶ部屋の一角。一つまるまる空いた、豪勢な料理が多数並ぶテーブルに座る俺達探査者グループ。
隣のテーブルには博さんや栄子さん、才蔵さん、そして光さんと御堂本家の方々がいるからまあ、そこはまだよかった。
「香苗ってばすっかりはしゃいじゃって、ウフフ」
「あの子があんなにも感情を表にしてくれるとはなあ。山形くんには感謝しないとね、ハハハ」
「うむうむ! 孫に感情が戻ってきて何よりじゃ、のう光! お主もちったぁガハハムハハと笑ったらどうじゃ!」
「一応、泣いたり笑ったりする人間なんだけどね、僕も姉さんも……」
でもなんか、香苗さんの伝道行為に対してのリアクションがおかしい。明らかにおかしい、少なくとも喜ぶところじゃないと思うんだけど。
ていうか感情を露にしたことにそんなに嬉しさを感じるってどういうんだ? 香苗さん、初対面から今までずっと情緒的にはひたすらハイたまにローくらいの塩梅だったんだけど……
「氷姫が笑ってるな……いつぶりだ? 5年じゃきかんだろ」
「初代様が亡くなられてからは間違いなく、姫様は無表情だったけど。たしかその前からももう、ほとんど感情を表にはお出しになっていなかったわねえ」
「凍てつくような空気の女をあそこまで変えるか……マジで洗脳でもしてんじゃねえのか、あの救世主とやら」
「お姫様……僕のほうが先に……うう、ううう」
耳を澄ませば他のテーブル、親戚筋のアチラコチラからも驚きの声が。そんなに? 一族総出でビックリして話題にするほどだったの? 昔の香苗さんって。
そう言えば、あの青樹さんも言っていたな、弱りきっていたとかなんとか。師匠として近くで見てきた香苗さんは、そう評してしまえるほどに様子がおかしかったんだろうか。
皆さんの反応を見るに、彼女の発言に信憑性を感じ始める俺である。
「あの、香苗さん。これは一体……」
「……ええと。その、お恥ずかしい話ではあるのですが事実と言いますか。昔の私はいろいろと、拗らせておりまして」
思わず尋ねると、どこか苦々しい表情で香苗さんはつぶやいた。拗らせてるって、それは今でもそうなんじゃ──などと軽口を叩くのがちょっと憚られる程度には、深刻な面持ちだ。
聞けばどうもその辺、俺にも関わる話があるようだった。探査者達にだけ聞こえる程度の声量で、静かに香苗さんが打ち明ける。
「私の得たファースト・スキル《奇跡》……人生で一度だけの使用と引き換えに、マーキングした対象を完全蘇生させるまさしく奇跡のスキルが、私の人生に暗い影を落としました」
「たしか、今はもうそのスキルは持ってないんだったね香苗ちゃん? 公平ちゃんに対して使用して、それでこの子が決戦からも生きて帰れたって話だけど」
「ええ、そこは間違いなく。私のステータスにはもう、奇跡の残り香さえもありません」
「完全蘇生って……そんなとんでもないスキル、あるものなんだねえ」
エリスさんが驚愕しつつも耳を傾けている。香苗さんとマリーさんのやり取りから、事情をほとんど知らない彼女や葵さん、サウダーデさんは興味深げに反応するばかりだ。
《奇跡》。本来は使役系スキル同様に没データとして封印されているはずのスキルが、香苗さんに対して一番初めに渡されたスキルだった。
そこには間違いなくワールドプロセッサのなんらかの意図があるんだけれど、それが一体なんなのかは俺でさえ分かりかねるところだ。
俺という、コマンドプロンプト転生体の正体を最初から知っていたがゆえの措置なのか。はたまた対邪悪なる思念用に仕込んだ、なんらかのプランのためのギミックだったのか。あるいはまた別の、何かを想定してのものなのか。
この期に及んでなお秘密主義は健在なあいつにその辺を問うのは難しいけれども。すべてが終わった今、結果としては一度死んだ俺に対してそのスキルは用いられ、そして香苗さんは己のファースト・スキルを永久に失ったというのがすべてだった。
「私の《奇跡》を見た曾祖父・将太はすぐに私に言いました。"絶対に誰にも、このスキルについて話してはいけない。話せばお前は必ず、悪しき者の手に落ちる"と。そのために自身の持っていた決戦スキルさえ、カムフラージュとして私に手渡して……」
「…………なるほど。一度きりとはいえ完全蘇生など、表沙汰になれば下らぬ輩がつけ狙うのは当然か」
「S級にも何人かいますからねえ、不老不死とか永遠の命とかを求めてあちこち世界を巡っている方。言ってはなんですが欲深い方ばかりでしたから、知られていたらミス・香苗に魔の手は迫っていたのでしょう」
「香苗さんのひいおじいさんは、香苗さんを護ろうとしたんですね……」
香苗さんに宿った奇跡のスキルについて、将太さんが真っ先に知ったのは間違いなく幸運だった。
聡明な彼が、己のスキルを手放してまでも曾孫を守ろうとしていなければ……どこかの時点で香苗さんは必ず、よからぬ者達の手によって凄惨な立場へと貶められていただろう。
それほどまでに甘美な誘惑なのだ、蘇生というのは。生命の持つ最大の欲望、不老不死にも通ずる効果ゆえ、仕方のないところでもあるんだけれど。
それでも、香苗さんの身におぞましい仕打ちが訪れていたのかと思うと背筋が凍るよ。本当に、将太さんが彼女のために《究極結界封印術》さえ譲渡していてくれてよかった。
ブックマークと評価のほう、よろしくお願いいたしますー
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