彼女はいつ"バグった"?
ハグ魔疑惑のある葵さんにタジタジになりつつも──なんならそれに負けじとばかりに、香苗さんや宥さんも腕に抱きついてきたりした──そんな一幕を超えて時刻はもう昼前。
ダンジョン内は7階層目31部屋目。モンスターを討伐しきった部屋内にて輪を囲んで持参した食糧を食べ、小休止を入れがてら俺たちはいろいろと話をしていた。
「モンスターの素材確定ドロップの称号効果かあ……とんでもない話だね山形さん、ダンジョン一個探査するだけで大金持ちじゃないか」
「さっきの蟻の群れ、まとめて倒したのもそうですけどその後に大量の触覚が落ちてたのもビックリしましたよ! なんならまとめてどっかやっちゃった山形くんにもビックリです」
「救世主様にのみ許された至高のお力です……! 異なる次元にアイテムをストックする。まさに奇跡というべき御業でしょう!!」
「さすがです、公平様!!」
道中、俺が仕留めたモンスターがことごとく素材をドロップし。そしてそのすべてを異空間に放り込んだ俺の特異性について。
伝道師と使徒はいつものことなのでアレだけど、エリスさんと葵さんがめちゃくちゃ驚いていた。まあ当然か。
通常、モンスターの素材ドロップは確率的には数%ってところだからね。それが確定で落ちてしまう俺との探査は、まさに異次元の光景が広がっていたことだろう。
その直後の、異空間にアイテムを放り込んだところまで含め……俺、というかアドミニストレータが明確にオペレータとは異なる存在なのだというのをより、強く認識されたみたいだった。
まあその辺、俺がいろいろおかしい探査者だって話もそこそこにしつつ。
食事しながらの歓談はやがて、当然ながら倶楽部関係のほうに寄っていった。もっというと香苗さんの元師匠、青樹さんについての質問が多くなっていったのだ。
「ふむ……ということは御堂さんにも、どのタイミングから青樹が真人類優生思想に陥ったのかは分かってないわけだね」
「そうなります。お力になれずすみません」
「いやいや、重要な情報だよ? これでいくつか浮かんできたこともあるしね。ハッハッハー」
詳細不明のバグスキルについて少しでも多く、情報を得て置きたいというエリスさんと葵さんの要望に応える形で、香苗さんが過去を振り返りながらも思い当たる節がないかを確認してくれている。
そもそも青樹さんはいつごろから倶楽部に所属していたのか。香苗さんと知り合う前なのか後なのか、というところからすでに疑問が生じてきているわけだけれども。
エリスさんは話を聞きながらも、冷静にあらゆる可能性を考えているみたいだった。淡々とつぶやく。
「真人類優生思想への傾倒と倶楽部への関与は、おそらくほぼ同時期にあったと推測できる。でも御堂さん視点からは環境の変化などは読み取れなかったみたいだし、相当前から関係者だった可能性さえ生まれてきているね」
「つまり……私が師事していた頃に変遷したのではなく、元々そうした立場だった彼女が、私を弟子に取った疑惑もある、と」
「そうなるね。で、今の御堂さんへの執着も考えると……あー、そもそも師弟関係自体が倶楽部への勧誘目的だったって場合すらある。あくまで可能性だけど」
あくまで事実からの推測に過ぎないけれど、それは考えるだけでもあまりに惨く、辛い可能性だ。
だって、もしエリスさんの考えが合ってしまっていたならば、青樹さんは最初から香苗さんを倶楽部に巻き込むつもりで近づいてきたって話になるじゃないか。
つまりは香苗さんは、一時は師とすら慕った人物に初めからずっと、騙され続けてきたことになる。
あんまりすぎる。そんな惨い話しがあってたまるものか。そんな思いもあり、俺はすぐさま反論した。
「で、ですけど一昨日の青樹さんは、間違いなく香苗さんを弟子として深く愛していました。やり方や考え方は正しいと思えないけど、それでも香苗さんのことを思い遣り、幸せを願っている様子ではあったんです。だから、その」
「公平くん。私なら大丈夫です、ありがとうございます」
「香苗さん……」
少なくとも、愛だけはあったはずなんだ。たとえ勝手なものだとしても、それでも幸せであるように願うだけの想いは。
主張する俺に、やんわりと香苗さん当人がストップをかけた。隣り合う俺の手に手を重ね、嬉しそうに微笑んでくる。
「あなたと出会う前なら、きっととてつもないショックだったと思います。正直に言えば、私にとって青樹さんは姉のような人でしたから。いろいろあったかつての私が、あるいは曽祖父に次いで信頼していたほどの師匠だったのはたしかですね」
「……すまない、御堂さん。山形さんも。今の私の推測はあまりに不躾すぎた。この無礼、深くお詫びする」
「構いませんよ、エリスさんも。そう推測するだけの材料があった以上、たとえあなたが示さずとも私自身が考えついていた可能性でもあるのですから。むしろ第三者のあなたから口にしていただいて、却ってホッとすらしていますよ」
エリスさんにとっても、残酷な可能性を提示するのは辛いことなのだろう。当事者たる香苗さんと、反論した俺にまで頭を下げて詫びてきた。
当然だけどこの人は何も悪くない。仕事としてあらゆる可能性を考え見極めようとしているだけなんだ。そこは分かっているから俺も香苗さんも、どうかお気になさらずにと答える。
ふと葵さんが、気まずい雰囲気を変えるように疑問を提示した。
「えーと、でも、そうなるとですよ? いつその、バグスキルってのを獲得したのか、そこも分かんなくなってきますよね」
「ああ。倶楽部や思想関係の件と、バグスキルを獲得した件は繋がってるかどうかも怪しいね。せめてスキルのほうくらいは、いつ獲得したか知りたいものだけど」
「そのバグスキルというのも、私にはまったく心当たりがありません……時空間の狭間に身を隠すなんて芸当、かつてのあの人が見せたことはありませんでしたね」
例の、時間と空間の狭間に己の実体を隠すスキル。
あんなもんシステム側からしたら、完全無欠にアウトなバグだ。どんなタイミングで会得したのかは知らないけど、これが倶楽部と何やら関係しているのかどうかについては、また別個に考える必要があるだろう。
あのスキルを得たから、倶楽部に目をつけられたのか。はたまた倶楽部に属してから、あのスキルを得たのか。
その辺の順序さえ定まっていないのだから、現状謎に満ちた人としか言えないんだよな、青樹さん。
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