想い出の中でじっとしてくれなかった人
あとがきにてご報告があります。
ぜひともご覧くださいませー
青樹佐智という人について、俺が知る情報は実際のところ少ない。
かつて香苗さんの師匠だった人であり、今では真人類優生思想保持者として倶楽部の幹部にまでなっている、というくらいか。あとはまあ、昨日の襲撃を鑑みてヤバい人だったなあ、くらいの感想しか今のところ、ない。
つまりは彼女がこれまで、何をしてきたのかというのはよく知らないのだ。
これについては香苗さんも同様で、1年半前に喧嘩別れして以降、こないだ彩雲三稜鏡を渡しにやって来るまでの間、青樹さんが何をしていたのかというのは知らないでいたそうな。
青樹さんと仲違いをした経緯について話し終えた後、彼女が淡々と続けて語る。
「隣県で活動を続けている、程度のことは耳にしていましたがそれ以上のことはなんとも。わざわざ調べる気にも、なれませんでしたし」
「喧嘩別れ……それも致命的に相容れない思想面での齟齬を理由に、かあ。葵という弟子を持つ立場としては、身につまされる話ではあるねえ」
淡々と語る香苗さんの言葉に、エリスさんが我が身のことのように難しい表情をして反応する。
そうだよな。ここにいるお二人、エリスさんと葵さんもまさしく師弟関係だ。だから青樹さんと香苗さんが辿ってしまった今の状況については、決して他人事とは言い切れないのだろう。
葵さんもふうむと吐息とともに考え込む中、さらに香苗さんの話は続いた。
「正直に言えば、変わり果ててしまったあの人のことはもう、触れたくもなければ考えたくもなかったというのが本音でした。消えた面影は、せめて思い出の中で大事にしておきたかったのです」
「仮に師匠がトチ狂ってそんなふうになっちゃったら、かあ……私だったらどうするかな? とりあえず闇討ちしても返り討ちに遭いそうなので逃げるとは思いますけど」
「仮に葵が妙ちきりんな思想に染まったら、私だったらとりあえず張り倒すね。ハッハッハー、逃さないよ〜」
「怖ぁ……」
闇討ちだの張り倒すだの、やたら物騒な発言な飛び出てきたんですけどこの師弟。香苗さんと二人、目を丸くする。
訣別後、青樹さんを思い出の中にそっと置き去りにすることを選んだ香苗さんと比較して、エリスさんと葵さんのやり取りはなんとも対照的なものに思えるものだ。
同じ状況に陥った時、とりあえず襲撃を考えるんだなこの師弟。そしてエリスさんはそのまま叩きのめして矯正を敢行するけど、葵さんはそもそも倒せる見込みがないから即座に逃げを打つ、と。
師弟関係って意味では似通う二組だけど、やっぱり人それぞれだから関係性もそれぞれなんだな。
香苗さんが興味深げに、エリスさんへと話しかけた。
「昨日の一件からも分かりますが、今なお青樹さんは私を真人類優生思想に引き込もうとしています。これは興味本位からの質問なのですが、エリスさん……仮にあなたが青樹さんの立場として、同じように葵さんを勧誘するものなのでしょうか」
「うーん? どうかな。一度くらいはするかもだけど、そこで駄目ならそこまでだと割り切るよ。私は私、葵は葵だしね」
「っていうかアレですね。青樹は完全に御堂さんのことを自分のものみたいに思ってそうですねえ」
自分たちとは異なるタイプの師弟で、かつ青樹さんとは異なるタイプだろうエリスさんに問いを投げる香苗さん。仮に真人類優生思想に染まったのがエリスさんだとしたら、彼女は葵さんにどう振る舞うのだろうか。
そこに対してのアンサーは極めて簡潔で、かつ明瞭極まりないものだった。自分は自分、弟子は弟子。正しく人と他人を区別した、分別のついた考えを示したわけだな。
そこに付随する形で、青樹さんと香苗さんの関係について言及する葵さん。
俺も昨日、似たようなことを思ったし直接言ったりもしたけど……青樹さんが香苗さんを、まるで私物化しているという点についてだ。続けて彼女は、思うところを述べていく。
「自分と一緒にいることが御堂さんの幸せだ、なんて言っちゃってるんでしょう? ドン引きものですよ普通に。師匠ハラスメント、略してシショハラですね。シショハラ」
「正直、かつて弟子だった頃でも……もちろん尊敬していましたが、一緒にいて幸せだと感じるまではいきませんでしたからね。まして今、私は救世主様のお傍に侍り、御方の在り方を世に広める伝道師としての生き方に途方も無い誇りと幸福を抱いているのです。青樹さんに勝手に幸せを定義される謂れなど欠片とて有りえません」
「……とのことだけど、救世主様」
「幸せってなんなんでしょうね」
僕にはなんだか分からなくなってきたよ。やはり唐突に恍惚として語りだす伝道師の姿に、俺はもちろんエリスさんも若干遠い目をしている。
いやまあ、本人がそれで幸せならいいんだけどね。人様のご迷惑になりそうならさすがに止めざるを得ないけど、今のところ動画配信と句読点を飛ばすくらいのものだし。
少なくとも今の香苗さんは、自分自身の想いと意志で自分の幸せを定めているように思える。
「……でも、それが青樹にとっては受け入れられない。山形くんが御堂さんに無理強いして、そういうふうに仕立ててるって思ってるわけですね」
「理想のためなら現実だって都合よく解釈するというのは、人間にありがちな話だね。それ自体は青樹に限った話じゃないんだけど彼女の場合、倶楽部の幹部格という立場がさらに話をややこしくさせている」
葵さんとエリスさんがそう評するのも頷けるくらい、昨日の青樹さんの主張はメチャクチャだった。
自身の幸せと香苗さんの幸せを混同していたのが、自覚的なのか無自覚なのかは分からないけど……どちらにせよ、かなり拗らせているのは間違いない。
それだけならまだしも、エリスさんの言うように青樹さんの場合、今置かれている立場が相当厄介なんだよなあ。
犯罪組織倶楽部の幹部。今の彼女は紛れもなく、犯罪能力者なのだ。
【ご報告】
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