エリス「いや靴とか舐められるのはちょっと……」
このエラーダンジョンの内部構造が、実際のところ地下何階まであって何部屋あるのかは分からない。倶楽部が不当に所持していたものだから事前情報なんてあるわけないからね。
ただ、最奥にはほど遠いのは間違いなかった。なんせ下階への階段がある部屋にて、俺達は追っていた倶楽部の幹部たちを捕捉できたのだから。
「《この場一帯、空間転移できないから座標の改竄はできない》! ──よし、封じた! 少なくともここはもう、やつの逃げ道にはなり得ない!」
駆け抜けながら権能を行使する。因果改変による座標操作の禁止、すなわち《座標変動》の封印だ。
山中ではまだ、擬似的な空間転移のタネが分からなかったため、バグスキルという括りでまとめて封印したけど……今回はよりピンポイントな形で絞り込めた。
俺の身体にかかる負担も前より少ない。問題なしだ、完全に!
「助かる! 《鎖法》……突入するぞ、葵!!」
「はいっ!! 《雷魔導》!」
ヴァール、葵さんの二人がそれを受けて自分たちのスキルを使いつつ、さらに加速する。トップスピード。
もう部屋までは目と鼻の先だ。すでに翠川もこちらを目視しており、険しい表情で待ち構えている。周囲にはモンスターが5体。戦っているわけでないからやはり、スレイブモンスターと見ていいだろう。
俺も彼女らに負けじと駆け抜け、同時に部屋に入る。
即座に構えての臨戦態勢。息一つ乱さないままに、すでに事態は戦闘へと移行していた。
「倶楽部幹部・翠川均! 止まれっ!!」
「追いついたっ! 能力者犯罪捜査官だ、神妙にしろ!!」
部屋に入るなりヴァールと葵さんの怒号が飛ぶ。二人とも、赦し難い犯罪に手を染めた者への怒りが満ちている。
スレイブモンスターの密輸の件もそうだけど、何より今回、やつらはスタンピードを人為的に引き起こそうとした。町中でモンスターを大量発生させて、なんの罪もない人々を殺戮しようとしたのだ。
警察やWSOから逃れたいという、ただそれだけのことで。自身の罪を認めまいという、そんなことで地獄を生み出そうとした。
それは絶対に許されない行為だ。秩序を護り続けてきたヴァールたちからすれば、何がなんでも捕まえて罪償いをさせると意気込むのは当然のことだった。
対して翠川は、そんな俺達を迎え撃つべく待ち構えている。モンスター5体に囲まれてなお平然としている姿は、さながら調教師といったところか。
追いついてきた俺達を見るなり、やつは不敵に吠えた。
「ハハハハ……もう来やがったのか。早えじゃねえかよええ、おいっ!?」
病院服のままの姿。素足を晒した、まさに着の身着のまま逃げてきた格好になるな。
そして手には拳銃を持っている。昨日、やつがエリスさんを撃ったのとは別のタイプだ。捕縛され、入院していた犯罪者が持っているはずのない代物。
青樹さんが手渡したのか? であれば昨日同様、《振動》を併用した銃技を使ってくる可能性もある。
あれはヤバい。もしも誰かしら撃たれてしまったら、バグスキルの封印を中断して因果改変による治療を行わなければならないほどに。
見れば手足に拘束具の類はない。すぐ傍に手錠が落ちてあるから、今さっき破壊して自由の身になったのか。
タイミング的に俺の空間転移の封印、ギリギリだったみたいだな。タイミングがズレてまんまと逃げられました、なんてあまりにも申しわけなくなるからそこはよかった。
これならあとは、翠川を捕まえるだけだからな。
「チェーホワに、こないだのクソッタレ電気槍女に、チッ……山形公平か。《座標変動》!」
「無駄だ。今、この一帯で空間転移は使えない」
「……だろうな。どいつの仕業か知らねえが、一体何をしやがった」
この状況に、まあ普通は逃走を試みるよな。翠川が《座標変動》を使おうとするも不発に終わる。
最初に比べて全く動揺していないあたり、想定はしていたんだろう。むしろ冷静に尋ねてくるけど、そんなこと律儀に答えるはずがない。
葵さんが嘲るように彼をせせら笑った。
「それをあなたが知ってどうなるっていうんでしょうかねえ? もう二度と娑婆に出られなくなるあなたが」
「舐めやがってクソアマが……こないだのもう一人の女よろしく、風穴ぶち開けてヒイヒイ言わせてやるよ!!」
挑発されてカッとなり、すぐに銃を向けてくる翠川。標的は明らかに葵さんだ、今にでも火を吹きそうな銃口の威圧感がすさまじい。
一発でも食らったらアウトだ……放っておいたら死ぬような怪我を、放置してバグスキルを封印し続けることはさすがにできない。
にわかに流れる緊張の空気。
しかしそれを破ったのは、葵さんの低く唸るような声だった。
「……こないだの? もう一人の女、よろしく?」
「っ!?」
瞬間、雷光が走った。
紫電を纏ったフーロイータを構えての葵さんが、尋常ならざるスピードで移動。目にも止まらない速さで翠川の背後を取ったのだ。
すさまじい、本当にすさまじい速度だ。思わず俺とヴァールが驚くほどに、あるいはアンジェさんやランレイさんをも凌ぎかねないほどに。
早瀬葵さんは今、爆発的な加速を披露した。そしてフーロイータの三叉の切っ先を、翠川の背中に突きつける。
「誰が、誰の身体に、風穴ぶち開けてヒイヒイ言わせたんですって?」
「なっ……てめ」
「うちの師匠が。あのエリス・モリガナが。まるでお前ごときに遅れを取ったみたいに言いますね……他人を庇って撃たれただけの師匠に、そんなマウント取っちゃうんですか、ふうん?」
殺気、殺意。静かな水面のように、けれど濃密なそれを放つ彼女は、どこからどう見てもブチギレている。
エリスさんが撃たれたこと、やはり許せなかったんだな葵さん。師匠を害されたことに憤怒する弟子の姿が、そこにはあった。
「──風穴開けてブチ殺すぞクソッタレ。それが嫌なら投降しろ。這いつくばって師匠の靴舐めてヒイヒイ言いやがれよ、ブタ野郎」
紫電を纏う鬼気さえ放つ彼女は、常にない口調でそんな、とんでもない台詞さえ言い放つのだった。
怖ぁ……
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