いろんな意味でシステム側涙目案件
挟み撃ちの形で迫ったモリガナさん、早瀬さん師弟のコンビネーションに対して、火野老人の《玄武結界》なるスキルが発動された。視界いっぱいに閃光が走り、その眩しさに思わず目が眩む。
聞き覚えのないスキルだ。これもおそらくは、青樹さんの"ズレ"であったり謎の空間転移スキルと同様のものだろう。どういうんだ? なんでそこまでおかしなスキルを持つ者たちが、一つの組織に集結している?
「とりあえず空間転移はさせるか! 《空間転移はできないから空間転移スキルは発動しない》!」
どうあれ、敵はこの隙を突いて空間転移系スキルを用いて逃げようとしているのは明らかだ。そう思って俺は、因果律を操作して咄嗟に空間転移を無効化した──空間転移系スキルを用いての逃走を、不可能にしたのだ。
これなら《玄武結界》がどのようなスキルであれ、問題なく敵を逃がすことはできない。そう思われたのだけど。
「…………消えた!?」
まばゆい閃光の向こう、たしかにいたはずの気配が突然消えたことに愕然とする。
空間転移を封じたにも関わらず、あの3人はどうやってかこの場から瞬時に別の場所へと逃げたのだ。
馬鹿な、空間転移スキルじゃないのか!?
思わず叫びたくなるのをぐっと堪えて、俺は今起きた現象について考える。
──やがて光も収まってきた。
たっぷり30秒は展開されていた《玄武結界》が消えた後、広がっていたのはもぬけの殻という光景だった。
早瀬さんの三叉槍が空振って地面に刺さり、そこを起点にプラズマが立ち昇っている。モリガナさんの針も境内に突き刺さっていた。だがそれだけだ。
誰もいない。青樹さんも、火野も、翠川も。倶楽部とやらの三幹部たちはどうしたことか、影も形もなく消え去っていたのだ。
ヴァールとモリガナさんが鳥居から飛び降り、早瀬さんの近くに着地する。困惑も戸惑いもないにしろ、不思議がった様子でつぶやく。
「逃げられたか。手応えのありなし以前に視界もろくになかったけど、やられたなあ」
「《玄武結界》とやらの閃光に紛れて、密かに転移系スキルを使ったか……?」
「いや、転移系じゃない。空間転移に似た事象を引き起こす、何か別のスキルだ、ヴァール」
応えるヴァールの話しかけつつ、俺とマリーさんも近づいていく。どうあれ青樹さんたちの気配はもうない。
まんまと逃げられた形にはなるが……敵もさるもの、といったところだろうか。俺をして得体のしれないスキルを複数持っているとは、結構深刻な事態なんじゃないのか、これ?
やつらのスキルについて、というか今しがたの空間転移に似た謎の事象について知らせておくか。因果改変を行った者として、いくつか言えることもあるからね。
「火野と翠川が来た時、いきなり現れたから空間転移だと思ったけど……どうやら違うみたいだ。今さっき転移系スキルの使用を封じたにも関わらず、彼らの気配は忽然と消えた」
「どういうことだ……実際に起こしているのは別の現象で、その結果空間転移に似た効果が発動しているとでも?」
「おそらくな。どうあれ、座標を弄っているのは間違いないと思うけど」
空間転移──2つの地点をつなげる現象とは別のプロセスで、彼らのうちの一人は異なる場所に移動できる能力を持つことになる。
現象としては本来ありえないんだけど、正規のスキルじゃないっぽいしな。空間転移によく似た別の効果を持つ、いわば疑似空間転移能力って線は大いにあり得るだろう。
というか実際敵は突然姿を表して突然姿を消したわけだし、そう考えるのが妥当か。
その辺を伝えると、ヴァールは難しい顔をして顎に手をやり、悩ましいとばかりにつぶやいていた。
「正規でない、特別な手順で座標を改変するスキル……などと、ただの探査者にそのようなものが与えられるものなのか?」
「通常はありえないけど……あの人たち、普通じゃないみたいだしね。たぶん3人とも、バグスキル持ってたよ」
「……何!?」
俺の言葉に目を見開いて驚くヴァール。まあ、仰天するだろうな。青樹さんの"ズレ"に気づいた時には俺も、内心めちゃくちゃびっくりしたし。
バグスキル。探査者の能力を駆使した結果、本来この世界において起きるはずのない事象を起こしてしまった際に行われる、バグフィックスの結果としてのスキルだ。
スキルという枠組みにむりやり発生したバグを組み込んでダウングレードを施し、結果的に辻褄合わせを行うための、システム側による緊急措置的なスキルだね。
直近で言えばやはり、俺の《あまねく命の明日のために》が挙げられるかな。
で、あの時……青樹さんを取り押さえるべく、手刀を放ったと思ったらそれがすり抜けた時。俺は青木さんに対して、たしかなズレを感じた。バグスキルをつかっているな、という確信的な直感だ。
そのへんについて、ヴァールにも情報共有はしておこうか。
「たとえば青樹さんは一見、そこにいるようだけど実はそこにはいなかった。時間と空間の狭間に実体を潜めて、そこから姿だけを見せていたみたいだ。まず間違いなくそういうバグを引き起こして、それをスキルに落とし込まれた末の挙動だな」
「次元の層を移動したか。たしかに狭間に到達するなど、絶対に起きてはならない事象だが……何をどうしてそんな事態を引き起こしたというのだ、やつは?」
「そこはなんとも。あー、あの人は香苗さんの元師匠だから、香苗さんなら何か知っているかもしれないな」
こういうタイミングで香苗さんの名を出すのも何やら、申しわけない気がしたけれど。事情が事情だ、致し方ない。
実際、青樹さんと香苗さんの関係については知らなかったらしく、ヴァールもマリーさんも、モリガナさんや早瀬さんも驚いたように目をまるくしていた。
「御堂香苗の元師匠? そうだったのか、青樹佐智が?」
「今は喧嘩別れしたって話だぞ。真人類優生思想に染まりきった末だとさ」
「…………なるほど。それで倶楽部に加入したわけか。話がつながってきた」
しきりに納得の様子を示すヴァール。
どうやら倶楽部って組織も、真人類優生思想に絡む団体らしいな。乗りかかった船ってわけじゃないけど、少しばかりそのへんの話を聞いておこうか。
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