さよなら揉め事、また来て日常
ガッツリ食レポを聞かれていたことに赤面してエリスさんは、弟子の葵さんにからかいという名の介抱を受けつつその場を後にした。
別に気にしなくていいんだけどなあ、カツ丼ごちそうさまでした。すっかり静けさを取り戻した神社の境内には3人、俺とマリーさんとヴァールが残るばかりだ。
さて、祭に戻りましょうかね。いつまでもここにいると、それはそれで別な問題があるからな。
ヴァールがどこか、気まずげに言う。
「とりあえず神社からは出るか。さきほどからこの社に住まうモノが、遠巻きにこちらを警戒していて申しわけなくなる」
「たしかに。軒先で揉め事起こしちゃったな」
「? なんぞ見えとるのかい、公平ちゃんにヴァールさんも」
「ええ、まあちょっと」
身の上的に、俺とヴァールにはしっかりバッチリと見えているモノなんだけど、魂の規格はあくまで人間なマリーさんには見えないようだ。
神社の本殿、閉ざされた襖の奥からこちらを伺うナニモノか……まあ、ここで祀られている神様か。じっとこちらを見てるっぽいんだから、居たたまれないったらありゃしない。
害意はないし、敵意もない。ただ純粋に興味と警戒の色が濃く見える。大方、なんかいきなり喧嘩しだした俺たちを面白がりつつ注視しているって感じか。
「俺やヴァールの魂も、今は人間の規格に合わせてあるから……向こうからは人間同士の小競り合いにしか見えてないだろうけど」
「だからこそ変に怒りを買う可能性もある。速やかにこの場を離れるに越したことはないな」
「だな。文字通り、触らぬ神にってやつだ」
先だっての探査者イベントの際、立ち寄った神社ではアルマの魂を隠し忘れていたことから、いらぬ騒動の種になりかけた俺だ。その反省を活かして今回はしっかり偽装している。
加えて俺もヴァールも、肉体が人間である以上魂の規格もそれに合わせてダウンサイジングしている。
本家本元のコマンドプロンプトなり精霊知能よりはできることが限られているけど、代わりに概念存在の目にも留まらないくらいに今の俺たちは人間なのだ。
だからシステム側について何かしら勘付かれる、なんてことはないにせよ。向こうが、ただの人間のくせに何をお膝元で揉めてるんじゃい! などと怒り出す可能性も無視できない。
というわけで俺たちはそそくさーと神社を出ることにする。触らぬ神に祟りなし、だね。
マリーさんがなんとなし、楽しげに言った。
「神社だのお寺だのって、町中にあっても一歩踏み入れば静かなもんさねえ。昔からそういう、特別な空気感があるのが私ゃ、好きだったりするよ。ファファファ」
「概念存在のために拵えられている空間ですからね。概念存在の現世における拠点でもあり、同時にこちら側と向こう側を繋ぐ回廊の役割でもありますから、外よりは向こうに近い雰囲気なんですよ」
《遮断結界》があろうがなかろうが神社仏閣ってのはある種、結界というか陣地だからな。概念存在が住まい、奉られるがための施設ゆえ、どうしても色合いは向こう側に寄る。
さっきの神様も、いきなり殺し合いが始まりだしてビックリしたろうな……申しわけない。せめて戦闘の跡だけでも綺麗サッパリ、消しておこうかな。
「《神社内で戦闘は行われなかったから、境内は破壊されていない》……と。ごめんなさい神様、これで勘弁してください」
サクッと因果を改変して破壊された境内を元通りにすると、社の向こうにいるモノの、どこか驚いたような空気が伝わってきた。怒ってはないみたいで、とりあえずはよかった。
罰とか与えるのは勘弁してほしいものだと思いながらも、俺たちはそのまま神社を出て公園まで戻っていく。
と、入口前に見知った顔が集まっていた。リーベたちだ。
香苗さんに優子ちゃん、宥さん。リンちゃん、ベナウィさんとそのご家族に、うちの父ちゃんまでいる。
女性陣はみんな揃ってしっとりと浴衣姿で決めているな。うわあ、周囲の目が彼女たちに釘付けだぁ。
「あ、いました! マリーおばあちゃんにヴァールですねー……って。え、公平さん?」
「え、なんでいるの兄ちゃん。ハブられた?」
「おお息子よ可哀想に、打ち上げ花火をぼっちで楽しもうとしていたのか」
「ひどい」
合流した矢先に、勝手にクラスから追放されたことになってしまった。一人で打ち上げ花火を楽しむってのも悪くはないけど、俺は今回ばかりはクラスのみんなと楽しんで見るんだよ!
リーベと優子ちゃんは色違いでお揃いの模様の浴衣を着ていて、顔立ちは当然異なるけどまるで姉妹のように仲睦まじくしている。
次いで、リンちゃんとベナウィさんが話しかけてきた。
「公平さん! じゃーん! 似合う?」
「リンちゃん。ん、似合ってるよ。ちょっと大人びて見える、美人さんだ」
「えへ、えへへ! 美人、大人びてる! 嬉しい!」
「ふふ。よかったですねミス・フェイリン」
赤色の浴衣を纏い、黒髪を後頭部にお団子でまとめるリンちゃん。薄っすらメイクをしているのか、いつもより大人っぽい色気がある。
ベナウィさんご一家もみんな浴衣姿だ。背の高いベナウィさん用の浴衣、あるんだ……と思っていたらなんと、オーダーメイドらしい。さすがというべきか、いいお金の使い方だと思う。
「公平くん、マリーさんやヴァールと何を? まさか……また救世主神話伝説に1ページを刻まれましたか!?」
「! 公平様のご活躍!? 伝道師香苗、これは話をお伺いしなければ!」
「使徒宥はメモの準備を! 私は録画とインタビュワーをしますので、筆記は任せます!」
「お任せください! メモメモメモり、メモメモメモり!」
「そんなことよりよくお似合いですねその浴衣! いやーお二人ともお美しい!!」
案の定というのかなあ。やはり近づくなり暴走をし始めた狂信者二人を、無理矢理話を変えて褒め称える。
いや実際、マジで浴衣姿似合うんだよねこのお二人。涼し気な青い浴衣の香苗さんと、お淑やかな向日葵模様の宥さんと。
というかね。今から楽しい夜祭の本番なのに、青樹さんがどうの倶楽部がどうのって話をするのは……何より香苗さんにいきなり聞かせるのも酷な気がする。
後日、改めてヴァールやエリスさんたちを交えて話をしたほうがお互い、いいだろう。
「話は明日にでもしますよ。結構いろいろありましたから、今はお祭りを楽しみましょう。ね?」
「む……他ならぬあなたの御言葉でしたら。それにたしかに、祭を控えた気持ちと姿勢で話を聞くのも、信仰心に欠けた振る舞いかもしれませんしね」
「厳かに集中した状態で、一言一句漏らすことなく救世主神話を記録する必要がある、と。さすがです、救世主様……!」
「ああ、はい。まあ、ええ」
なんかもう、何を言ってもこういう解釈してくるんだよねこの人たち。
いいのか悪いのかはさておき、とりあえず話は後日ってことにしようか。うん。
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