未熟であることと一人前であることは矛盾しない
御堂家の方々へのご挨拶も済ませ、俺とエリスさんは部屋を後にした。ちょっと前にサウダーデさんがベナウィさんを連れて行ったため、残る探査者はマリーさんだけになる。
せっかくのお弟子さんとの再会なのだから、ついていったりしないんだろうか? と一瞬思ったんだけど……マリーさんは気楽に笑って答えたのが印象的だ。
「クリストフの話は真面目で堅っ苦しい上に長いからねえ。老い先短い年寄にゃ、傍で聞くだけでも疲れてくるんだ。それに説教やら小言なんざ、関係なくっても近くで聞いていたいもんじゃないさね」
「それはまあ、そうですね」
「ま、あの調子だと説教とかでなく世間話が大半だろうがね。うっかりやら酒については多少叱るかもだが、ベナウィだってもう、クリストフに勝るとも劣らない探査者なんだ。そこんところは師匠ったって弁えるだろうし」
だから私はまだもう少し、才蔵たちと話ししとくよ。と、彼女は続けて言った。
サウダーデさんはたしかに、ベナウィさんのことを自分をも超えようかという探査者だと先程、評していた。彼自身が近接戦闘最強クラスと名高いわけだけど、一方でベナウィさんは遠距離戦闘においては紛れもなく世界最高峰の逸材だからね。
師として、すでに自分と同じ高みに至った弟子に対してあんまり小言を言うのもよくない、ということなのかもしれない。
弟子が師に並ぶ、弟子が師を超える。俺の部屋へと向かう傍ら、エリスさんがのんきな声でそうした師弟関係についてつぶやいた。
「マリーとサウダーデさん、サウダーデさんとベナウィさん。3人の間に二組の師弟関係があるわけだけど、すでに完成されきったものだったね。弟子を育成し終えた後の、それぞれが独立した関係性にシフトしていたように思うよ」
「葵さんもいずれはエリスさんに追いつき追い越せで、あんな感じになるのかもしれませんねえ」
「うーん……どうだろう? 少なくとも今の時点でも私としては、葵は立派に大成してくれていると思ってたりしちゃったりしてるんだけどね、これがさ」
広い屋敷すぎて道に迷いそうになりながらも二人、並んで歩く。
さっきの3人の師弟関係から、雑談がてらに葵さんの話を振ってみたんだけど、エリスさんのスタンスはどうやら俺がイメージしていたものとは若干、違うもののようだった。
「たしかに葵は発展途上だし、私から見てもまだまだ青いところはある。葵だけにねなーんちゃってハッハッハー」
「聞かなかったことにしますね。まあ、彼女が実力ある素晴らしい探査者なのは言うまでもありませんけど……それでもトップ層にはまだもうちょっと、って感じではありますしね」
「それもフーロイータありきだし、地力の話になると余計に現状の実力査定はもうちょい下がりはするねー」
ビックリするくらいお互い、おかしなダジャレはスルーして。葵さんの純粋な戦闘能力ってところについては、まあはっきり言ってこれからだってところはあるだろう。
A級に至れた時点で十分というのはそれはそう、なんだけどね。明らかにもっと高みを目指せるだけのポテンシャルを秘めているわけなので、狙おうと思えばトップランカーとかS級だって今後、狙っていけるはずなんだよ。
しかし、とエリスさんは微笑んだ。
ここにはいない弟子を想い、柔らかく言葉を重ねる。
「……でもね山形さん。葵は今の時点でももう、立派に探査者として能力者犯罪捜査官として仕事をしているわけでさ。だったらたとえ、まだ教えられることがあるにしても……一人前扱いするべきじゃないかと考えるんだよね」
「そこはエリスさんのお考え次第ですから、俺としてはなるほど、という感じですね。たしかに葵さんは、すでに信念を持って探査業に携わる、俺にとっても素敵な先輩さんですよ」
「ハッハッハー、そう言える君こそ素敵だよ……っと、ここかい?」
「ええ、この部屋ですね俺の宿は」
話しながら、俺の部屋へとようやくたどり着く。結構迂回してしまったな……そこまで方向音痴じゃないはずなんだけど、同じような通路が続くとどうも迷っちゃった。
襖を開けて中に入る。部屋を出た時と同じ光景だ。ひとまず二人、テーブルを挟んで向かい合う形で座椅子に座り、お茶を淹れて落ち着く。
「ふー……なんだか妙に気疲れしましたよ」
「お疲れ様、山形さん。御堂家の方々にサウダーデさん、いずれも威厳ある立ち居振る舞いだったからねえ。私もなんか、肩が凝っちゃいそうだったよ」
「お疲れ様です。どうも緊張しちゃいますよね、ああいう場って」
お茶を啜り、軽く互いを労う。
エリスさんもインドア系だからか、これまで話してきてもなんだか、陰キャの俺とも感性が近いところにあるように思えるんだよなあ。
葵さんとの師弟漫才はひたすら陽気ではっちゃけてるから、むしろ真逆なはずなんだけど。不思議なシンパシーだわ。
「さーて、と。香苗さん……って勝手に呼んじゃってるけど後で許可取らないとね。さすがに御堂さんがたくさんいる中だと紛らわしいから、さっきはとっさに呼ばせてもらっちゃったけど。彼女が戻ってくるまでは二人、お話でもしてようか」
「ええ、そうしましょう。苗字呼びだと、御堂家のみなさんが反応しちゃいますからね、この家。ああなんなら、俺のことも名前でいいですよ」
御堂さん、だとみんな振り向くだろうしね。やむを得ない事情だし、彼女も特に嫌がりはしないと思う。
ついでだし、俺のことも名前で呼んでほしいと頼んでみる。俺は俺で、葵さんにも後で名前呼びで、ついでにさん付けとかもいりませんお願いしますって言わないとね。
「ホント? 呼び捨てはちょっとむずかしいけど嬉しいよ。愛を込めて若干色っぽく呼ぶね、公平さハァん〜」
「止めてください」
呼ぶのはありがたいけど呼び方ぁ!
茶目っ気たっぷり吐息たっぷりで俺の名を呼ぶ、エリスさんに俺はすかさずツッコミを入れた。
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