現世ナイズされていく、昨今のシステム領域事情
いきなりの謝罪。めちゃくちゃ大声でハキハキと謝ってくる精霊知能ヌツェンに、俺もヴァールももちろん葵さんも唖然としている。
どうしたんだこの子、突然。いや、言ってることの意味は分かるけど、そんな風に謝ることでもないのに。むしろいつもバグ対応お疲れ様ですってなものなんだけど。
「あ、あの……? その、どうしたの、急に」
『はっ、はい! いえその、バグ対応した結果生じたバグスキル《座標変動》が悪用され、現世に被害がもたらされたこと! ならびに事態の収拾にあたられた山形様とヴァールお姉様に多大なご迷惑がかかってしまったこと! 深く反省しております!!』
「ヴァールお前、お姉様とか呼ばせてんの若い子に!?」
「そこか!?」
大分、責任感の強い子なみたいだけど、俺としてはそれよりもヴァールに対するお姉様呼びのほうが気になる。こいつ、若い新人にどういう呼び方させてるんだよ。
えぇ……? って感じでヴァールを見ると、冷徹な無表情にうっすら赤みが差してどこか視線を彷徨わせている。何を照れてるんでしょうかね、このお姉様は。
俺の視線に気づいたか、慌てて彼女は俺に弁解の言葉を並べ立ててきた。
「わ、ワタシは呼び方の指定などしていない! 昨今の新人たちは先達への敬意が強いらしく、自発的に兄だの姉だのとして呼んでくるのだ!」
「そうなのヌツェン?」
『はっ、はいっ! 特に第1世代にあたるヴァール姉様やリーベ姉様はそれはもう、一般精霊知能たちの憧れの的でございますっ!!』
「そ、そう……」
一般精霊知能ってなんだよ。というかヴァールだけでなくリーベの名前が出たあたり、マジでリスペクトしてるみたいだな。
コマンドプロンプトがまだシステム領域内で隠れぼっちやってた頃にもすでに、500年前に発生した最初のモノたちを第一世代として以後、折に触れて精霊知能の増員は行われてきた。
そして第二、第三世代と自然と区分されていったわけなんだけど……そんな兄弟姉妹的な関係性だったろうか? 遠巻きに見てただけだからよく分かんないや。
「昔からそんなだったっけ、精霊知能って……」
「いや、大ダンジョン時代が始まってからだな、このよく分からん兄弟姉妹の概念は。現世の知識を取り入れ、共有し始めた精霊知能が何体かいて、そいつらから広まった影響のようだ」
「……俗世に染まったというか、なんというか」
そういやリーベもなんか、トレンディドラマに一時期夢中でしたーとかなんとか言ってたな、前に。
大ダンジョン時代についてオペレータ達の様子を観察する中で、自ずと現世の文化や知識に触れて感化されていったんだろうな、システム領域そのものが。
それはそれで悪くないというか、精霊知能たちも今となっては心あるモノたちだし、そうした情緒を覚えることは素晴らしいことだと思う。
思うんだけど……それにしてもヴァールお姉様って。
「事情は分かったけど、なんか面白いなヴァールお姉様」
「あまりからかうな……それにあなたも人のことは言えないかもしれないぞ」
「え?」
「詳しくは後で後釜に聞いてくれ。ワタシも最近聞いた話なのだが……フッ」
「えぇ……?」
何やら意味深に笑うヴァール。何? なんなの怖ぁ……
どうやらリーベが絡んでいるみたいだけど、なんか嫌な予感がする。あいつまたなんか、いらんこと吹き込んでないだろうな新人の子たちに。帰ったらすぐに確認しないと。
そこはかとなく不穏な感覚に襲われつつも、俺はそれは一旦置いておいてヌツェンに向き直る。
未だ敬礼してガチガチに緊張しているのが気の毒だ。とりあえず用事だけ済ませてもらって、彼女を居た堪れなさそうなこの空間から解放してあげよう。
「あーっと、ヌツェン。今回の用件は分かっていると思うけど、そこで倒れてるオペレータ・翠川均から《座標変動》を削除してほしい。できるか?」
『承知しました! 接触できるのであれば、問題なく行えます!』
ハキハキ答えてヌツェンは、翠川の元へと向かう。鎖で拘束されたままの彼の近くにてしゃがみ、そしてその額に手を当てた。
そしてにわかに光りだす。眩くはない程度の、淡い金色の輝きだ。システム用スキルを発動するようだな。
『バグフィックススキル、除去開始します──《system:スキルリムーバー》』
「こ、これは!?」
すぐ近くにいた葵さんが、思わずといった様子でそこから離れる。ヌツェンの光は、翠川の全身を柔らかく包み込んでいた。
《system:スキルリムーバー》。システム用スキルの一つで、対象のスキルを削除する効果を持つ。通常、使う機会はほぼない代物だがこうして、悪辣なオペレータに対する処置として機能することは稀にある。
本来ならバグスキルだけでなくあらゆるスキルを削除できるスキルなんだけど、ヌツェンの担当がバグスキルのみだし、普通のスキルに手をつけるほどの権限は与えられてないみたいだ。
しばらく放たれていた淡い光が、やがて収まる。
ヌツェンはそして立ち上がり、また俺に向けて敬礼して言ってきた。
『バグスキル除去処置、完了いたしました! 山形様の鑑定スキルにてどうぞ、ご確認のほどお願いいたします!』
「《よみがえる風と大地の上で》についても把握済みか、さすが……いいのかヴァール、見ちゃっても」
「事情が事情だ、特例として認める。ただし最低限の情報しか口にしてくれるなよ、下手をすれば人権問題になる」
バグスキル《座標変動》が消えているかどうかを確認してくれと頼まれたわけだけど、やはり勝手に人のスキルを見るのはいろいろと憚りがある。
なのでヴァールに聞いてみたところ、他言無用という条件付きでだが許可をもらえた。もちろんプライバシーを漏洩するなんてことする気はないけど、人権問題って言われるとプレッシャーあるよなあ。
「わ、分かった……《よみがえる風と大地の上で》!」
ちょっとオドオドしつつも、俺は自前の鑑定スキルを翠川に向け、行使した。
ブックマークと評価のほう、よろしくお願いいたしますー
【ご報告】
「攻略!大ダンジョン時代 俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど」2巻、発売中です!
書籍、電子書籍ともによろしくお願いいたしますー!
作者てんたくろーのTwitter(@tentacle_claw)
もしくは
PASH!ブックス公式Twitter(@pashbooks)
にて詳しい告知をさせていただいております。ぜひともご確認くださいませ!
よろしくお願いいたします!




