人生60点くらいがちょうどいい
何もない場所にワームホールが開く。ヴァールが《空間転移》を使用したのだ。
どこかのホテルの一室が向こうに見える、空間の穴──おそらく神谷さんの滞在されている部屋だろう──を見やり、彼女はこの場にいる全員に改めて告げた。
「それではこれより、神谷はウィリアムズとともに暗号データの解読に入ってくれ。ワタシはワタシで、翠川を警察に引き渡してそのまま、ダンジョン聖教も一件に絡んできている旨を警察と全探組の担当者に伝え、諸々の協議に入る」
「皆様方、この度はウィリアムズを助けてくださり本当にありがとうございました」
「この御恩、一生忘れません。必ずや組織の謎は暴いてご覧に入れましょう。吉報をお待ちくださいませ」
続いて神谷さん、ウィリアムズさんが再度の感謝を示す。
このお二人のお陰で日本における倶楽部がひた隠しにしている、スレイブモンスターの謎が解き明かされようとしているんだから、むしろこちらが感謝しているほどだ。
そんなダンジョン聖教のお二人は、暗号データの解読と倶楽部の謎を暴くことを誓いながらもワームホールをくぐり抜けた。俺たちとしてはもう、彼女らについては続報を待つ他ない。
エリスさんがヒラヒラと手を振りつつ、間延びした声で神谷さんに言った。
「それじゃ任すよ、5代目〜。よろしくね〜」
「はい、初代様。聖女の名にかけて必ずや、ご期待にお応えいたします……!」
「気負わない気負わない。60点くらいを目指していくのが人生楽しむコツだそうだよ? その点、私らなんか万年60点だ。だから毎日最高な気分だね、ハッハッハー」
「はっはっはー! エブリデイがパライソ!」
気の抜けたやり取りの師弟が、あまりにも相変わらずすぎて逆に安心感がある。肩に力の入っていない、完全なる自然体だ。
永年生きるエリスさんはともかく、葵さんは見かけどおりの年齢だろうにこの風格というか佇まいなのはすごいな。性格上のこともあるんだろうけど、そういう意味で言えばこの人も大概な天才に思える。
そんな師弟に、微笑みながらも神谷さんたちは拠点に戻られワームホールは閉じきった。
次いですぐまた、発動する《空間転移》。今度はどこかの敷地内だ……なんだ? どこだ?
「ヴァール、どこへ飛ぶんだ?」
「県警本部だな。警察庁は能力者犯罪対策部の長官以下、能力者犯罪専門のスタッフが何人か詰めている。彼らに話を通しに行くつもりだ」
「そ、そっかあ」
おまわりさんのボスにあたる人と、その部下の方々のところへ向かうわけか。言われて見れば、ワームホールの向こうの風景からはどこか厳かな威容を感じる。微妙にパトカーが見えるし。こわい。
翠川を鎖にて繋いだまま担ぎ、連行するヴァール──見た目華奢な女性が、大の大人一人担いでる姿は中々豪快だ──が、ワームホールの前に立ち、俺たちのほうを向く。
「お前達はこれまでと変わらずに生活を送ってくれ。エリス、葵の二人も続けて山形公平と御堂香苗の護衛にあたれ」
「了解です。残る二人の幹部が襲ってきたら、今回みたいに倒して捕まえてヴァールさんに連絡、と」
「翠川が捕まったことや情報がすっぱ抜かれたことはたちまち分かるでしょうし、向こうも今後は慎重に動くかもしれませんね」
「それならばそれでその間、こちらも各種準備を整えるだけだ。スレイブモンスターについてのデータを入手した今、アドバンテージはこちらにある」
彼女が強気な姿勢を崩さないのは、それだけ今回、手にした収穫が大きいからだろう。
幹部の一人にダンジョン聖教の協力にさらにはスレイブモンスターの製造法まで。これだけの要素が一気に手元に来たなら、明らかにこちらに運が向いてきていると考えていいからね。
ただし、油断は禁物だ。俺は一応ながら、ヴァールに言う。
「翠川であれだけ厄介なスキルを持ってるなら、青樹さんと火野は同程度かそれ以上の何かを隠し持っているかもしれない。お互い、何が起きてもいいように備えておこうか」
「ああ、そうだな。ただでさえ揃いも揃ってバグスキルを保持しているのだ。それに加えてどんな隠し玉を持っていてもおかしくはない。特に年季が入っている分、火野は危険だろう」
ヴァールの危惧は、概ね俺の抱くものと同じだ。すなわち青樹さんと火野老人の二人なら、火野老人のほうが質が悪く厄介そうだという予感だな。
おそらくバグスキルだろう《玄武結界》だけではない。青樹さんを悪辣に誘導してみせた手練手管など、言動の得体の知れなさも気にかかる。
何しろ戦闘スタイルも未だ分かっていないのだ。翠川が大地をも揺るがす《震動》を持っていたように、あの老翁もとんでもない領域にまで鍛え上げたなんらかのスキルを保持していてもおかしくない。
その辺、かつて若かりし頃に因縁があったというエリスさんは何かご存知なんだろうか? 尋ねてみる。
「ちなみにエリスさん、78年前の火野は、どんなスキルを使っていたんですか?」
「ん……たしか西洋剣を二振り扱う二刀流だったはずだよ。特筆すべきはそのくらいで、他にこれといったスキルを使っていたことはなかったような気がするけど、今はどうなんだろう? さすがに昔のままじゃないだろうし」
首を傾げるエリスさん。昔日は二刀流の剣士だったみたいだけど、今はさすがに違うだろうってのは俺も思う。
もう100歳近い割には懲りずに悪巧みする、駄目な方向に元気なお爺さんだけど。さすがに80年も前のまま剣を振り回せるとも思えない。
そもそもこないだ接触した時、剣の類はもってなかったしね。
ブックマークと評価のほう、よろしくお願いいたしますー
【ご報告】
12/2に発売されます
「攻略!大ダンジョン時代 俺だけスキルがやたらポエミーなんだけど」
2巻の特典についてご報告いたします!
各書店様の特典はそれぞれ
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の、3種類となっております!
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