伝道師、出陣(白目)
案内されること数分。辿り着いた部屋の前で女中さんは膝を折り、正座した。
部屋からは賑やかな声が聞こえる。どんちゃん騒ぎってほどじゃなく、どちらかというと上品さを保ちながら和やかに談笑している様子だ。なんなら、身内だけで集まったがゆえの気安さなんかも笑い声からは窺えるね。
今からこの、内輪のパーティーの中を俺達探査者が突っ込むのだ。あまつさえ食事まで共にし、場合によっては語らいすらするという。
…………えええ場違いじゃないこれ!? 大丈夫これ!?
「怖ぁ……え、いいんですか見ず知らずの俺達がこんな、お邪魔しちゃって」
「何を水臭いことを言うのですか公平くん? 分家は知りませんが本家の者はみな、この場にいる探査者の皆様に参加してほしくて呼んだのです。そして本家がそう決めた以上、分家に否やはありません」
「えぇ……」
思ってたよりずっと本家がお強い。というか御堂本家の皆様方が探査者に対してすごい親切というか、グイグイ来るね。
香苗さんがひたすら距離を詰めてくるムーヴの源流を見た思いだ。そもそも御堂本家そのものが、押せ押せムードの強いご家庭様なんだなぁ。
引くとまではいかないものの、なんかすごいな……みたいな目で見ていると、香苗さんは苦笑いしてそんな俺に言った。
「我ながら強権的とは思いますが、初代である曽祖父の代よりの家訓なのですよ。探査者達と友誼を結べ、彼らを支えることを躊躇うな、と」
「将太先輩は後輩達のことをひたすら案じていたからねえ」
「私が探査者として覚醒した際にもひたすら教え込まれましたね……"人々を護り世界を守る真の探査者となれ。力得た者のそれが責務だ"と。その言葉は今でも私の信念となっています」
「なるほど……」
将太さん、すごくストイックというか探査業というものに対して真摯なスタンスでいらっしゃったんだな。今の、探査者としての香苗さんにも通ずる有り様だ。
当然、システム側としてはオペレータに対して、そうした姿勢こそが望ましいとは思っているものの……それが言うは易く行うは難しの典型であることも重々、承知している。
我欲に溺れたとて、最悪でも悪事に走らずダンジョンを探査しモンスターを倒し続けてくれればいい。そのくらいに思っているわけなんだけど、だからこそ将太さんや香苗さんのように、強い使命感や信念として探査者を志してくれる人達がいることには驚愕と敬意を抱かせてくれるよね。
「ですからこの場に探査者を招くことは、我が家的にはむしろ誉れなのです……ましてや今回は救世主山形公平様をお迎えして分家の者達にその尊くも優しい至高の御姿を示していただくというのですからありとあらゆる意味において極めて重要かつ重大なイベントとも言えましょう分家の一部あの分からず屋の者どもに対してその圧倒的なまでの御威光ともはや一言聞くだけで心と魂が浄化されていくありがたいお言葉を与えていただければ必ずやあの者どもも悔い改めて反省し心を入れ替えてこれからの人生をより正しく健やかにそして誰に対しても分け隔てなく優しいまさしく心の光を具現化した救世主様の境地を目指してひたすらに修行に励むこととなるでしょうそしてそれはさらなる信仰の輪を世に広げいずれは世界中の人々が同じように救世の世界へと向けて各々ができる限りの邁進を重ねていくことになるのですすなわちそれこそが救世の光そう救世主神話伝説の結実とも言えるでしょう!!」
「香苗さん伝道ストップ! ストーップ!!」
ほらきた! 油断したらすぐこれだよこの伝道師ときたら!
突然のスイッチオン、からの突然始まった伝道行為。マリーさんやベナウィさんはすっかり慣れた様子で、むしろなんなら待ってましたってくらいの面持ちだけれど……
エリスさんと葵さんは明らかにドン引きしてるし、サウダーデさんに至っては唖然とした様子で、
「動画そのままとは、なんともはや……台本を用意しているとかでもないのだな。S級に個性的な人物がまた一人、追加されたわけか……」
などと、どこか遠い目をしていらっしゃる。
またって何、またって? そんなにこんなレベルの人が跳梁跋扈してるのS級って。魔界か何か?
いやでもたしかに香苗さんはもちろんマリーさんにしろベナウィさんにしろ、エリスさんにしろサウダーデさんご本人にしても個性豊かというか、いろいろ濃ゆさはあるしなあ。
まだ見ぬS級探査者の方々のイメージがどんどん奇抜奇天烈奇想天外なものになっていく。慌てて取り繕うように、俺は女中さんに言った。
「え、ええと! こ、こちらの部屋ですよね!」
「は、はい……コホン。失礼いたします、お客様方をお連れいたしました」
眼前で自分とこの仕えるお嬢様がご乱心したんだから、そりゃ驚くよね。女中さんは動揺しつつもどうにか平静を装い、襖の向こうにいる人達へと呼びかけた。
香苗さんがいつものアレを始めたあたりから部屋の中は静かになっている。おそらくっていうか確実に聞こえてたんだろうな、本家のご令嬢による伝道スピーチ。
冷え切った空気になってるのが開けなくてもわかるよ、怖ぁ……
半分意識を飛ばしたくなるような思いになりながらも、それでももはやここまで来たら帰るわけにもいかないしなあ〜。
「さあ、行きましょう救世主様! 今日こそ御堂が信仰に満ちる時です!!」
襖が開けられて、俺は覚悟をいまいち決めきれないまま。それでも香苗さんに手を引かれて俺は、御堂一族が待ち受ける部屋の中へと入っていった。
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